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47話 新人ヒーラーと黒歴史

これがゲームの仕様なら、使う人間がいるのも当然理解できる。

だけどそれで自分が納得できるかというと、話は別だ。


俺は自分のステータス画面に表示された数字を見て、小さくため息を吐いた。


ダンジョンに入る前の俺のレベルは5。

それが今では8まで上がっていた。


たった一度、ボスに石を投げただけでも経験値は平等に分配された。


後から知ったが、ボスに挑む人数によって貰える経験値にボーナスが付くらしい。

ボスに攻撃を一発でも当てれば、後は上級者に任せて見ているだけ――こんなに楽なレベル上げはない。


(そりゃあ、誰でも利用したくなるよなぁ)


コツコツレベル上げをするのが好きなやつもいれば、嫌いなやつもいる。

簡単に強くなれる方法があるのなら飛びつくのは当然だ。


別にルール違反じゃない。

俺だって今までの人生、楽な道に進んだこともたくさんある。


それでも、自分が頑張って崖を上っている横で、上から垂らされたロープで引き上げられているやつを見たら――思うところがないわけじゃない。


「ユキトさん、どうかされましたか?」

「いえ……ただ、レベルってこんな簡単に上げられるんだなと思ったら、なんていうか……」

「バカバカしいですか?」

「それは……」


それ以上言葉が出なかった。


そんなことみんなやってると納得すればいいだけの話だ。

自分の住む世界を自分で住みにくくしていることは分かってる。


苦労が報われない、真面目にやっている努力が報われない――

いや、そんな小綺麗な理由じゃないな。


俺はただ、自分が損をしていると感じるのが嫌なんだ。


「でも……ちょっと羨ましいです」


無言のままでいる俺に向かって、バルドさんは静かに口を開いた。


「ユキトさんも御存知の通り、私は今までフレンドもろくに作れず、ずっと一人でプレイしてきました」


バルドさんは人見知りで、こうして俺や愛多と普通に喋れているのは奇跡に近いと以前バルドさん自身が話していたことだ。


「だからよく想像してたんです。面倒なレベル上げも仲間と一緒にやれたら楽しいのかなって」


俺はただ運が良かったんだと思う。

早い段階でシエラさんやクリスさんと出会って、その後も愛多やバルドさんに出会えた。


もし、誰とも出会わずバルドさんのように一人だったら、俺はこのゲームを続けていただろうか……


「俺じゃ大して役に立ちません。それでも、バルドさんが困っていたら必ず駆けつけます!だから……何かあったら遠慮せず言ってくださいね」


ゲームに詳しくて、誰にでも優しいバルドさんが見せた寂しそうな表情。

その表情を見ていたら自然と口から言葉が漏れていた。


俺の言葉を聞いて目を見開き、やがていつものように穏やかな笑顔で「ありがとうございます」と彼は言った。


♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


「ところで、このままダンジョン出ちゃって大丈夫ですか?」


ボス討伐後、部屋の中央に現れた帰還用のゲートをくぐろうとして、俺は愛多のことを思い出していた。


「あいつがいない状況でダンジョンを出たら、あいつ一人になりませんか?」

「ああ、それなら大丈夫ですよ。一部のダンジョンを除いて、クリア後は強制的に退場になるので」


愛多が取り残されないことが分かり、そっと胸を撫で下ろす。


(よかった。もし置いていったりしたら後が面倒だからな)


ゲートを潜るとそこには青空が広がっていた。

ダンジョンの入口に戻ってきた俺たちは、リエアの街を目指して歩き出した。


「それにしても、さっきの戦闘はすごかったです。武器の形状を変化させて戦うなんて」


バルドさんは最初、何のことかわからないという表情を見せたが、すぐに「あ!そういうことですか」と納得したように笑った。


「あれは武器の形状を変化させているのではなく、登録した武器を交換しただけですよ」


なるほど、変化じゃなく交換のスキルか。

ストレージにある武器を交換――それって俺にとってもかなり有用なんじゃないか?


「あの、それって冒険者専用スキルですか?」

「いえ、アーセナルは複数の武器の熟練度を一定まで上げれば取得できますよ」


俺は心のなかでガッツポーズをした。


もしアーセナルを覚えることができれば、戦闘の幅が一気に広がる。

使用するのに制限はあるようだが、それでも破格のスキルと言っても過言じゃない。


「アーセナルがあれば本格的に剣を極めてみるのもありですよね!」


近接には片手剣、そして距離を取って遠距離武器に切り替えるなど、男心をくすぐる戦い方に俺は興奮気味に言葉を投げかけた。


しかし、楽しそうに話していたバルドさんの顔は一転して暗くなり、目を逸らすように下を向いた。


「あの、非常に言い辛いのですが……剣を極めるのはその、非常に難しいといいますか……」


またか!またこのパターンなのか?

