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49話 羊と炎

どれだけ寝ていたのか、気づけば室内は暗くなり、陽はすっかり落ちていた。


遅い昼食を済ませた後、猛烈な眠気に襲われた俺は仮眠のつもりで目を閉じた。

体感では数十分程度と思っていたが、実際は数時間眠っていたらしい。


寝起きでボーッとする意識の中、時刻を確認する。

ダルさの残る体で浴室へ向かい、サッとシャワーを浴びて寝ぼけていた脳を無理やりたたき起こした。


(残り時間はっと――よし、これだけあれば十分だな)


俺はゲームにログインすると、すぐにフィールドに向かった。


道中に現れたスライムをなるべく処理しつつ、街を出てからしばらくして目当てのモンスターを見つけることができた。


【シープテイル】


見た目は完全に羊だ。

だが、現実の羊より二回り大きく、シープテイルから漏れでている青い電流はバチバチと音を鳴らしている。


以前この一帯を散策した時、俺は初めてやつと対面した。

生態把握のスキルでやつが帯電していることは分かっていたが、十分勝てる相手と踏んで俺は勝負を挑んだ。

――しかし結果は惨敗だった。


やつの攻撃は至ってシンプルで、その巨体を利用した突進と全体重を乗せたのしかかりの二パターンだけだ。


動きが極端に速いわけではないシープテイルの攻撃を避けることは容易い。

やつの攻撃を避けて、隙ができた背後から攻撃すれば勝てる――そう思っていた。


しかしやつの帯電能力は想像以上に厄介だった。

触れた相手は数秒しびれ状態になり、継続ダメージを負う上に動きが制限される。


それならばと、ブーメランや石による遠距離攻撃を試してみたが、ふわふわな体毛が衝撃を和らげ生半可な攻撃は通らなかった。


シープテイルの突進程度ではやられはしない、しかし本当に厄介なのは突進を受けた後――

やつは転倒した相手にのしかかり、帯電能力とその巨体で動けなくなった獲物を継続ダメージでジワジワいたぶる戦法をとる。


一度このパターンでやられてから、俺はシープテイルを見つけても無闇に戦いを挑むことはしなくなった。


「今日こそ、その毛刈り取ってやる!」


俺はシープテイルから一定の距離を保ちつつ、慎重に動向を探った。


(舐められてないか?俺……)


シープテイルはこちらに気づいている。

鼻をひくつかせ、視線をこちらに向け目も合った――にも関わらずやつはこちらから視線を外し、足元の草を食べ始めた。


(そっちがその気ならいいけどな、後悔したって知らねえ――ぞ!)


俺はシープテイル目掛けて、液体の入った瓶を勢いよく投げつけた。

投げた瓶は、勢いよくシープテイルの体に当たり――割れること無く地面に転がった。


「あ……」


先手を打てる状況に加え、錬金で得た新しい可能性。

有利な立場に立っていた俺は、どこかでやつを舐めていた。


結果、俺の脳内からシープテイルの体毛のことはすっかり抜け落ち、せっかく作った錬成品を無駄にしてしまった。


「さすがに物投げられたら怒るよなぁ」


シープテイルは食事を辞め、こちらを向きながら前脚で地面を引っ掻くように蹄を鳴らしている。

いつもならこのまま打つ手がなく防戦一方になるが、今日の俺は一味違う。


俺はストレージから先程投げた物とは違う錬成品を取り出した。

封を引き抜き中身を振りまくと、視線を逸らさず数歩後ろに下がる。


(説明通りならこれでいいはずだ。頼む、成功してくれ!)


アロエに似たアルエ草は、切ると切断面からヌメリのある液体を出す。

今回、アルエ草に魔力水を混ぜて完成した『アルエ水』は、強力な滑り効果があると説明欄に記載してあった。


シープテイルは後退した俺を見ると、勢いよく駆け出し猛然とこちらに向かって突っ込んでくる。

闘牛のような荒々しさに思わず逃げ出したくなるが、グッと堪えて盾を構える。


(よし、後少しだ。こい、こい……きた――)


作戦通り、シープテイルはアルエ水の上を通り滑って転ぶ――ことはなかった。


まるでこちらを嘲笑うかのように、シープテイルはアルエ水を撒いた地点の手前で、勢いよく大地を蹴った。


「え?」


そこからはまるでスローモーションのように、ゆっくりと時間が流れた。

地面を蹴ったシープテイルはまるで弾丸と錯覚するような勢いで俺に激突した。


シープテイルの巨躯に助走した勢いが上乗せされた一撃は、構えた盾をものともせず俺を数メートル先まで吹き飛ばした。


二転三転と転がり、ようやく勢いが止まった俺の体はすでにボロボロだった。

もちろん痛みはない。だが、盾は粉砕しHPも残りわずかとなった俺に戦闘を継続する意思は消え失せていた。


(くそっ、何で罠がバレた……あいつはそんなに頭がいいのか?)


