54話 黒狼の牙
「ちょっと待ちなさい。【黒狼の牙】って何よ?私聞いてないんだけど」
「今決めた!黒い狼ってなんかかっこいいじゃんか!」
「わんちゃんはぁ、かわいいよねぇ~」
「狼は犬じゃない!そもそもいつからあんたがリーダーになったのよ!」
言い争っている三人を目の前に、思わずため息が漏れる。
先程から何度もこの場を離れようと試みてはいるが、アオイと名乗る女性は俺の腕を掴んで離そうとしなかった。
(はぁ、帰りたい……)
レベル上げの為に来た狩場で、俺は偶然遭遇した黒狼の牙(仮)のピンチを救った。
実際俺が介入しなければパーティは全滅していたはずだ。
危ない場面もあったが結果としてパーティは全滅せず、俺も感謝されてめでたしめでたし――それで終わりのはずだった。
「何かお礼させてください!」
彼女はそう言うと、俺がいくら断っても全く聞き入れてくれなかった。
そしてハルトと名乗る男性が、自己紹介がてらパーティ名を名乗ったことで、状況はさらにややこしくなってしまった。
「あ、あのぉ、ほんとにお礼とか結構なので……そ、それにもうこんな時間ですし」
「うーん、あ!それじゃあフレンド申請してもいいですか?」
彼女は断られる可能性など微塵も考えていないのか、ウキウキしながら申請手続きをしている。
プレイヤー名【アオイ】からフレンド申請が届きました。
【承諾する】 【拒否する】
受けなければ帰してくれそうにない。
そもそもこんな笑顔の女性のお誘いを断るなんて俺にはできない。
フレンド申請を承諾すると、カエデとハルトからも立て続けにフレンド申請が届いた。
「新しいフレンドが増えると、オンラインゲームやってるって感じがするな!」
「ですねぇ、わたしたちはまいにちかおをあわせていますしぃ、とおってもしんせんですぅ」
うすうす気づいてはいたが、やはり彼らはこのゲームを始めたばかりの初心者だった。
三人は幼馴染で日頃から一緒にいることが多く、VOを始めたのもハルトから持ちかけたらしい。
「いきなりVRじゃ二人とも大変だろうからこっちにしたんだ!今度大型アップデートも来て盛り上がってるって聞いたしよ」
「いきなりゲーム機買ってくるんだもの。もったいないし断れないじゃない」
「いやー、中古でめっちゃ安くてさ。VRは高すぎて手が出なかったわ」
「そっちが本音じゃないのよ!」
夫婦漫才のようなやり取りをカエデはニコニコしながら見守っている。
微笑ましく騒がしいやり取りは、見ている分には嫌いではない。
だが――
(くそ、戦闘中はそうでもなかったのに……眠い……)
アオイがこちらに向かって何か言っている気がするが、頭がぼんやりして言葉が入ってこない。
「それじゃあユキトさん***に、***お願いします」
「ん?ああ……じゃあ俺はそろそろ――」
最後の力を振り絞ってログアウトし、そこで俺の意識は完全に途切れた。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「んん……腹減った……」
歳を取る毎に寝起きの体はどんどん重くなり、起き上がるのが億劫になってきた。
普段なら二度寝コースに突入するが、それを阻止しようと腹の虫が盛大に鳴っている。
「これだけか……ん?メッセージ?」
スティック状の菓子パンを咥えながら、アプリを開いてメッセージを確認する。
[アオイ]今日はいろいろありがとうございました。レベル上げの件、都合のいい日が決まったら教えてください。
(レベル上げ?俺そんな約束してたのか)
ログアウト直前の記憶がほとんどないが、文面から察するにアオイからレベル上げのお誘いを受けて、俺はそれを受け入れたんだろう。
「ま、悪い話じゃないし暇な時にでも連絡するか」
俺は無難な文章を打って返すと、二本目のパンを手に取って口に運んだ。
「お、ユッキーじゃん!おつおつ~」
