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45話 古層の迷宮④

「やっぱり、おかしいよなぁ」


ふと見上げると、オレンジ色に染まった空が徐々に夜の色へと変わろうとしていた。


(今日はおかしな一日だったな……)


いつも通り出社した俺は、社内の空気がいつもと違うことに気づいた。

後輩二人はいつも通りだったが、他の社員は挨拶してもぎこちなく、どこかよそよそしかった。


そして一番様子がおかしかったのが部長だ。


普段なら後輩二人にちょっかいを掛けるのに今日は何も行動を起こさなかった。

それどころか俺が残業しようとすると、「今日はもういいから帰りなさい」と帰宅まで勧められた。


先日の件で何かしら報復があると思っていたからこそ、部長の優しさに違和感を感じずにはいられなかった。


とはいえ、考えたところで何か変わるわけでもない。

気持ちを切り替え、ようやく迎える明日の休日を万全のものにするべく俺はコンビニへ向かった。


(……あいつ今日はいなかったな)


最近は帰り道にコンビニに寄り、愛多と会話をするのが日課のようになっていた。

騒がしいやつが居ないからなのか、それとも数日分の食料を入れたビニール袋が重かったのか、家へ向かう足取りが少し重く感じられた。


「さてと、昨日できなかった分、今日はとことんやるか」


夕食を済ませ、準備を整えると俺はゲーム機の電源を入れた。


ログインすると、前回ログアウトした宝箱のある部屋で目が覚める。

バルドさんが言うには、この宝箱を開けると何かが起きるらしい。

起こる内容は中身次第らしいが、開けなければ出口が出現しない以上開けないという選択肢はない。

ただ――


「嫌な予感しかしないんだよなぁ」


この手の仕掛けで、いい思いをしたことがない。

きっと俺にとって良くないことが起こる。


この部屋で起こる最悪な状況――即死トラップ……いや、そこまで鬼畜なことはしないはずだ。

それ以外となると……


「モンスター召喚、か?」


毒矢や即死トラップはソロには鬼畜過ぎて批判が殺到するはずだ。

なら、ソロでもギリギリクリアできる罠――昔から定番のモンスター召喚による強制戦闘の可能性が高い。


俺はストレージから石と油嚢ゆのうを取り出し、それを足元に置いた。

そして松明を台座に立てかけ、宝箱に手をかけた。


一呼吸置いて、ゆっくりと宝箱を開く。


「錬金釜……?」


アイテム取得画面に表示されたのは、クリスさんも使用していた『錬金釜』だった。

ただ、クリスさんの使っていたものと形状も色も異なっていた。


「ブーー!ブーー!ブーー!」


宝箱を開けてから数秒後、けたたましいアラーム音が部屋中に響き渡った。

アラーム音が焦燥感を煽り、手にはじわりと汗が滲み出ている。


薄暗い部屋の中、アラーム音が鳴り止むと突然複数の光の柱が現れた。

光源は徐々に強くなり、やがて光の柱から一体のゴブリンが現れる。


(予想は的中だな――って、おいおいおい、シャレになってねぇぞ!)


一体を皮切りに、他の柱からも同様にゴブリンが姿を現した。

次々と現れるゴブリンを前に俺は慌てて足元に置いた石を手に取り、ゴブリン目掛け全力で投げつけた。


散らばりながら飛んでいった石は複数のゴブリンに命中し、その内の数体が急所を抑えもだえている。


俺はすかさず油嚢を手に取り、狙いを絞って投擲した。

油嚢は先頭に立つ数体に命中し、ゴブリンは油に足を取られ動きが鈍くなっている。


「10体か……あの時の俺と同じと思うなよ!」


ゴブリンは弱い。

一対一なら今の俺が負けるわけがない――が、相手が10体となると油断はできない。

一回の判断ミスでゲームオーバーもありえるこの状況に、俺は小さく息を呑んだ。


「ギギャアアァァ」


一匹のゴブリンが突然叫び、それに続いて他のゴブリンも騒ぎ出す。

突然の出来事に一瞬意識を持っていかれ、群れから飛び出した二匹のゴブリンへの反応が遅れる。


「無事なやつがいたのか、くそっ」


ゴブリンは手に持った棍棒を振り上げ、走った勢いそのまま全力で振り下ろした。


「ぐ、お、重い――」


ギリギリで盾を構え、何とか攻撃を受け止める。

しかし全力で放たれた一撃は俺の体を地面に押しこみ、もう一匹のゴブリンの攻撃が無防備な俺の横っ腹に深くめり込む。


強い衝撃――俺の体はくの字に折れ曲がり、そのまま後方へ大きく吹き飛んだ。


地面を二転三転と転がり、台座に激突したことでようやく動きが止まる。

レベル差のおかげか思っていたほどのダメージはない――が、状況は最悪だった。


動きを止めていたゴブリンは油を拭い、急所にダメージを負って悶えていたゴブリンもすでに動き出している。


態勢を整え、迫りくるゴブリンを迎え撃とうとした。

だが殺気立ったゴブリンを前に、足が無意識に後ろへ下がる。


しかし背後の台座が、それを許さなかった。


(何やってんだ俺は……)


