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42.5話 シエラの過去

「しぃちゃん、他人に気を使うのは悪いことじゃないわ。でもね、あなたが本当にしたいことがあるのなら、それを大切にしなくちゃダメよ」


クリスさんは優しい。

だからこそ、そんな彼を私のわがままに巻き込んでいいのか……わからなくなる。


――どうして私は、こんなにも人との距離に臆病なのだろう。


中原アイリ。

それが現実での私の名前。

そしてヴァルセリア・オンライン――通称VOでは、『シエラ』として活動している。


幼い頃の私は、クラスメイトからよくからかわれていた。


北欧出身の母に似たらしく、私の髪は銀色。

そのせいか、昔から周囲の視線を集めることが多かった。


クラスメイトから髪をからかわれ、すれ違うたびに向けられる視線が私の心を強く締め付けた。


高校生に上がる頃にはそういった類の嫌がらせは影を潜めたが、数年間にも及ぶ周囲の視線は、私の心に大きな影を残し、私は前髪を伸ばして人の視線を見ないように過ごしていた。


そんな私がVOを知ったのは、高校三年生の時。

SNSやCMで度々見かけ、私は一瞬でその世界の虜になった。


広大なフィールド、綺麗な景色、そして沢山の人が行き交う街の姿。

その光景をみるだけで、私の心がどんどん高鳴っていくのを感じた。


アバター越しなら現実の姿なんて関係ない。

下を向いてばかりの私でも、もしかしたら人と上手く話すことだってできるかも……


そんな事を考えだしたら、もう買わないという選択肢はありませんでした。

ただタイミングが悪く、受験を控える私がゲームを手にできたのは大学生になってから。


初めてオンラインゲームの舞台に立った時のことは、今でも鮮明に覚えています。

看板の指示に従ってユニア村に向かい、装備を整え、初めて戦ったスライムを苦戦しながらも倒せた時はすごく嬉しかった。


そして、次に戦った猪型モンスター『プロスボア』にあっさり負けて、私は初めての敗北を知りました。


画面が暗転し、目が覚めた時、目の前には一人のプレイヤーが心配そうにこちらを覗き込んでいた。


「大丈夫?」


これが後に私の所属するクラン【永く繋がる絆――エターナル・リンク】発足のきっかけ、そしてクランリーダー『ルーク』との出会いだった。


でも、当時の私は突然話しかけられたこともあって、まともに返事ができず頷くことしかできませんでした。

彼はそんな私を見て「大丈夫ならよかった」と口にし、村の入口へ歩いて行きました。


(結局、何も変わってないじゃない……)


