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43話 変化

人気ひとけのない、四角い石造りの部屋。

出口は見当たらず、薄暗い空間の奥には石の台座があり、その上に宝箱が一つだけ置かれている。


「どこだよここは……」


ツリーパーに小石を当てようと踏み込んだ瞬間、足元が光ったと思ったらここにいた。


状況からして、転移魔法陣のようなものを踏んで飛ばされたって所か、まずは二人に連絡を――


「マジかよ……」


パーティチャットを送ろうとした瞬間、違和感に気づいた。

本来画面の端にあるはずの二人のアイコンが消え、二人の情報が一切わからなくなっていた。


(転移と同時にパーティが解消されたのか!?)


突然の転移。

さらにパーティまで強制解除され、密室に一人きり。


その状況に、俺は焦りを覚えた。


愛多たちとは連絡が取れず、唯一の手がかりは目の前にある宝箱だけ。しかし――


「これ、絶対罠だよなぁ」


俺は宝箱を前に、思わず息を呑んだ。


過去の経験から、この手の宝箱にいい思い出がない。

毒なら手持ちの解毒薬でなんとかなるかもしれないが、最悪即死の罠が仕掛けられている可能性もある。


しかし、出口がない今の状況で他に打てる手もなく、俺は渋々宝箱に手を伸ばした。


ピコンッ


突然、脇に置いていたスマホから通知音がなり、俺は思わず手を止めた。


「なんだよ、この一大事に――」


苛立ちながら頭を掻き、俺はスマホの画面を確認する。


[ラヴ]おじさーん、急にいなくなっちゃったけど大丈夫―?


通知はアプリを通して送られてきた、愛多からのメッセージだった。


「あ、そうか……」


俺は愛多からのメッセージを見て、顔が熱くなるのを感じた。


そうだよな、別に現実の俺になんかあったわけじゃないんだから、スマホで連絡を取ればよかったんだ。


あまりに気が動転して、そんな単純なことに気づかなかった自分が恥ずかしくなった。


「いや、今はそんなことより事情を説明しないと――」


俺はメッセージ機能を使って愛多に今の状況を説明した。


[バルド]ラヴさんから事情を聞きました。その宝箱自体に罠はありません。ですが――


どうやら、宝箱自体に罠は掛かっておらず開ければ出口が出現するらしい。

ただ、宝箱を開けると何かが起こり、その内容は宝箱から出たアイテムのレア度によって変化するようだ。


バルドさんも噂に聞く程度で、この部屋に来れること自体かなり珍しいと言っていた。


「さて、鬼が出るか蛇が出るか」


ピコンッ


宝箱に手をかけた瞬間、再びスマホに通知が届いた。


[バルド]ユキトさんお時間は大丈夫ですか?

その部屋は宝箱を開けない限り安全地帯になっているので、そこでログアウトしても問題ありません。


ダンジョン内でログアウトするには、モンスターが寄り付かない安全地帯で行う必要がある。

すでに日付は変わり、数時間後には会社に行かなければならない。


「このタイミングでお預けとかマジかよ……」


昔なら寝ずにそのままゲームを続けていた。

だが、30後半のこの体にそんなことをすれば確実に仕事に影響する。


普段ならまだしも、昨日のことで部長から何かしらの嫌がらせがあるかもしれない。

そんな時、仕事でミスをしようものなら確実にそれを口実に何かされるだろう。


俺はバルドさんに今日は終わりにすると伝え、ログアウトをした。


♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ 


「中野さん、おはようございます」

「ああ、おはよう月白さん」


朝からビシッと背筋を伸ばし、お手本のようなお辞儀をする月白さんを見ていると、どちらが先輩かわからない。


(月白さん、美人だし礼儀もしっかりしてるけど、ちょっと怖いんだよな)


彼女は昨日一度だけ笑ってくれたが、その後は笑顔を見せることもなく淡々と仕事をこなしていた。

何度か会話を試みようとしたが、隙のない彼女に俺は最後まで話しかける事ができなかった。


(そういや、何で俺は月白さんにそこまでしようとしてるんだ?)


人と話すのが得意ではなかった俺が、苦手意識のある月白さんにわざわざ話しかけようとしている。

それが自分でも不思議でしょうがなかった。


「中野さん、お、おはようございます」

「楠木さん、おはよう」


(楠木さんは大分打ち解けてくれたよな)


まだ辿辿たどたどしいしい所はあるが、目も合わせてくれなかった頃に比べれば大分良好な関係になったといえる。


「あの楠木さん、俺の顔になにか付いてるかな?」

「い、いえ……そのぉ、最近中野さんの雰囲気が変わったなって……ま、前はもう少し難しい顔をされていることが多かったので」


人と話すのが苦手な俺は、人を遠ざけるように生活していた。

でもVOに出会って、いろいろな人たちと交流していくうちに、人付き合いも悪くない――いや、楽しいとさえ思えた。


(そうか……俺が、変わったのか)


