2話
目が覚めた瞬間、違和感があった。
近い。いや、何がとかじゃなくて全部が近い。
「……ん?」
ぼんやりした意識のまま、視線を落とす。
そこにあったのは、銀色の髪だった。
「…………は?」
数秒遅れて理解する。
ルシエルが、俺の腕にしがみつくようにして寝ていた。
しかも、完全に密着している。
顔が胸元に埋まってるし、腕はがっちり絡まれてるし、脚まで乗ってる。
「いや待て」
昨日、確かにベッドに寝かせた。
俺は椅子か床で寝るつもりだったはずだ。
なのに、なんでこうなってる。
「……ん……」
小さく、ルシエルが動いた。
そのまま、さらに擦り寄ってくる。
「……あったかい……」
「おい起きろ」
「……やだ」
即答だった。目も開けてないくせに。
「離れろって」
「……やだ」
「いや聞けよ」
「……ここがいい」
ぎゅ、と力が強くなる。
……無理だこれ。
引き剥がそうとしても、意外と力が強い。
というか、体格差あるのに全然動かないのなんでだよ。
「……神代」
「なんだよ」
「……いなくなってない」
「起きたばっかだからな」
「……よかった」
それだけ言って、また頬を押し付けてくる。
完全に安心しきってる顔だった。
……はあ。
「……飯でも食うぞ」
「……あとで」
「今だよ」
「……もうちょっと」
ダメだ、完全に動く気がない。
仕方なく、そのまましばらく待つことにした。
――数分後。
「……ん」
ようやく、ルシエルが体を起こした。
寝癖で跳ねた銀髪を気にする様子もなく、ぼんやりと俺を見る。
「……おはよ」
「……おう」
「……ずっといた?」
「そりゃな」
いきなり消えたりしねえよ。
そう思っていると、ルシエルが少しだけ目を細めた。
「……そっか」
どこか満足そうに、小さく頷く。
それから――また、くっついてきた。
「いや離れろ」
「……やだ」
「朝からそれかよ」
「……だって」
当然みたいな顔で言う。
「……隣にいるの、当たり前でしょ」
「当たり前じゃねえよ」
思わず即ツッコミ。
昨日会ったばっかだぞ。なんでその距離感になる。
「……変?」
「変だな」
「……でも、落ち着く」
そう言って、また腕に絡みつく。
完全に定位置みたいになってる。
……まあ、嫌がってるわけじゃないのがまた面倒だ。
「……外行くぞ」
「……一緒?」
「一緒じゃなきゃ動かねえだろお前」
「……ん」
満足そうに頷く。
ほんと分かりやすいな。
街は、思ったより普通だった。
石畳の道に、木造の建物。人の行き来もそれなりにある。
異世界っぽいけど、生活感はある。
「……ねえ」
「なんだ」
「……ここ、人多い」
「まあ街だしな」
「……やだ」
「は?」
足が止まる。ルシエルが、俺の服をぎゅっと掴んでいた。
「……離れないで」
「離れてねえだろ」
「……もっと近く」
「これ以上は無理だ」
すでに腕絡まれてる状態で何を言ってる。
……と思ったらルシエルが、さらに距離を詰めてきた。
ほぼくっついて歩いてる。
「……お前な」
「……ここ、怖い」
ぽつりと呟く。その声は、昨日とは少し違っていた。
「……何が」
「……みんな」
視線は周りに向いている。けど、その目は―どこか冷めていた。
「……うるさい」
「いや別に騒いでねえだろ」
「……違う」
小さく首を振る。
「……近い」
「……?」
何が言いたいのか分からない。
けど、とりあえず。
「……離れなきゃいいんだろ」
そう言うと、ルシエルは少しだけ目を丸くして――
「……ん」
静かに頷いた。
それから、またぴったりとくっつく。
……まあいいか。そのまま、少し歩いたところで。
――ドンッ!
「っ!」
誰かと肩がぶつかった。
「おい、前見て歩けよ」
荒い声。
振り返ると、ガタイのいい男が睨んでいた。
「……悪い」
軽く謝る。面倒は避けたい。
けど――
「……ちっ」
舌打ち。そのまま、男が手を伸ばしてきた。
胸ぐらを掴むつもりか。
瞬間、反射的に腕を払う。
――その時。ぴし、と空気が歪んだ。
「……あ?」
男の動きが、一瞬止まる。
まるで、何かにぶつかったみたいに。
「……なんだ今の」
男が眉をひそめる。俺も分からない。
ただ、さっきと同じ感覚。
何かを弾いたような――
「……神代」
横から声。
ルシエルが、俺の服を掴んだまま、男を見ていた。
その目はさっきまでとは、明らかに違う。
冷たい。
底が見えないくらいに。
「……それ」
「ん?」
「……いらない」
「……は?」
次の瞬間。男の身体が、後ろに吹き飛んだ。
「っ!?!?」
地面に転がる。何が起きたのか分からない顔。
……俺も分からない。
今、何もしてない。少なくとも、俺は。
「……帰ろ」
ルシエルが、何事もなかったみたいに言う。
「……おい、今の」
「……いいから」
ぐい、と腕を引かれる。そのまま、歩き出す。
振り返ると、男はまだ倒れたまま動けていなかった。
……今の、こいつがやったのか?
「……ねえ」
歩きながら、ルシエルが顔を寄せてくる。
「……神代」
「なんだ」
「……あれ、邪魔だった」
「……は?」
「……だから、どかした」
簡単に言う。本当に、なんでもないことみたいに。
「……それだけ」
にこりと笑う。朝と同じ、柔らかい笑み。
なのに――さっきの光景が、頭から離れない。
「……なあ」
「……ん?」
「お前――」
聞こうとして、言葉が止まる。
何を聞く?
何者なんだ、とか?
今さらすぎる。
最初から、普通じゃないのは分かってた。
「……神代」
ルシエルが、俺の腕に頬を寄せる。
「……ちゃんといる」
「……いるよ」
「……よかった」
それだけ言って、目を細める。
安心しきった顔。
――さっき、人を吹き飛ばしたやつと同じとは思えない。
「……ねえ」
「なんだよ」
「……神代は」
少しだけ間を置いて。
「……どこにも行かないよね?」
「……急にどうした」
「……行かない?」
じっと見上げてくる。逃げ道を塞ぐみたいな視線。
「……行かねえよ、今はな」
適当に答える。
本心でもあるし、深く考えてもいない。
でも――
「……そっか」
ルシエルは、満足そうに笑った。
それから、小さく呟く。
「……じゃあ、いいや」
「何が」
「……ううん」
首を振る。そして、いつも通りの距離で寄り添ってくる。
「……ずっと一緒だね」
その声は、やけに静かで。
どこか、決定事項みたいに聞こえた。
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