バルドさんは優しいから濁しているが、これは絶対に剣を極めるのは無理な流れだ。


「適正装備以外のものは、少しだけ上がる程度のものでしかなく」


バルドさんの話をまとめると、適正装備以外のランクと熟練度は上げること自体はできるらしい。

ただ、適性はCランク、熟練度もいくつかの初期スキルを獲得する程度にしか上がらない。


これは遠距離適性のジョブに就いた者や、ヒーラーなど攻撃手段の乏しいプレイヤーへの救済措置でしかなく、俺がいくら頑張っても適性外の武器を極めることはできないってわけだ。


「とくにヒーラーは、ソロだと苦労することが多いですから」

「そ……うですよね」


ヒーラーが大変なのはよく知っている。


敵を蹂躙するアタッカー。

敵から仲間を守るタンク。

仲間を支援するヒーラー。


その中でもヒーラーの役割は大きく、ヒーラー次第で戦局が傾くことも少なくなかった。


ヒーラーが倒れれば、パーティが生き残れる確率がガクッと落ちる。

だからこそヒーラーは常にプレッシャーを感じ、中には慎重になりすぎて消極的なプレイをする者も少なくなかった。


そして、そんなプレイヤーに心無い言葉を吐き捨てるプレイヤーも一定数存在した。


知り合いのベテランヒーラーから言わせれば、そんな奴らを黙らせるのが最高に気持ちいいらしいが、あれは極少数だろう。


そんな環境でヒーラーになりたがる者は少なく、パーティ経験の浅い新人ヒーラーが失敗を責められ転職することも珍しくなかった。


そして――そんな状況の中、俺は彼女に出会った。


「リンです。よろしく……」


初めて会った彼女は、感情が乏しく控えめに言っても人付き合いが得意な印象はなかった。


オンラインゲームは人との意思疎通が不可欠だ。

たまにソロを貫き通す者もいるが、レイドやダンジョンを一人で攻略するにはそれこそ膨大な時間と技術が必要になってくる。


ダンジョンの野良パーティで彼女を見た時、不安がよぎった。

レベルはギリギリ適正値だが、パーティ慣れしているようには見えない。


「おい、黙ってんじゃねえよ!お前がトロいから負けたんだろうが、何とか言えよ!」


予感は的中した。

彼女の動きはヒーラーとしてぎこちなく、回復が間に合わない場面が多くあった。


そのことについて、アタッカーの男は容赦なく彼女を責め立てた。

まるで今回の敗北が、全て彼女の責任であるかのように……


俺から言わせれば、多数の敵を前に突っ込んで無駄にHPを減らしたアタッカーにも問題があると思うが、興奮している彼に言っても火に油を注ぐだけだろう。


彼女が何も反論しないのをいいことに、アタッカーの男はさらにヒートアップする。


「はいはい、スト―ップ!今回はその辺にしとこうぜ。失敗して損した分の補填はするからさ」


俺はそう言って少し多めの金を男に手渡すと、リンの手を引いてその場を後にした。


「おい、大丈夫か?いくらなんでもありゃねえよなぁ」


男たちから見えない場所まで移動すると、俺は黙ったままの彼女に声を掛けた。


「……助けてなんて言ってない」

「あのまま言われ続けてよかったのか?つーか、何で言い返さなかったんだよ」

「……たから……」

「は?なんて?」

「怖かったの!あんなに怒られたことないんだもん」


突然感情をあらわにする彼女を見て、俺は思わず笑ってしまった。


「なんで笑う?」


突然笑い出した俺を彼女はいぶかしむように睨みつけた。


「いや、ずっと何も言わないからてっきり気にしてないもんだと思ったのに、怒られて怖いなんて意外すぎて」

「……」

「悪い悪い――それで?お前はこのまま言われっぱなしでいいのか?」

「そんなわけっ……」


彼女は何か言いかけたが、やがて押し黙って下を向いてしまう。


「まぁ、お前のヒーラーは確かに酷かったもんな。あいつの言いたいことも分かるよ」


彼女は何かを否定するように小さく首を横に振り、握り込んだ拳は小さく震えていた。


「でもな、お前だけが悪いなんて思わない。俺も他のゲームでヒーラーしてたから分かるんだけどさ、ヒーラーってあいつが思ってるほど簡単じゃねえよな」


彼女の肩がピクっと反応し、ゆっくりと顔を上げる。


「ただ突っ込むことしかできないアタッカーが何言ってるんだって、俺もちょっとムカついたんだよ。だからさ――」


俺の言葉をじっと聞いている彼女に、ゆっくりと手を差し出す。


「俺が鍛えてやる。そんであいつ――いや、お前がもう誰からも文句を言われないように、強くならないか?」

「……」


少し待ったが、彼女からの返答はない。

俺は差し出した手を引き、その場を去ろうと振り返った。


「……じゃない」


背後からかすかに声が聞こえ、咄嗟に振り返る。

そこには、少し恥ずかしそうに俺の服を掴んでいる彼女の姿があった。


「リン……お前って名前じゃない……」

「じゃあリン、これからよろしくな!まずは――」


♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


「あの、大丈夫ですか?」


突然押し黙った俺を心配そうに見ているバルドさんに、なんでもないと謝り再び歩き出す。

バルドさんが何かを話しかけているが、会話の内容は一切頭に入ってこない。


(昔の事とはいえ、俺が鍛えてやるとか何様だよ!)


リンとの出会いを思い出し、顔がどんどん熱くなるのを感じた。


いつまで経っても消えることのない黒歴史。

俺の脳内は羞恥心でいっぱいになった。

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