3話
宿に戻ってきてからも、ルシエルはずっとくっついたままだった。
「……なあ」
「……ん?」
「いい加減離れろ」
「……やだ」
即答。もう慣れてきた自分がちょっと嫌だ。
ベッドに座れば隣。立てば腕に絡みつく。移動すればぴったり後ろ。
完全にセットみたいになってる。
「……神代」
「なんだ」
「……さっきの人」
「……ああ」
街でぶつかった男のことか。
「……もう大丈夫」
「何がだよ」
「……来ない」
淡々とした声だった。
確信してるみたいに。
「……なんで分かる」
「……分かるから」
それ以上は言わない。ただ、俺の服を掴む手だけが少し強くなる。
……やめとくか。
今は聞いても答えなさそうだ。
「……とりあえず飯だな」
「……一緒に行く」
「分かってる」
もはや確認ですらない。
宿の隣が食堂になっていた。
昼時ってこともあって、そこそこ人がいる。
木のテーブルに腰を下ろして、適当に料理を頼む。
「……神代」
「なんだ」
「……ここ、嫌」
「またかよ」
来た瞬間からこれだ。
ルシエルは俺の隣にぴったりくっついたまま、周りを見ている。
その目は、やっぱり少し冷たい。
「……何がそんなに」
「……うるさい」
「だから静かだっての」
「……違う」
小さく首を振る。
「……気配が、多い」
「気配?」
聞き返した瞬間だった。
――ガンッ!
乱暴な音が響く。
「おいおい、こんなとこにガキ連れてくるなよ」
振り向くと、数人の男が立っていた。
さっきのとは別だが、雰囲気は似てる。
いかにも面倒そうな連中。
「……絡まれてるな」
小さく呟く。まあ、ありがちだ。
異世界テンプレってやつか。
「聞いてんのか?」
男が近づいてくる。距離が詰まる。
――その瞬間。
ぴり、と。
また、あの感覚。空気が張り詰める。
「……ルシエル」
横を見る。
ルシエルは俯いたまま、何も言わない。
ただ――手が、少し震えていた。
「……やめろ」
「……?」
「……やめて」
小さい声けど、はっきりしてる。
「……神代」
「分かってる」
短く返す。
次の瞬間。男の手が、俺の肩に伸びてきた。
――触れる、直前。俺はその腕を掴んだ。
「……それ以上はやめとけ」
「は? なんだお前」
「面倒になる」
静かに言う。
自分でも分かるくらい、空気が変わってた。
「……あ?」
男が眉をひそめる。
そのまま、力を込めてくる。
振り払おうとしてるのか、殴ろうとしてるのか。
どっちでもいい。
――その瞬間。
ぐにゃり、と男の動きが、歪んだ。
「……は?」
力が抜ける。
まるで、何かに抜かれたみたいに。
「……な、なんだこれ……」
男が戸惑う。
腕から、完全に力が消えていた。
俺も分かってる。今のは――俺だ。
「……っ」
無意識にやってる。でも、確かに感じる。
触れた瞬間に、何かを消した。
「……チッ、なんだよ気味悪いな」
男が舌打ちする、けど、その時だった。
「……触らないで」
低い声。ルシエルだった。
さっきまでとは、まるで違う。
冷たくて、感情が抜けたみたいな声。
「……あ?」
男がそっちを見る。
――次の瞬間。
空気が、落ちた。
重い。息が詰まる。
周りのざわめきが、一瞬で消える。
「……な、なんだ……」
誰かが呟く。視線が、全部ルシエルに集まる。
銀髪が、ふわりと揺れた。
風なんてないのに。
「……いらない」
ぽつりと、ルシエルが言う。
その目は、完全に別物だった。
赤い光が、薄く滲んでいる。
「……神代の近くに、いらない」
その瞬間。――ドンッ!!
男たちが、まとめて吹き飛んだ。
壁に叩きつけられる。
椅子が倒れ、皿が割れる音。
「っ……!?」
息を呑む。今度は明確だった。
見えない何かが、押し潰した。
それも、一瞬で。
「……ルシエル」
声をかける。返事はない。
ただ、ゆっくりと立ち上がる。
「……全部、消せばいい」
小さく呟く。
その一言で、背筋が凍った。
まずい。これは――
「おい、やめろ」
咄嗟に腕を掴む。
細い腕なのに、触れた瞬間。
ぞわっ、とした。
底の見えない何かに触れた感覚。
「……神代」
ルシエルが、こっちを見る。
赤い瞳。
でも、その奥にほんの少しだけ、迷いがあった。
「……これ、邪魔」
「違う」
即座に言う。
「……違うから、やめろ」
「……でも」
「いいから」
強く、引き寄せる。
そのまま、抱き締める。
「……っ」
一瞬だけ、空気が跳ねた。
何かが弾けるみたいに。
けど――すぐに、静かになる。
「……神代」
小さな声。
さっきまでの冷たさは、消えていた。
「……ここ、いる」
「ああ」
「……いい?」
「いい」
短く答える。
腕の中の体は、さっきまでの圧が嘘みたいに軽かった。
「……ん」
力が抜ける。
そのまま、完全に寄りかかってきた。
――周りは、静まり返っていた。
誰も近づこうとしない。
当たり前だ。今の見たら、関わりたくないに決まってる。
「……はあ」
小さく息を吐く。やっちまったな。
完全に目立った。
「……神代」
「なんだ」
「……もう、大丈夫」
「……ならいい」
ルシエルは、いつもの顔に戻っていた。
さっきのが嘘みたいに。
ただ――
「……ねえ」
「ん?」
「……ちゃんと、止めてね」
「……は?」
「……私が、変になったら」
静かに言う。
「……神代が止めて」
その言葉は、軽くなかった。
「……できるか分かんねえぞ」
「……できる」
即答だった。
「……だって」
少しだけ笑う。
「……神代だけだから」
その意味を、考える前にぐい、とまた腕を引かれる。
「……帰ろ」
「ああ」
立ち上がる。視線はまだ集まってる。
でも、さっきよりはマシだ。
ルシエルは、いつも通り俺にくっついたまま。
「……ねえ」
「なんだ」
「……さっきの、よかった」
「何が」
「……触ってくれたの」
「……そうかよ」
適当に返す。でも内心は、少しだけ引っかかっていた。
――俺の力。
あれ、なんなんだ。
さっき確かに、消した。
あの男の力も、ルシエルの何かも。
「……神代」
「なんだ」
「……好き」
「……は?」
唐突すぎる。
「……こういうの、好き」
「どれだよ」
「……守ってくれるの」
そう言って、少しだけ笑う。
――無邪気な顔。
でも、さっきの光景が頭から離れない。
こいつは、たぶん。触れてはいけない側の存在だ。
それでも――
「……離れんなよ」
「……ん」
強く頷く。
そのまま、当たり前みたいに寄り添ってくる。
……もう手遅れかもしれないな。
そんなことを思いながら、俺は宿を出た。
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