44話 白崎凛心
トイレと風呂が別、小さいながらキッチンがあるくらいしか誇れるものがない、六畳一間のボロアパート。
そんなボロアパートの浴室から漏れ出る鼻歌とシャワーの音が、嫌でも俺を落ち着かなくさせる。
俺は鈍感な主人公でもなければ、歳下の女性は恋愛対象に見れないなどとほざく紳士でもない。
だからこそシャワーの音が聞こえるだけで意識が引っ張られ、何も手につかない。
(さすがにまずいよなぁ)
これがしがらみのない相手なら、俺だって素直に喜んでいただろう。
しかし相手は愛多の親友で、コンビニに行けば偶然出くわしてしまうかもしれない相手だ。
別に俺から誘ったわけじゃない。
あいつに金さえあれば、家に泊めることなんて絶対になかった。
それなら問題はないのでは?と思うのは、自分に都合のいい展開しか予想できないバカの考え方だ。
俺の人生はそんなに都合よくいっていたか?
答えはNOだ!
まず考えなければいけないのは、凛心があいつの親友ということ。
もし、俺が親友を家に連れ込んだとあいつが知ったら?
確実に誤解を生むし、今後気まずくなる可能性が高い。
自惚れでなければ、あいつは俺をそれなりに気に入ってくれていると思う。
もちろん恋愛的なものではないが、コンビニに行けば雑談し、一緒にゲームをするくらいには仲がいい。
俺もあいつのことはすでに友人と思っているし、そう接してきた。
だからこそ、あいつと一緒にゲームをして気まずくなるような事は避けたい。
「……とりあえず、先に買い物だな」
月の明かりで照らされた静かな夜道を一人で歩く。
車の音も人の声も届かない。まるで世界にたった一人の主人公になったような、そんな夜の静けさが好きだった。
この先の角を曲がれば現実世界に現れたモンスターがいるかもしれない。
異世界のゲートを渡ってきた美少女エルフがいるかもしれない。
実はこの世界は小さな箱庭で、見えない壁が俺の歩みを止めるかもしれない。
昔はよくそんな妄想をしながら歩いたことを思い出し、あの時と変わらない夜風が心地よかった。
「あ、どこかいくなら直接言ってよね。お風呂でたら居なくてビックリしたじゃん」
「書き置き残してただろ?」
「そうだけどさぁ、書くより話したほうが早くない?」
玄関で靴を脱いでいると、不意に背後から声が掛かった。
背後から漂うシャンプーの香りと、風呂上がり特有の熱を含んだ気配が嫌でも彼女を意識させる。
風呂に入ってるお前に直接声掛けろってか?
こんな状況になった、危機感のないお前に?
言ったら怒りそうだから言わないが、俺の配慮に感謝してほしいくらいだ。
「悪かったな、ちょっと買い物に行って――あの、どちら様ですか?」
靴を脱ぎ振り返ると、そこには凛心と似たような体型の別人が立っていた。
「は?喧嘩売ってる?」
「いやいやいや、え?りこ……さん?」
睨みつければ誰でも一歩後ずさるような威圧感は消え、
風呂から出た彼女は、幼さの残る顔でこちらを睨んでいる。
「なんだよ、何か文句でもあるのかよ!」
見た目と台詞のギャップに思わず吹き出しそうになるが、それはダメだと直感が告げる。
俺は笑いそうになるのを必死に堪えた。
「まあ、そのなんだ……そっちの方が、俺は似合ってると思うぞ」
「うるせっ」
不機嫌そうな態度を隠すこともせず、その後もブツブツと文句を言いながら、凛心はドスンと勢いよくテーブルに着いた。
凛心が座ったのを確認すると、俺は買い物袋から複数の弁当と飲み物をテーブルに広げた。
「え?」
「お前手持ちないって言ってただろ?もう飯食ったならいいけど、食ってないならこれ食え」
「え、でもいいの?泊めてもらってその上ご飯まで……」
先ほども迷惑なら出ていくと言っていたし、ちゃんと迷惑を掛けた自覚はあるらしい。。
「年下が腹空かせてんのに目の前で俺だけ食べるわけ無いだろ。うちに泊まるならお前は客だ!客に不自由させるつもりはない」
彼女は小さくお礼の言葉を呟きながら、目の前のコンビニ弁当に手を付けた。
「ユッキー、愛とゲームやってるんだよね?楽しい?」
食事をしている手を一旦止め、彼女は床に置かれたゲーム機を見ながら問いかけた。
「まあ面白くなきゃやらんわな。何だ?興味でもあるのか?」
「興味っていうか、最近夜に愛と遊ぼうとしても断られること多くてさ。原因ってこれでしょ?」
