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41話 古層の迷宮②

「ほんとうに、申し訳ありませんでしたああぁぁ」


戦闘報酬が表示されたタイミングとほぼ同時に、バルドさんは謝罪の言葉を口にした。


「いやいや、バルドさんは何も悪くないですから――というか、虫苦手だったんですね。意外でした」


バルドさんは物腰が柔らかで知識も豊富、まさに頼れる兄貴的な存在と思っていたからこそ――意外な弱点を持っていることに驚いた。


「昔から虫だけはダメなんです……」

「あの、それでどうやってここや他のダンジョンをクリアしたんですか?」


バルドさんはソロで活動していると言っていたし、助けてくれる仲間もいないはずだ。

そんな状態でここのような、虫の出るダンジョンをどうやってクリアしたのか純粋に気になった。


「事前情報で虫がいるダンジョンは避けるようにしていますが、どうしても行かなければいけない時はこれを使っています」


そう言ってバルドさんは、ストレージから一つの小瓶を取り出した。


「これにはモンスター避けの効果がありまして、少しお値段はしますが常に数本ストックしています」


以前、湿影の森でシエラさんが使ってくれたモンスター避けを思い出す。

小瓶の形が少し違うので、シエラさんの使用した物より効果が強いものなのかもしれない。


「それと普段は近づけるギリギリの距離で戦えるように――」

「盛り上がってるとこ悪いんですけどぉ、私のこと忘れてない?」


突然会話に割って入ってきた愛多に視線を向けると、戦闘が終わったにも関わらず、愛多はその場に座り込んでいた。


「これは……油、ですね」


解体報酬の中には油嚢ゆのうというアイテムがあった。


油嚢は体内で油を溜めておくための器官だ。

バルドさんが言うには、全身が油まみれになるほど貯めている個体は稀で、今回の愛多のケースは低レベルダンジョンではかなりレアらしい。


それから、バルドさんは大量に油を保存した油嚢をもつモンスターの話や、調理用の油と油嚢から取れる油の違いなどを嬉々として話し始めた。


「今回のがたまたまっていうのは分かったってばぁ。で、結局どうすればいいの?」

「あ、すみません。ついつい夢中になってしまって……この状態を解除するにはいろいろありますが、今回はこれを使いましょう」


そう言ってバルドさんは俺もよく知る水色の球体をストレージから取り出した。


「スライム水ですか?」

「はい、油嚢からでる油は吐き出すと劣化しますが、このように粘性だけは残ります。時間が経てばその内勝手に消えますが、すぐ動きたい時はこれで――」


バルドさんはスライム水を愛多の頭上に持っていくと、思い切り握りつぶした。

手から滴るスライム水が、真下にいる愛多に命中し弾ける。


愛多の体が一瞬光に包まれ元に戻ると、彼女は恐る恐る体を動かした。


「すごい、もうなんともないよ!」

「先程のラヴさんの状態はステータス異常によるものなので、ちゃんと処置をしてあげればすぐ元通りになります」


状態異常は非常にやっかいだ。

事前に準備を怠った場合、死に直結する可能性も十分に考えられる。


実際、毒の粘液を纏うグロッシュには手を焼かされた。

特に愛多の場合、初めての行動不能という状態異常を経験して、これでパニックになるなという方が無理な話だ。


(……油、か)


「バルドさん、この油ってもしかして有効活用できるんじゃ――」


俺が言い終わる前に、バルドさんは首を横に振りストレージから油嚢を取り出した。


「ユキトさんのように油を有効活用しようと考えた人は他にもいました。私もその一人です」


バルドさんは話しながら油嚢を投げ、一面に油が広がるとそこに松明を近づけた。

油に火、子供でも分かる危険な行為に、思わず一歩後ずさる。


「え?」


しかし俺の予想に反して、松明の火を近づけた油は一切の火を灯すこと無く沈黙を続けていた。


「見ての通り、油嚢から出た油は外気に触れると著しく劣化して燃焼能力がなくなります。

粘性は残りますが、対処は簡単なので、今となっては投げつけて少し妨害できる程度の役割しかありません」


このゲームには時間経過による劣化現象がある。

普通のアイテムでも、ストレージから取り出して十分もすれば使い物にならなくなる。


油の場合、保管する油嚢をストレージから取り出してもすぐに劣化しないが、油が外に漏れた瞬間すぐに劣化してしまう。


(やっぱりそう簡単にはいかないのか……いや、もしかして――)