「ん?お前がここにいるってことは、あいつ今出勤中なのか?」
「残念うちだけでしたー。ユッキーはご飯買いに来たん?」
「ああ、夕飯を買いにな。それより愛多と一緒にVOやってみてどうだ?楽しいか?」
愛多は凛心とゲームをしたがっていたし、きっと楽しく遊んでいるのだろうと思っていた。
しかし、俺の予想に反して凛心は何かを悟ったように遠くを見つめた。
「……あの子ってさ、ゲームになると目がマジになるんだよ……」
彼女はそう呟くと、昨日の出来事を語りだした。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「凛心、そっち行った!簡単に避けられるからすれ違いざまに攻撃して!」
「え、ちょっ、急に言われても操作ムズすぎなんだけど!」
鹿のような見た目のモンスター【シガロ】が、鋭い角を向けて突っ込んでくる。
頭では分かっているし、目でもちゃんとシガロの攻撃を捉えている。
だが、慣れないコントローラーを握る手は操作がおぼつかなく、避けるだけでも精一杯だった。
「あっぶな、マジヤバいんだけど!らぶー、これマジ無理だって!」
「大丈夫だよそのうち慣れるから――あ、ごめんまた一匹逃がしちゃった」
最初はわからなかった――けど、これだけ同じ事が続けばさすがにわかる。
あいつ、絶対わざとやってる!
「懐かしいなぁ。私もお兄ちゃんに教わった時、よくこうしてモンスターの相手させられたっけ」
「懐かしんでないで助けてってば!」
「大丈夫、人ってピンチになると集中力増して大抵なんとかなるから!わたしん時もそれでなんとかなったしね。それにさ――」
愛はこちらへ向き直ると小さく笑った。
「死んで覚えるのはゲームの常識だから」
顔は笑っていたが、その目は笑っていなかった。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「いや~、実際に体動かせるんならいけるんだけどさ、ゲームってマジむずいよねー」
「なかなか大変だったみたいだな」
「そんな優しいもんじゃないんだって!らぶのスパルタ指導マジやべーから……」
どうやら愛多の特訓は相当厳しかったようで、凛心は語り終えるとどこか疲れたような顔をしていた。
「そ、そうか……まあ無理すんなよ」
「ま、らぶと一緒に遊ぶのはやっぱ楽しいしね。それに少しずつ上手くなってる気はするし、とりあえず頑張ってみるよ」
「ああ、頑張れよ。それじゃ俺はこれで」
軽く手を上げ、帰ろうと背を向けた瞬間、背後から服の裾を掴まれ俺は足を止めた。
「早く家に帰りたいんだが?」
「まあまあ、せっかく会ったんだしさ。ゆっくりして――って、何でそんな嫌そうなん?」
「早く帰ってゲームしたいんだよ」
「……はぁ、じゃあせめて連絡先教えてよ。ゲームの事で何か聞きたくなるかもしれないし」
凛心の提案を渋々承諾し、俺はメッセージアプリのアカウントと連絡先を凛心に伝えた。
「……あのさぁ、自分で言うのもなんだけど、私みたいな若い子に連絡先聞かれたら普通嬉しいもんなんじゃないの?」
「分かってないな。それは下心があって自分がまだ若い子と釣り合うって勘違いしてるバカの考え方だ」
「それじゃあユッキーは下心なんて無くて、私と釣り合うとも思っていないってこと?」
下心か……当然あるに決まってる。
性欲だってあるし、彼女だって随時募集中だ。
「俺は立場を弁えてるおっさんだからな。若い子が俺に興味を持つなんて思ってないよ」
「ふーん」
もし俺なんかに興味がある女性がいるのならぜひ連れてきてくれ!と口に出したいのをグッと堪えて、いかにも興味のないふりをして平静を装った。
(凛心はそんなことしないだろうが、若い子のセクハラ判定の基準がわからない以上、下手なことは言わないようにしないとな)
結局その後も凛心は俺に話しかけ、しばらく話し込んでから俺はようやく帰路についた。