去っていく彼の背中を見ながら、ゲームの中なら変われると思っていた自分に嫌気が差したことを今でも覚えています。


それから数日、私はソロで冒険を楽しみながらも、どこか寂しさを感じていました。

フィールドや街を行き交うプレイヤーが、数人でパーティを組んで楽しそうに遊んでいるのをよく見かけたからです。


ソロでも楽しい、でも……


「仲間と遊ぶゲームはもっと楽しいんだろうな……」

「あれ?君はこの前の」


一人でいる私に声を掛けてきたのは、ユニア村で出会ったプレイヤーでした。


「ちょっと〜、ルークちゃん。ナンパなんてはしたないわよ」

「ち、ちち、違うよ!僕はそんなこと――」

「ふふ、冗談よ」

「あ、あの――」


二人のやり取りを見て気が緩んだのか、気づいたら自分から彼らに声を掛けていました。


「あの時は心配して声を掛けてくれたのに、ちゃんとお返事できなくて……その、ごめんなさい」

「い、いやいや、こちらこそ急に声を掛けて怖がらせちゃったかもって、ずっと気になってたんだ」


ごめんなさい、こちらこそ、お互い何度も頭を下げて同じ言葉を繰り返し口にしていました。


「もぉ、二人の関係は知らないけど、そう何度も謝ってたら辛気臭くなっちゃうわよ」

「そ、そうだよね。ごめん」

「だ~か~ら~、謝るのはお終い!それより彼女のこと紹介してもらえないかしら?」


自己紹介すらしていない私を紹介できるわけもなく、彼は困ったように笑っていた。

そんな彼を見て、私は慌てて事の経緯を説明した。


「なるほどねぇ、そうだ、私たち今からレベル上げに行こうと思ってたんだけど、あなたもどぉ?」

「ちょ、ちょっと、突然何言ってるの!?」

「だってぇ、せっかく知り合えたのにこれでお別れじゃ寂しいじゃない?それにレベル上げはみんなでやったほうが楽しいわ」


突然のお誘い、普段の私なら黙って下を向いていたかもしれない。

でも、彼らを見て羨ましいと思った。

私もこの人たちと遊んでみたいって、だから――


「わ、私も一緒に遊びたい……です」


この出来事がきっかけで、私たちはよく遊ぶようになりました。

ルークとクリスさん、二人は私がミスをしても責めるようなことはしません。


「失敗なんて誰にでもあるわよ~。そ~れ~に、そうなった時に助け合うのが仲間ってもんでしょ」

「う、うん。僕だって失敗することは沢山あるから、お互い助け合えたらって思うよ」


ミスをしてもお互い助け合う。

私はそんな二人の側にいることに居心地の良さを感じていました。


それからは長いようであっという間の日々だった。

私たちは冒険をしていくうちに少しずつ強くなり、知り合いも増えていきました。


そしてゲームを始めてから数ヶ月を過ぎた頃、私たちはクラン【永く繋がる絆(エターナル・リンク)

を結成しました。


クランリーダーのルークが提案したクラン方針は、『楽しく遊ぶこと』


クランでは初心者さんも積極的に受け入れ、このゲームを好きになってもらえるように一緒に冒険をしました。

少しずつメンバーが増え、気がつけばクランは大所帯になり、いつも笑顔が絶えない素敵なクランに成長していきました。


本当に大好きで私にとってかけがえのない居場所。


――そんなクランが変わってしまったのは、あの事件のあと……


神官の私とアタッカーのCROW君は二人の新人を連れた四人パーティでダンジョンに出かけていました。


ダンジョンは新人二人に合わせた初級ダンジョン。

私が後方支援、CROW君は熱心に新人二人を指導しながら、苦戦することもなくダンジョンを攻略。


そして、その帰り道――私たちはPKプレイヤーキラーの集団に遭遇しました。


街に入れず賞金が掛けられ、プレイヤーに倒された場合は所持金と装備を失うPKに好んでなる人はいない――そう思っていた。


取り囲まれた私は頭が真っ白になり、ただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。


「逃げてっ!」


CROW君の必死の呼びかけでようやく我に帰った私は、新人の子二人を連れて逃げようとしましたが、すでに取り囲まれていた私たちに逃げ道はありません。


抵抗虚しく私たちは敗北し、二人の新人はその後、二度と姿を現すことはありませんでした。


(私がもっとしっかりしていれば……)


その後、私はクランメンバーの助力もあって何とか立ち直ったものの、優しく面倒見のよかったCROW君は、まるで人が変わったように強さに固執し、クランの方針に度々口を挟むようになりました。


そして私たちにとっては最悪のタイミングで告知された大型アップデートの情報によって、クラン内は完全に分裂することになります。


クラン内では度々衝突が起き、クランの方針は変えないという古参勢と、大型アップデートに向けてクランの底力を上げるCROW君率いる中堅・新規勢が対立しました。


もちろん中堅や若手の中にも、私たち古参の意見を尊重してくれる方もいましたが、CROW君が新たに迎えた新規メンバーによって数の差は開く一方でした。


「納得いかないわ!いくらあっちの人数が多くても、決定権はリーダーであるあなたにあるはずよ」

「すまない、僕の判断が遅いせいで彼らの暴走を止めることができなかった」


クランの加入にはメンバーの承認が一人でもあれば誰でも加入することができた。

CROW君はクランの方針に異を唱え始めた時から、自分と交友のある人物を加入させることで指示を増やしていった。


気づけば、クランチャットでは以前のような雑談より、効率や装備についての会話ばかりが増えていた。


当然ルークはこの状況をなんとかしようと、クランの加入条件を引き締めようとした。

しかし、CROW君と多数のメンバーによる反対意見によって、加入人数に制限を設けることしか叶わなかった。


これを機にCROW君の行動はさらにエスカレートし、クラン方針を完全に無視した効率的で力至上主義のクランへと変貌していった。


そして仲のよかった古参メンバーが一人、また一人とクランを抜け、私も何の為にゲームをしているのかわからなくなった。


何もやる気が起きずにいた私を心配して、クリスさんが気分転換に行こうと誘ってくれた。


初心者が最初に訪れる草原、そこで――私は彼に出会った。


初心者ですら効率よく進めるこの世界で、ゴブリン相手に必死に逃げ回るプレイヤーがいた。

しかもそのプレイヤーは美男美女の多い世界では珍しい、中年のおじさんだった。


私は興味を惹かれ、しばらく彼の様子を見守っていた。

するとゴブリンの投げた木の棒に足を取られ、あっけなくやられてしまった彼を見て、私は気づけば駆け出していた。


AIの情報を見ないプレイヤーはたまにいる。

姿もただのネタきゃらなのかもしれない。


それでも――


「だ、大丈夫ですか?」


これが私とユキトさんとの出会いだった。

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