俺はストレージを操作し、先程入手した油嚢を取り出す。


この時点では特に問題はない。

俺は手に持った油嚢を全力で投擲し、着弾した場所には油が広がっている。


「バルドさんすみません。松明を油に近づけてもらっていいですか?」


もし、俺の予想が正しければ――


バルドさんが松明を油に近づけた瞬間、火が表面をなぞるように走った。

激しく燃え上がることはないが、炎は薄く広がりながら、床一面へと静かに広がっていく。


「え!?どうして」

「俺のジョブスキル【状態保存】のおかげです。

効果がどれだけ持続するかわかりませんが、このスキルを使えばアイテムの劣化を防ぐことができます」


予想は的中し、油の劣化を防げば火を点けられることがわかった。

でも、これでは――


「なんか、火ちっちゃくね?」

「ああ、まさかこんなに火の勢いが弱いとは思わなかった」


ここまで火の勢いが弱ければ、たとえ戦闘で使用しても足止めが精々だ。

それなら油嚢を投げるだけと対して違いはない。


「……ごい……」

「バルさん、どしたん?」


バルドさんがわなわなと震えだし、何か小さく呟いている。


「――ごい……すっごいですよっ!」

「ちょっ、あ、あの、バルドさん落ち着いてください!」


突然感極まったバルドさんが、俺の両手を掴みブンブンと上下に振り始めた。

興奮しているバルドさんを見て、理解が追いつかなかった。


「あの、火は点きましたけど、この程度じゃ役になんて――」

「火が点いたことがすごいんですよ!今まで点けられないと思っていたのに、まさかこんな発見があるなんて!!」


バルドさんの興奮は収まらず、捲し立てるように話を続けている。


こんなにも喜んでいるバルドさんを前にしていると、自然とこちらも笑みがこぼれる。

結果は残念だったが、バルドさんの意外な一面を見れただけでもよしとしよう。


「あのさぁ、バルさんってこのゲーム発売したときからプレイしてるんだよね?」

「え?あ、はい、そうですね」


愛多からの突拍子もない質問に、突然我に返ったバルドさんは質問に答えた。


「だったらさ、おじさん以外にも解体屋選んだ人いるんだよね?そういう人たちは試したりしなかったの?」


言われてみればそうだ。

いくら少ないとはいえ、解体屋を選んだのが俺だけなわけがない。


発売当初は情報が今より少なく、解体屋を選んだプレイヤーも今よりはずっと多かったはずだ。


「確かに解体屋を選んだプレイヤーは発売当初それなりにいました。でもこのゲームはSNSでの情報をかなり規制していますよね」


それは知っている。

ヴァルセリア・オンラインは情報規制が厳しく、攻略サイトやAIを使ってもわからないことが多くある。


「そうなると情報の価値は跳ね上がります。情報を売ってお金にするプレイヤーもいれば、自分だけ優位に立つために情報を秘匿するプレイヤーもたくさんいました」

「なるほどねー、それならバルさんが知らないのも仕方ないかぁ」


情報には価値がある。それがわかっているなら秘匿するのは当然だ。

俺だって自分しか知り得ない情報があれば、それを最大限活用する。


「なので今回のユキトさんが発見したことは本当に凄いことなんです!それに――」


バルドさんは俺を真っ直ぐ見据えると、優しく微笑みかけながら続きを口にする。


「ユキトさんは残念がってましたけど、今回のように私たちの知らないことはまだまだ沢山あります。

なので、油の使い道も諦めなければきっと見つかりますよ」

「……はい」


正直、油の件は残念とは思ったが、それ自体にはさほどショックを受けてはいない。

それよりも、油が戦闘で役に立てば少しでもバルドさんの負担を減らせると思っていたのに、結果ダメだったことのほうがショックがデカい。


会って間もない初心者の俺たちに世話を焼いて、今もこうして励ましてくれている。

そんな優しく頼りがいのあるバルドさんの役に立ちたかった。


(だから――)