楠木さんだけが変わったんじゃない。

俺が変わったから――だから今、彼女とこうして会話ができている。


「お二人とも、そろそろ仕事に――」


休日をダラダラと過ごし、会社に行って寝るだけの人生。

この歳で、変化なんてそうそう起こるわけないと思っていた。


ゲームをやる、たったそれだけのことで訪れた変化に、なぜか笑いが込み上がる。


(こんな簡単なことだったんだな……)


そして、とうとう堪えきれなくなった俺は、口元を抑え漏れ出る笑い声を必死に堪えた。

そんな俺の奇妙な行動に、楠木さんは慌てふためき、月白さんは呆れたようにため息を吐いた。


「お、おじさん今日は何かいいことあったの?嬉しそうじゃん」

「まあな」


帰り道、いつものようにコンビニに寄りレジにいる愛多と言葉をかわす。


(そういや、こいつが話しやすいってのもあるけど、当たり前のようにギャルと喋ってるんだよなぁ)


「おじさんガン見しすぎ!あ、もしかして私が可愛いから見惚れちゃった?」


いつものようにこちらをからかうように話す愛多、いつもなら軽く流して終わるが今日の俺は一味違う。


「ああ、お前が可愛くてな、ついつい見惚れちまった」


途端に顔が赤くなる愛多を見て、冗談で言い返した俺自身も顔が熱くなっていくのを感じた。


「おい、おっさん!またらぶにちょっかいかけてんのか?」


突然背後から声を掛けられ反射的に振り向くと、そこには愛多より数段派手なギャルが鬼の形相でこちらを睨みつけていた。


「い、いや、これは冗談で――」

凛心りこ!?どうしたのこんな時間に」

「愛にお願いがあって来たの。それよりこのおっさんに変なことされてない?大丈夫?」


しきりにこちらを威嚇しつつ、愛多を心配するギャル。


ゲームという共通点がなければ、俺と愛多に接点はない。

端から見れば、中年のおっさんが若い子にちょっかいを掛けているように見えただろう。


「ちょ、ちょっと凛心落ち着いて!この人はそういうのじゃないから」


愛多は慌てて否定し、わざとらしく咳払いをすると彼女の肩に手を置き俺に向き直った。


「おじさん紹介するね。この娘は白崎しろさき凛心りこ私の親友」


凛心という名の女性はまるで詐欺師を見るかのように、俺の顔をジッと見ている。


「そんでぇ、こっちのおじさんが私がやってるゲームのフレンドさん。名前はユッキー、よろしくね」

「ゲームって、最近愛がハマってる何とかオンライン?だっけ、このおっさんもやってるんだ」

「うん、私から誘ったんだ。だからおじさんは怪しい人とかじゃないから安心して」


愛多の説明でようやく誤解が解けたのか、彼女の目から警戒心がなくなりバツが悪そうにこちらに向き直る。


「あの……さ、いろいろ疑って悪かったよ、なんていうかその……ごめん」

「いや、こっちも勘違いさせるようなこと言ったし、今回はお互い様ってことにしよう」


彼女はサンキュと口にし、俺に初めて笑顔を向けた。


「それで、私に頼みたいことって何?」

「あのね、今日泊まるとこなくて愛ちゃんの家に泊まりたいなぁ、なんて」

「またぁ?ていうか今日は無理、人と約束してんだよね」

「えー、もしかして男?それなら諦めるけどさぁ」


愛多は「ま、まあね」と言って誤魔化しているが、おそらく相手の男というのはバルドさんのことだろう。


いつだったか、話の中で友人はゲームをしないと言っていたし、自宅に招いて友人そっちのけでゲームをするっていうのも気まずいよな。


俺は困っている愛多を尻目にとっとと買い物を済ませ、店を後にした。


ピコンッ


通知音が鳴り、スマホを確認すると愛多からメッセージが届いていた。


[ラヴ]おじさん、ダンジョンの話する前に黙って帰るなんて酷くない!?

[ユキト]忙しそうだったからな。気を使ったんだよ

[ラヴ]凛心はおじさんが帰った後、すぐどっかいっちゃったんだよね。それよりさぁ――


愛多とのやり取りを終え、スマホをポケットにしまう。

夜風に当たりながら歩いていると、自然と頬が緩んだ。


(最近、こういう時間悪くないんだよな)