あいつとはほぼ毎日VOで顔を合わせている。
ということは、少なくとも夜の時間はVOが原因とみて間違いないだろう。
「あいつと遊びたいならお前もやってみればいいんじゃないか?」
「無理。うちゲームなんてほとんどやったことないし、それにゲームって高いんでしょ?」
「やったことがないってだけで、できない理由にはならないだろ?それにゲームを買わなくても遊ぶ方法はある」
突然目の色を変え前のめりになる凛心を見て、俺は続きを口にした。
「お前がよく行ってるっていうネカフェだよ。VOならどこのネカフェでもプレイできる」
凛心は大きく目を見開き、もう一度ゲーム機に視線を向けた。
「それにパソコンなら高額になるが、そこにあるゲーム機なら型落ち品だし中古で安く手に入るはずだ」
「そっか、うちでもできるんだ……ね、もっといろいろ教えてよゲームの事!」
俺はその後もゲームに必要なものや、VOを始めるに当たって必要な知識を語り、気づけば夜も大分更けていた。
「あとはまぁ、やりながら自分で調べてく感じだな。最近のやつらはAIを使うみたいだけど俺はサイトとか見て調べてる」
「AIとサイトじゃAI使ったほうがいい気がするけど?」
「その方が効率的でいいらしいんだが、俺は昔からのやり方が性に合ってるからな」
「あー、年の功てきな?年寄りってこだわり強いよねぇ」
「そこまでジジィじゃねえ!」
お互いが冗談を言い合いながら会話をしていたその一瞬、頭の中に映像が浮かんだ。
こんな小さいテーブルじゃなくて、もっとデカいテーブルを囲って……
バルドさんや愛多、シエラさんとクリスさんは無理かもしれないが、目の前の彼女のように、これからもっといろいろな出会いがあるかもしれない。
仲間と一緒にテーブルを囲んで他愛もない話をしている、そんな映像が頭をよぎった。
「クランか……」
「何?そのクランって?」
「ああ、クランていうのはな――」
俺はクランについて大雑把に説明をし、黙って聞いていた凛心は途中から目を輝かせ「私も絶対入る!」と、何度も言っていた。
「じゃあそろそろ寝るか」
「えー、早くない?まだ一時だよ?」
「明日も仕事なんだよ。ほら、おっさんの使った布団で悪いがお前はそっちで寝てくれ」
座布団をいくつか並べて、普段使っている布団を凛心に差し出す。
「えー悪いし一緒に寝れば良くない?」
「さすがに危機感なさすぎだろ。いいから電気消すぞおやすみ!」
「……おやすみぃ」
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「おーい、起きろー」
「んぁあ、誰だぁお前?」
「寝ぼけんなし、ほらご飯作ったから早く食べちゃいなよ。仕事行くんでしょ?」
「飯?って、おお!何だこれ、わざわざ作ってくれたのか?」
目の前には味噌汁と白い飯、それに目玉焼きとウインナーが並んでいた。
「朝コンビニに行って買ってきた。ご飯はパックで味噌汁も買ってきたのだし、後は焼いただけだから大したことないよ」
「いや、十分凄いだろ。わざわざありがとな」
久しぶりの温かい朝食、空腹を刺激するウインナーの肉汁の香りを前に俺はすかさず箸を手に取った。
わかめと豆腐が浮かぶ味噌汁を口に含み、ゆっくりと胃へ流し込む。
温かい汁が寝起きの体にゆっくりと染み渡り、ぼやけていた意識を覚醒させる。
目玉焼きは絶妙な焼き加減の半熟で、箸を入れると半熟の黄身がとろりと溢れ思わず頬が緩む。
ウインナーは一口噛むとパリッと小気味いい音を鳴らし、香ばしい香りと肉汁の旨味が口いっぱいに広がった。
「ふぅ、ごちそうさまでした。すげー美味かった」
「大げさーwま、美味しかったならよかったよ。これで借りは返したからね」
「へいへい、じゃあ会社行ってくる。合鍵渡しとくから閉めたらポストに入れといてくれ」
「ほーい」
(そういやあいつコンビニに行ったって言ってたけど、結局手数料払って金下ろしたのか?)
「……ま、どっちでもいいかそんなこと」
少し考えたが朝食の満足感が上回り、俺は満たされた腹を擦りながら軽い足取りで会社へ向かった。
思った以上に凛心パートが長くなってしまいました。
次回はダンジョン攻略再開予定なので、もうしばらくお待ちください。