「次はもっと凄い発見をしてみせますよ!」


バルドさんのフォローを無駄にしないよう、普段よりも大げさに振る舞ってみせた。


普段の俺ならしない行動。

こんなこと、俺のキャラじゃない。

顔が見えないから……現実じゃないからできること。


「なになに~おじさんいつもとキャラ違うじゃん」


にしし、とからかうように話しかけてくる愛多に視線を向ける。


「…………」

「もしかして怒っちゃった?ね、ねぇ、おじさんってば、なにか言ってよぉ」


視線を逸らさずジッと見続けられた愛多はだんだんバツの悪そうな顔になり、とうとう耐えきれなくなったのか、視線を逸らす。


「はぁ、別に怒ってるわけじゃない。ただゲームの中でくらい、もう少し素直にしてみようかと思っただけだ」


そう言って俺は愛多の頭に手を置き、整えられた髪を乱すように撫でた。


「ふーん、素直にねぇ……それならおじさん、わたしに何か言いたいことあるんじゃない?」

「は?とくにないが?」


俺が素直になったら言いたくなること?そんなもの全く思いつかない。


「ほらほら~、ラヴちゃん可愛いとか、ラヴちゃんかっこいいとか、いろいろあるじゃん?」

「……ないな」

「はぁ!?おじさん、照れなくていいんだよ」

「いや、マジでなんとも思ってない」


最初は怒りに満ちていた声が、だんだんしおれたように小さくなっていく。


「別にさ、本気でそう思ってたわけじゃないけど、それでもなんもないはなくない?わたしだって――」


意外にも愛多は本気でショックを受けているようだった。

普段の飄々(ひょうひょう)とした彼女からは、想像もつかないほど落ち込んでいた。


「……お前のことは面白いやつだなって思ってるよ。一緒にいて場が明るくなるっつーか、遊んでて楽しいって思ってる」


顔が熱くなっていくのを感じる。

コントローラーを握る手は少し汗ばんでいた。


(こんなこと、リアルじゃなくても小っ恥ずかしいっての)


愛多が納得してくれたかはわからないが、これが今の俺にできる精一杯だ。

照れくささを誤魔化すため、ダンジョンを歩くスピードが早くなる。


普段なら、もう少し警戒していたはずだ。


ピコが突然騒ぎ出す。

異変を感じて周囲を見回した時には、すでに遅かった。


気づいた時には、天井に潜んでいた【コパースライム】がこちらに向かって落下し、眼前まで迫っていた。


(まずいっ――)


「クロススラッシュ」


空中から迫るコパースライムは、愛多から放たれたスキルによって一撃で葬られた。


「さっきのは及第点だけど、これを見てもおじさんはなんとも思わないのかなぁ?」


愛多は今日一番のニヤケ顔でこちらを見ている。

ったく、こいつは――


「……かっこいいやつだよ、お前は」

「ふふーん。ま、今回はそれで許してあげますか」


尻もちをついた俺に、愛多が手を差し出す。

その手を掴んだ瞬間、ぐいっと強く引き寄せられた。


勢いのまま体が前に流れ、愛多のすぐ横をすり抜ける。

すれ違いざま、耳元で囁くように――


「次は、もう少し素直になってよね」


すれ違いざまの言葉。

思わぬ不意打ちに、俺はただ愛多の背中を目で追うことしかできなかった。

2026/4/16

35話の属性適性の数値を変更しました。


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