俺は頭だけ動かし、シープテイルの居る方へ視線を向けた。

シープテイルは動きを止め、鼻をひくつかせながらただジッとその場に留まっている。


(なんで襲ってこない……それにさっきからアルエ水を撒いた方を見てるが、いったい……)


さらに注意深く見ていると、シープテイルが罠の方を見るたびに鼻をひくつかせていることがわかった。


「おいおい、まさか――」


この世界には料理が存在し、プレイヤーが食べることで一時的なバフを付与することができる。

しかし、どれだけうまそうな料理を食べた所で、味はおろか匂いもしない。


NPCは美味しそうに食べているが、俺たちプレイヤーにとって料理はただのアイテムだった。


『このゲーム、変な所でリアルなのよねぇ』


クリスさんの言葉を思い出す。

もし、この世界にプレイヤー以外の人やモンスターだけが感じられる味覚があるのなら、当然嗅覚があってもおかしくない。つまり――


「くそっ!匂いでバレたっていうのかよ!」


理不尽――俺の頭に真っ先に浮かんだのは、プレイヤーが感知できないシステムを取り入れた運営への怒りだった。


こちらの策をこちらが知り得ない情報で踏みにじられた。


そんなの――


「このまま、終われるわけがねえだろ!」


俺は叫びながらシープテイル目掛けて駆け出した。

シープテイルもこちらに再度向き直り、迎え撃つように雄叫びを上げる。


剣を上段に構え猛然と距離を詰める俺に、シープテイルも呼応するように大地を蹴った。

お互いが一気に距離を詰め、交差する瞬間――


シープテイルは頭を下げた。

体毛に覆われていない顔は、攻撃が通る数少ないやつの弱点だ。


(そりゃ弱点対策ぐらいするよな)


だが、そもそも俺の目的はやつの額に一撃を入れることじゃない。

俺の目的、それは――


「お前の弱点は顔だけじゃないだろ!」


俺は走った勢いを殺すこと無く、スライディングでシープテイルの攻撃を避けた。

そして勢いのまま、やつの脚部に向けて剣を滑らせるように攻撃を加える。


「どうだ!これで動けなく――って、そんな甘くないか」


シープテイルの脚は想像以上に固く、力の入らない態勢で繰り出した攻撃はやつの薄皮を斬る程度に留まった。


予想だにしない一撃をくらい、傷を付けられたシープテイルは怒りの雄叫びと共にこちらに猛スピードで突っ込んでくる。


俺はそんなシープテイルに背を向けて全力で逃げ出した。

戦闘を放棄した俺を、さらに怒りの雄叫びを上げながら猛追するシープテイル。


距離は少しずつ縮まり、やつとの距離は残り数メートルにまで迫っていた。


(逃げても追ってくるあたり、現実の獣と一緒だな。でも、おかげでお前をここまで連れてくることができたぜ!)


俺は目当ての物を拾い上げると空中に放り投げ、打席に立ったバッターのように剣を構える。


「この距離じゃ避けられないだろ!これでも――くらえっ!」


俺は投げた瓶目掛け剣を振り抜くと、衝撃によって瓶は粉々に砕け散り盛大に中身をぶちまけた。

液体は剣と眼前に迫っていたシープテイルにかかり、突然の出来事にシープテイルは前足を踏ん張り動きを止める。


「何が起こったって顔してるな。今掛かったのは最初にお前に投げた瓶の中身だ」


俺はストレージから松明を取り出し、そっと剣に近づけた。


「中身がなにか教えてやる。炎付与フレイムエンチャント――なんてな、一度やってみたかったんだよこういうの」


ゴブリン戦でたまたま発見した油嚢の活用法。

これはそれをさらに改良してできた一品。

正式名称を『マナグリス』


マナグリスは極めて高い燃焼効果があり、マナグリスの掛かった俺の剣は轟々と燃え上がった。


燃える剣を見てシープテイルは慌てたように動き始めるが、もう遅い。

俺は一気に距離を詰め、炎を纏った剣を勢いよく振り下ろした。


シープテイルは炎の剣をまともに受け盛大に燃え上がり、

渦巻く炎に全身を包まれたシープテイルを見て、俺は勝利を確信する。


シープテイルを相手に初めて得た勝利。

自分が強くなっている実感、そして新たに得た炎の剣。


俺が燃え続ける剣を見ていると、突然剣に亀裂が入る。


「え?」


慌ててストレージを開くと、耐久値を表す数字が減少していくのが確認できた。

そして耐久値の数値が徐々に少なくなり、0になった瞬間――剣は光の粒子となって消失した。


「嘘だろおおぉぉ」


俺は装備消失のショックでその場に立ち尽くした。


――俺はいつも詰めが甘い。

今回もシープテイルの討伐ログを確認すること無く油断してしまった。


ドン!!


鈍い音と共に突然の衝撃――気づいたら俺の体は宙に浮いていた。

そして最後に一瞬見えたのは、炎に包まれながら悠然と立つシープテイルの姿だった。

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