46話 古層の迷宮⑤
「あー、やばかったぁ」
ゴブリンの集団をなんとか退けた俺は、しばらく扉の前で警戒を続けていた。
そしてやつらが追ってくる気配がないと分かると、安堵のため息を吐いた。
本当はこんな扉の前で留まりたくはない。
だが転移後の自分がどこにいるかわからない状況では下手に動くほうが危険と思い、扉の前で小休止することにした。
それにしても転移と召喚なんて、たまたま運がよかったからいいものの普通なら死んでるぞ……
俺は先程の戦闘を振り返りながら、こんな仕掛けを作ったスタッフに届くことのない悪態をついた。
ピコンッ
突然通知音がなり、俺は手探りで通知音が鳴った方へ手を伸ばす。
[バルド]ユキトさん、部屋から出られたんですね!申し訳ありませんが、ラヴさんがまだログインしていないのですぐに駆けつけることができません。
ん?どうしてバルドさんが部屋から出たことを知ってるんだ?
それに駆けつけるって、俺が今どこにいるかバルドさんには分かっているかのような口ぶりだ。
[ユキト]あの、なんで俺が部屋から出たって分かったんですか?
[バルド]転移部屋は異空間のような扱いになっていまして、その部屋にいる間はフレンドリストやマップに現在地が表示されません。ですが、部屋から一歩出れば通常通り表示されるようになっています。
「あ、なるほど」
俺はすぐにマップを開き、現在地が表示されているか確認した。
[バルド]今、ユキトさんがいるのはこのダンジョンの最深部です。私とラブさんは三階層にいるので、救出にはもう少し時間が掛かると思います。
ダンジョンの最深部――マップにはここが五階層だと表示されている。
[ユキト]分かりました。こちらも無理がない程度に探索を続けます。
バルドさんに手早く返信し、俺は役に立つものがないかストレージの中を確認した。
使えそうなアイテムはここまでの戦闘でほぼ使い切ってしまい、残りはいくつかの石と油嚢が一つ、そして予備の松明があるだけだ。
(ここで待ってた方がいいんだろうけど……)
バルドさんはまだ愛多と合流できてないと言っていた。
もし、今日中に攻略できなければ明日は俺一人で探索することになる。
いっそゲームオーバーになって街に戻ることも考えた。
しかし、一度ダンジョンを出れば内部構造が変化し、バルドさんたちと合流することはできなくなる。
こちらのわがままで連れてきてもらったのに、それではあまりにも申し訳ないと思った。
「とりあえず上に戻る階段を見つけないとな」
俺は三人で攻略することを信じて、静かに立ち上がった。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「何でだよ……」
目の前には見上げるほど巨大な門。
それを見て思わずため息が漏れる。
なるべく戦闘を避けるため、俺は細心の注意を払いながらダンジョンを進んでいた。
道中、スケルトンの集団や二足歩行の強そうなトカゲ型モンスターを見たが、何とか戦わずに逃げることができた。
さすがに全ての戦闘を回避することはできなかったが、それでも死なずにここまでやってこれた。
なのに――
「なんでボス部屋見つけちまうかなぁ」
俺はボス部屋を前にただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
(ほんとどうすりゃいいんだよ……)
来た道を引き返そうとも思ったが、そこまでの気力はもう残っていなかった。
ここにくるまで敵に見つからないよう慎重に移動し、精神的にかなり消耗している。
こんな状態で戻っても結果は目に見えているだろう。
(どうする……いっそのこと玉砕覚悟でボスに挑戦するか?)
一瞬そんな考えが頭をよぎったが、すぐに振り払う。
ボス部屋に触った瞬間、ボスへの挑戦権は俺が獲得したことになってしまう。
もし勝てそうもない相手だったら扉が閉まる前に逃げればいいが、
その場合、バルドさんたちと合流できたとしてもパーティを組めるという保証はない。
(……ん?そういえば何で他のパーティと遭遇しないのに、ボスへの挑戦権なんてシステムがあるんだ?)
ボスへの挑戦権自体は他のゲームでも採用されていて、特別珍しいものではない。
しかし、VOはダンジョンに入る度、内部構造が変わるので他のパーティと遭遇しないようになっている。
なのになぜボスへの挑戦権などという無意味なシステムがあるのか、ふと疑問を感じた。
(何か意味があるのか?――ん?)