この部屋に逃げ場なんて無い。

下がった所で取り囲まれて負けるのがオチだ。それなら――


「タダでやられてたまるかよっ!」


俺は迫りくる二匹のゴブリンを前に、盾を構え突っ込んだ。

タダではやられない――その一心で飛び込んだが、俺の頭は驚くほど冷静だった。


低い姿勢から放った突進は相手の意表を突き、反応が遅れたゴブリンは受け身も取れず吹き飛んだ。

勢い余って倒れそうになった体を両手を着いて何とか阻止し、体を捻ってもう一体のゴブリンに蹴りをお見舞いする。


不安定な態勢で放たれた蹴りに威力はない。

しかし、意表を突いた一撃は相手の態勢を大きく崩した。


「スラァァァッシュ!」


俺はすぐに態勢を立て直し、渾身の片手剣スキルを放つ。

スキルの威力が上乗せされた渾身の一撃は、ゴブリンの体を容赦なく切り裂いた。


「まずは一匹!」


苦戦しているとはいえ、相手はこの世界でも最弱の部類に入るゴブリンだ。

ステータスの差に加え、スキルでの攻撃によってゴブリンは一撃でそのHPを消失させた。


仲間を一撃で倒された他のゴブリンは、動揺しているのかこちらに向かう足が止まっていた。

集団を牽制しつつ、俺は突進をくらって倒れているゴブリンの元へ向かいとどめを刺した。


(残り8体!)


二体倒せたとはいえ、こっちが不利なのは変わらない。

ここで判断をミスれば、全て台無しだ!


常に敵を視界に収め、少しでも相手のHPを削ろうとストレージを漁り石を取り出す。


石を投げて怯んだら突っ込んでまずは先頭の一匹を仕留める。

その後はがむしゃらに剣を振り回して、スラッシュ再使用までの時間稼ぎだ。


緊迫した状況下での杜撰ずさんな作戦を実行すべく、俺は大きく振りかぶって石を投げた。


(当たったら一気に――って、え?あれって……)


ゴブリン目掛けて一直線に飛んでいく石――ではなく、投げたのは先日宝箱から入手した魔力ポーションだった。


(ゴブリンに意識を集中しすぎたか!?)


魔力ポーションは先頭にいるゴブリンに命中し、中身をぶち撒け破裂した。

瓶を当てられたゴブリンは雄叫びを上げ走り出し、それを皮切りに他のゴブリンも後を追うように駆け出す。


怒涛の勢いで迫りくるゴブリン。

あまりの気迫に咄嗟に距離を取ろうと後ずさるが、何かに足を取られ尻もちを突いた。


「くそっ、さっきの衝突のせいか!」


足元には台座に立てかけておいたはずの松明が転がっていた。


「来るんじゃねぇ!」


俺は反射的に松明を掴み、迫るゴブリン目掛け松明を投げつけた。

油嚢を浴びている先頭のゴブリンが火に包まれれば、少しは時間が稼げるかもしれないという苦し紛れの行動。


しかし、松明が当たった次の瞬間――ゴブリンの体は大炎に包まれ盛大に火の粉を撒き散らした。


「どうなってんだ……」


松明が当たったゴブリンは油嚢の油を被っていた。

油に引火したのは間違いないが、油嚢の油にここまでの燃焼能力はないはずだ。


間違いなく原因は直前に投げた魔力ポーションだろうが、今はそれどころではない。


(……!あれは――)


激しい炎は部屋の隅々まで照らす光となって、この部屋で唯一の出入り口を指し示してくれた。


宝箱を開ければ出口が出現する――今になってバルドさんの言葉が蘇る。

炎の勢いに戸惑っているゴブリンたちを見て、俺はすぐに行動に移った。


燃えているゴブリンの脇を通り、呆気に取られているゴブリンの横っ面を盾で打ち払う。


倒す必要はない――出口までの障害を取り除くだけでいいんだ。


目の前の仲間が吹き飛ばされ我に返ったゴブリンがこちらに気づくが、がら空きの腹に蹴りを一発お見舞いし退けた。


「スラッシュ!」


出口前に立っていたゴブリンにスラッシュを叩き込み、扉に手をかける。

他のゴブリンも気づき押し寄せようとするが、すでに扉をくぐった俺は騒ぐゴブリンを尻目にそっと扉を閉めた。

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