5話
ありえない。
それが、セリナの率直な感想だった。
目の前の光景を見て、なおさらそう思う。
「……なんでそんなにくっついてるの」
「……普通」
「普通じゃない」
即答した。
宿の部屋。
ベッドの上で、ルシエルは神代にぴったりと寄り添っていた。
腕を絡め、肩に頭を預け、完全に体重を預けている。
対して神代はというと――
「……まあ、もういいだろ」
慣れていた。慣れてしまっていた。
それが一番おかしい。
「……おかしいの、そっち」
「どっちだよ」
「……神代」
「俺かよ」
ため息をつく。ツッコミが追いついてない。
でもルシエルは気にした様子もなく、さらに距離を詰める。
「……落ち着く」
「そう」
「……だからここ」
完全に定位置らしい。
セリナは額を押さえた。頭が痛い。
「……ねえ、神代」
「なんだ」
「本当に分かってる?」
真剣な声だった。
「その子、さっき人を吹き飛ばしたのよ」
「見てた」
「ならなんでそんな平然としてるの」
「……平然ではねえよ」
少しだけ、間を置く。
「ただ、まあ……ああなる前に止めりゃいい」
「簡単に言うわね」
「実際止まっただろ」
「……それが問題なのよ」
セリナははっきりと言った。
「普通は止まらない。止められない」
視線をルシエルに向ける。
ルシエルは無言で、神代の服をいじっていた。
まるで話に興味がないみたいに。
「……ねえ」
呼びかける。
「あなた、自覚あるの?」
「……なに」
ちら、とだけ見る。やる気のない返事。
「自分が何したか」
「……邪魔だったから、どかした」
迷いなく言う。
「それだけ」
「それだけ、じゃない」
思わず声が強くなる。
「人が死んでてもおかしくなかったのよ」
「……死んでない」
「結果論でしょ!」
ルシエルは、少しだけ目を細めた。
「……うるさい」
ぽつりと呟く。
その瞬間、空気がわずかに張り詰めた。
――来る。
セリナの背筋に、緊張が走る。
けど。
「……やめろ」
神代の声。短い一言。
それだけで――空気が、元に戻った。
「……」
セリナは言葉を失う。
今の、何?
明らかに何かが起きかけた。でも、一瞬で消えた。
しかも、ただの一言で。
「……神代」
ルシエルが小さく呟く。
「……この人、嫌い」
「そうか」
「……追い出していい?」
「だめだ」
即答。迷いなし。
「……なんで」
「俺が困る」
「……む」
不満そうな顔でも、それ以上は何も言わない。
ただ、少しだけ神代に寄りかかる力が強くなる。
……意味が分からない。
「……ねえ」
セリナは、ゆっくりと口を開く。
「なんで従うの」
「は?」
「あなたが言ったら、全部止まる」
さっきからずっとそうだ。
あの力も、あの殺気も全部、神代一人で止めている。
「……たまたまだろ」
「そんなわけないでしょ」
即否定。
「魔力の質が違いすぎる。あれは人が扱えるレベルじゃない」
視線を向ける。
今は大人しくしているルシエルに。
「……それなのに」
もう一度、神代を見る。
「あなたは平然と触れてる」
「……まあな」
「怖くないの?」
「……怖いは怖い」
少しだけ、間を置いて。
「でもまあ、放っとく方が面倒そうだしな」
「……は?」
予想外の答えだった。
「こいつ一人で暴れたら、それこそ手つけられねえだろ」
「それは……」
否定できない。
「だから、近くにいとく方がマシだ」
「……それだけ?」
「それだけだな」
あっさりと答える。
――この男も、普通じゃない。
セリナははっきりとそう思った。
「……神代」
ルシエルが顔を上げる。
「……ずっと一緒?」
「今はな」
「……ん」
満足そうに頷く。それから、また体を預ける。
「……じゃあいい」
小さく呟く。
その声は、本当に安心しきっていた。
――やっぱり、おかしい。
セリナは確信する。
この関係は、普通じゃない。
危うい。
少しでもバランスが崩れたら、一瞬で壊れる。
「……ねえ、神代」
「なんだ」
「もし」
言葉を選ぶ。
「もし、その子が本気で暴れたら」
少しだけ間を置いて。
「……どうするの」
神代は、少しだけ考えてから――
「止める」
迷いなく言った。
「どうやって」
「どうにかする」
「……雑すぎるでしょ」
「でも止まるだろ」
「……それはそうだけど」
納得はできない。
できないけど――実際に止まってるのを見ている。
「……神代」
ルシエルが、また袖を引く。
「……ねむい」
「さっき起きたばっかだろ」
「……ねむい」
「はいはい」
軽く流す。
そのままベッドに倒れると、ルシエルも当然のようにくっついた。
「……ここ」
「もう好きにしろ」
完全に受け入れてる。
……ほんとに何なんだこの関係。
「……おやすみ」
「まだ寝ねえよ」
「……ん」
聞いてない。すぐに目を閉じる。
数秒で寝息が聞こえてきた。
「……早すぎでしょ」
「いつもこんな感じだ」
「いつもって」
「昨日からだけどな」
「短いわよ」
思わずツッコミ。
でも神代は気にした様子もなく、軽く息を吐いた。
静かな時間。
ルシエルは完全に眠っている。
さっきまでの危険な気配は、どこにもない。
「……ねえ」
小声で話しかける。
「何」
「本当にいいの?」
「何が」
「こんなのと一緒にいて」
視線を向ける。
眠っているそれに。
神代は少しだけ目を細めて――
「……まあ、今はいいだろ」
曖昧に答えた。
「今はって……」
「先のことは知らねえよ」
あっさりしてる。
でも、その言葉の裏に――少しだけ覚悟が見えた気がした。
「……そう」
それ以上は何も言わなかった。
言えなかった。
――この関係は危うい。
でも同時に今だけは、妙に安定している気もした。
ありえないバランスで。
「……最悪ね」
小さく呟く。
こんな状況、放っておけるわけがない。
監視なんて言ったけど――
「……最後まで見るしかないじゃない」
ため息をつく。
ベッドの上では、ルシエルが神代にしがみついたまま眠っている。
その顔は、驚くほど穏やかだった。
――さっきまで、人を消しかけてたやつとは思えないくらい
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