ゲームシステムの矛盾、何気なく感じた違和感の正体を探るべく考え込んでいたその時、遠くから何か声のようなものが聞こえた気がして、俺は耳を傾けた。
「……きと……さ……ん」
小さく途切れ途切れだった声が、やがて少しずつ大きく鮮明になっていく。
「……ユキ……さああぁぁん、ユキトさんどこですかああぁぁ」
遠くからバルドさんらしき人影が見えた。
相手はこちらに気づくと一気に駆け出し、俺はそれに答えるように大きく手を振った。
「遅れて申し訳ありません。ご無事でしたか!?」
「え、ええ、こちらは問題なかったです。というか来るのが随分早いような……」
「実は連絡を取り合った後にラヴさんから今日は来れないと連絡を頂きまして――」
愛多からの連絡を受けた後、バルドさんは急いで俺の元へ駆けつけてくれたらしい。
とはいえ俺が部屋を出てからまだ一時間しか経っていない。レベル差を考えても異常な速さだ。
「……あの、ここのボスのことでお願いがあります」
俺が事情を説明すると、バルドさんはあっさりと俺の提案を受け入れてくれた。
「ではピコちゃんはお返ししますね」
バルドさんはそう言って脇に抱えていたピコを俺に手渡し、ボス部屋の扉に手をかざす。
まるでそこだけ隔絶された空間のように真っ暗な闇の中、俺は意を決して一歩踏み出す。
部屋に足を踏み入れた瞬間、壁に備え付けられた松明が次々と火を灯し、部屋全体を明るく照らした。
入口に引けを取らない大部屋の中心、大剣を携えた骸骨の騎士が挑戦者を待ち受けるかのように静かに立っていた。
「あれがここのボス『デスナイト』です。パーティで挑むならそこまで苦戦する相手ではありませんが、一対一なら手強い相手です」
俺は黙って頷き、まだ動く気配のないデスナイトに警戒しながら、ボス部屋に入る前に準備していた石を握りしめた。
「では先程言った通りでお願いします」
俺は握った石を振りかぶり、相手に少しでもダメージが残るように全力で振り下ろした。
飛来してくる石を見て、それを開戦の合図と受け取ったのかデスナイトは手甲で石を弾くと、こちら目掛け猛然と駆けだした。
ガキンッ
鉄と鉄がぶつかり合う音が部屋中に響き渡る。
こちらに向かって切り込んだデスナイトをバルドさんが迎え撃つ。
大剣と大剣が激しくぶつかり合い、レベル差で勝るバルドさんの大剣がデスナイトの大剣を弾き返す。
デスナイトは一度距離を置こうと後ずさるが、バルドさんは追撃すること無く大剣を構え直した。
映画さながらの光景に思わず息を呑む。
(すげぇ……)
ボス戦をバルドさん一人で戦ってもらう。それがバルドさんにお願いした俺の頼み事だ。
俺を助けるために一時間足らずで最下層にたどり着いたバルドさんの実力は、レベル差を考えてもかなり上位のプレイヤーだと感じた。
このゲームはレベルが全てじゃない。
愛多の戦闘を見ていても、それがわかる。
戦闘での立ち回り、武器の使い方、上級者から学べるものは沢山ある。
初級ダンジョンのボスではバルドさんの全力を引き出す事は難しいだろうが、それでも俺にとっては学びの多い戦いになるはずだ。
二人はお互いに一定の距離を保ちつつ、相手の動向を見守っている。
重苦しい空気が部屋全体を包む中、先に動いたのはバルドさんだった。
「アーセナル!」
バルドさんが言葉を発すると、手に持っていた武器が光を帯び、次の瞬間――大剣は槍へと姿を変えた。
突然の出来事にデスナイトは身構えるが、バルドさんは構わず槍を前に突き出す。
(あのスキル、武器の形を変える効果があるのか!?)
デスナイトは大剣の腹を使い槍の攻撃を捌いているが、バルドさんの猛攻に少しずつダメージを蓄積していく。
デスナイトもただ黙ってやられるつもりはないのか、先程から反撃の隙を伺っている。
凄まじい槍の連撃、しかしデスナイトは次の攻撃に移るわずかな隙を突き一歩踏み込む。
「穿牙」
青白い光に包まれた槍による強力な一突き。
咄嗟に大剣で防いだデスナイトは、その衝撃を殺しきれず大きく態勢を崩した。
(なんで追撃しないんだ?)
追撃のチャンスにもかかわらず、バルドさんは態勢を崩したデスナイトを前に一歩引いて槍の間合いを保っている。
追撃が来ないと見るとデスナイトはすぐに態勢を立て直し、剣を盾代わりに勢いよく突っ込んだ。
間合いで勝てないなら被弾覚悟の特攻、俺がデスナイトの立場でも同じ事をしただろう。
しかし突進するデスナイトを見た瞬間、バルドさんはデスナイトに向かって駆け出した。
予想外の行動にデスナイトの体が一瞬ピクリと反応し、盾代わりに構えた大剣の切先をバルドさんに向ける。
「アーセナル」
大剣がバルドさんを貫こうとした瞬間、槍が再び姿を変える。
ギギィッ――
金属同士が擦れ合う耳障りな音が部屋中に響き渡る。
槍は剣と盾に姿を変え、迫りくる大剣を滑らせるようにして盾で受け流した。
そして、攻撃をいなされ無防備となったデスナイトに向かって、バルドさんは剣を振り上げる。
終わってみればバルドさんの圧勝で戦いは幕を閉じた。
しかもバルドさんはこの戦い、全然本気ではなかったと思う。
レベル差があっても、プレイヤースキルがなければ攻撃を食らうことだってある。
だが、バルドさんは一切被弾せず戦闘をやってのけた。
経験もレベルも上、この世界の上級者を見て思わずため息が漏れる。
(強いと思ってたけどここまでとは――)
今回の戦闘は俺にとって学ぶものが多い結果になった。
そして、この世界の上級プレイヤーとの差をまざまざと見せつけられる結果にもなった。
ゆっくりとこちらへ向かってくるバルドさんを見て、俺は複雑な心境で彼を迎えた。