そんなことを考えながらアパートの階段を上る。


「へぇ、ここがおっさんちなんだ。コンビニから近くていいじゃん」

「まあな、独り身としちゃ助か――」


シリンダーに鍵を差し込みながら会話をしていると、突然の違和感に慌てて振り返る。


「どしたん?」

「どしたん?じゃねぇ!なんでお前がここにいるんだよ!?」


先ほどコンビニにいた愛多の親友、白崎凛心がなぜか俺の背後にいる。

あまりにも予想外の状況に、俺は冷静さを失い声を荒げて彼女を問い詰めた。


「うちが高校ん時に親が再婚してさ、仲はわるくないんだけど何となく居づらくて友達の家とかネカフェ転々としてんだよね」

「で?」

「それで今日は愛を頼ったんだけど断られてさぁ、だから愛の友達の家に泊めてもらおうと跡付けてきた」


こいつ、愛多以上に無茶苦茶だ。

普通ありえないだろ、見知らぬ男の家に泊まろうなんて……


「無理だ、というか俺が妻子もちとかだったらどうするつもりだったんだ」

「いやーそれはないっしょ」


こいつぅ、今俺の事見てから言いやがったな。


「ネカフェはどうした?愛多が無理ならネカフェに行けばいいだろ」

「今手持ちなくてさぁ、うち現金派だしお金下ろすにしても手数料かかるの嫌だし」

「んなこと知るか!他の友だちでも誰でも頼ればいいだろ」


俺は勢いよく扉を開け、部屋へ入ろうとした。

しかし彼女はすぐに反応し、扉が閉まらないように足を挟んだ。


「じゃ、じゃあせめてトイレ貸して!さっきから我慢して漏れそうなの」


凛心は本気で限界なのか、目尻に涙を浮かべながら足をもじもじさせていた。


「ふざけんな、コンビニ近いんだから借りればいいだろ」

「む、無理だから、もうげんかいぃ――あ」


扉が閉まらないように足と手で抵抗していた彼女の手から、不意に力が抜ける。


俺は慌てて彼女の足元を確認しようとしたが、これが間違いだった。

驚いて一瞬力を緩めた隙に、彼女はするりと体を滑り込ませ、まんまと部屋への侵入を許してしまった。


「お前なぁ」

「凛心、友達にはみんな名前で呼んでもらってる。ヤバ、漏れそうなのはホントだったんだよね」


そう言うと凛心は狭い部屋を見渡し、トイレを見つけると一直線に駆け込んだ。


「セーフ、あ、おっさんお風呂貸して」

行人ゆきとだ!お前に話がある。適当に座ってくれ」

「り・こ!何話って?」


さっさと帰れと言いたいが、無理やり入ってくるようなやつが大人しく従うわけがない。

言って聞くようなやつかはわからないが、最低限説得を試みる為に俺は凛心を座らせた。


「まず、お……凛心は普段からこんなこと――男の家に行ったりしてるのか?」

「あ、えっちぃの期待してる?悪いけどそれはなし!んで、答えだけど男の家には行ってないよ」

「じゃあ何で俺の家に来たんだよ、俺だって男だぞ」

「だってユッキーって愛の友達でしょ?あの子の友達が変なことするわけないじゃん」


愛多のことをよほど信用しているんだろう。

たしかにあいつは見た目よりしっかりしているし、凛心が信用しているのもわかる気がする。だが――


「それにしたって狭い部屋に男女二人はまずいだろ。今日は金を貸してやるからネカフェにでも――」

「それはダメ!」

「ネカフェの金額ならそんな大した額じゃないだろ?それくらいなら――」

「そうじゃなくって、お金の貸し借りってさ簡単に友情関係壊れそうじゃん。だからお金の貸し借りは絶対しないって決めてるんだ」


初めて愛多に会った時のことを思い出した。


見た目は派手なのに、芯はしっかりしている。

だからこそ、愛多とも仲良くなれた。


もしかしたらこいつとも仲良くなれるかもしれない。

ただ――


「俺と凛心は友達じゃないからいいと思うんだが?会ったばっかだし」

「はぁ?こうやって話してるしうちらもう友達じゃん!」

「だからお前らのその友達の基準おかしいだろ!」


しかし、実際どうしたもんか。

金は受け取らないと言うし、かといってこの家に泊めるわけにもいかない……


「……ごめん、突然お邪魔しちゃって迷惑だよね。すぐ出てくから気にしないで」


困った末、ついため息を吐いた俺を見て、凛心は出ていくと口にし突然立ち上がった。


「行くあてはあるのか?」

「一日くらいならそこら辺の公園でやり過ごすよ」

「アホか!女が一人でそんなとこ、危険に決まってるだろ」


勢いで俺の家についてくるようなやつだ。

放っておけば、こいつは本当に公園で夜を明かしかねない。


見て見ぬふりをするのは簡単だ。

だが、本当にそれでいいのかという考えが頭をよぎる。


愛多の友人だから――というだけじゃない。

愛多に似ているこいつを見捨てるのは、気分が悪い。


「はぁ、一晩だけだ。それからこの家にいる間は俺の言う事を聞いてもらう」

「え?それって……」

「若いやつが公園で過ごすのを黙って見ていられるほど、俺は薄情な人間じゃない」


俺の言いたいことが伝わったのか、凛心の顔がみるみる内に明るくなった。


「あ、でも言うことを聞けってことはもしかして……」

「アホなこと言ってないで、さっさと風呂入ってこい」


浴室の扉が閉まる音を聞きながら、俺は頭を抱えた。

――なぜこんなことになった。

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