4話
食堂を出た瞬間、視線が刺さった。
さっきの騒ぎのせいだろう。
通りを歩く人間が、明らかに距離を取っている。
「……目立ったな」
「……うん」
ルシエルは気にした様子もなく、俺の腕に絡みついたまま歩いている。
いつも通りだ。
むしろ、さっきより少しだけ近い気がする。
「……神代」
「なんだ」
「……離れてない」
「離れねえよ」
軽く答えると、ルシエルは満足そうに目を細めた。
――その時。
「ちょっと、あなた」
後ろから声がかかった。
振り返る。
そこに立っていたのは、一人の女だった。
腰まで伸びた茶色の髪。動きやすそうな軽装。腰には剣。
見るからに戦えるやつ。
「……なんだ」
警戒はする。
さっきの流れだと、面倒事の続きでもおかしくない。
女は、真っ直ぐ俺を見て――次に、ルシエルを見た。
その瞬間。
明らかに表情が変わった。
「……その子」
低い声。
さっきまでの落ち着きが消えている。
「……何」
ルシエルが、小さく返す。
声はいつも通り。でも、腕に絡む力が少し強くなった。
「……あなた、その子と一緒にいるの?」
「まあな」
「……正気?」
即答だった。
「は?」
「……さっきの、見てた」
女は俺から視線を外さずに言う。
「人を、吹き飛ばした。しかも一瞬で」
「……まあ、そうだな」
「……ありえない」
きっぱりと言い切る。
「魔法でもない。詠唱もない。あんなの――」
言葉が、途中で止まる。
言いたくない、みたいに。
「……何が言いたい」
聞き返す。
すると女は、一歩だけ近づいてきた。
視線は変わらず、真剣そのもの。
「……その子から、離れなさい」
はっきりと、迷いなく言った。
「……は?」
「危険すぎる」
即答。
「あなた、気づいてないの?」
次に、ルシエルを見る。
その目には、はっきりとした警戒があった。
「……それ、人じゃない」
空気が、少しだけ冷える。
「……言い方あるだろ」
思わず口を挟む。
ルシエルは黙ったままだった。
でも――少しだけ、体が強張っている。
「……事実よ」
女は一切引かない。
「私はセリナ。ギルド所属の剣士」
「……神代だ」
「神代。あなたに忠告してる」
真っ直ぐに見てくる。
「その子は危険。今は大人しくても、いつか必ず――」
「――言い過ぎ」
ぽつりと、ルシエルが呟いた。
小さい声でも、はっきり聞こえる。
「……何?」
セリナが眉をひそめる。
ルシエルはゆっくり顔を上げた。
赤い瞳が、真っ直ぐに向く。
「……神代は、関係ない」
「関係あるわ」
即座に返す。
「あなたみたいなのが近くにいたら――」
「……うるさい」
空気が、揺れた。
まただ。
あの、嫌な感覚。
「……ルシエル」
名前を呼ぶ。けど止まらない。
「……いらない」
小さく呟く。
「……神代に、近づくの」
――まずい。
さっきと同じ流れだ。
「おい、やめろ」
腕を掴む。
その瞬間、ぴり、と何かが弾けた。
でも、まだ止まらない。
「……どいて」
ルシエルが言う。
目が、完全に変わっていた。
感情が抜け落ちたみたいな顔。
「……そいつ、邪魔」
「違う」
強く言う。
「……違うから、やめろ」
「……なんで」
「いいから」
ぐっと引き寄せる。
そのまま、距離を詰める。
「……神代」
ルシエルの声が揺れる。
ほんの少しだけ。
「……そいつ、嫌い」
「知るか」
即答。
「でも、殺すな」
空気が、止まる。
ルシエルが、こっちを見る。
「……だめ?」
「だめだ」
はっきり言う。
「……俺が嫌だ」
短く、でも強く。
その言葉で――ふっと、力が抜けた。
「……そっか」
ルシエルが、小さく頷く。
さっきまでの圧が、嘘みたいに消えた。
空気も、元に戻る。
「……なら、やめる」
あっさりと。まるで、スイッチが切れたみたいに。
「……は?」
セリナが呆然とする。
無理もない。
さっきまで殺気出してたやつが、一言で引いたんだから。
「……神代が言うなら、いい」
ルシエルは、また俺に寄り添ってきた。
いつも通りの距離。
何もなかったみたいに。
「……お前な」
「……ん?」
「……いや、いい」
もう突っ込む気も起きない。
隣で、セリナが固まっていた。
「……今の……何」
小さく呟く。
「……止めたの?」
「まあな」
「……ありえない」
またそれか。
「……あれは止まるものじゃない」
真剣な声。
「暴走した魔力は、普通は誰にも止められない」
「……でも止まっただろ」
「……だからおかしいのよ」
ぐっと睨まれる。
「あなた、何者?」
「ただの一般人だ」
「嘘でしょ」
即バレ。
「……まあいい」
ため息をつく。
これ以上説明しても無駄だろうしな。
「……神代」
ルシエルが袖を引く。
「……帰ろ」
「ああ」
頷く。そのまま歩き出そうとする。
「待ちなさい」
セリナが呼び止める。
「……まだ何かあるのか」
「……あるわよ」
一歩近づく。
今度は、さっきほどの敵意はない。
でも、警戒は消えてない。
「……その子、放っておけない」
「お前が?」
「そう」
即答。
「危険だからこそ、監視する必要がある」
「監視ねえ」
「それに――」
ちら、とルシエルを見る。
「あなた一人じゃ、どうにもならないでしょ」
……否定はできない。
さっきの見たらな。
「……一緒に行くってか」
「ええ」
迷いなく頷く。
「拒否権は?」
「あると思う?」
「ねえな」
即答。というか、このタイプは止めても来る。
「……神代」
ルシエルが少しだけ不満そうに言う。
「……いらない」
「勝手に決めるな」
「……だって」
じっとセリナを見る。
その目は、やっぱり好きじゃなさそうだ。
「……邪魔」
「本人の前で言うな」
「……ほんとだし」
「開き直るな」
ため息。でも――
「……まあいい」
結局、そうなる気がしてた。
外からの目はあった方がいい。
俺一人じゃ、確かに不安だ。
「……好きにしろ」
「ええ、そうする」
セリナが頷く。そのまま、自然に隣に並ぶ。
距離はちゃんと取ってる。
ルシエルとは真逆だな。
「……神代」
「なんだ」
「……近い」
「今度は何だよ」
「……あいつ」
「俺じゃねえのかよ」
「……違う」
小さく首を振る。
そして、俺の腕にさらに密着する。
「……神代はいい」
「はいはい」
もう慣れた。……いや、慣れるなよ俺。
そんなことを思いながら、歩き出す。
左右で温度差がすごい。
一方はぴったり密着。もう一方は警戒MAX。
「……最悪の組み合わせね」
セリナが小さく呟く。
「同感だ」
「……神代は違う」
「いや違わねえよ」
即否定。
……こうして、明らかにバランスのおかしい三人での行動が、始まった。
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