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02話 初めての死

「お、おはようございます……」


彼女の教育担当になってからもう随分経つ。

人見知りなのか、慣れない様子で挨拶したのは今年入社した楠木くすのき 芳香ほうかさんだ。


「楠木さん、おはようございます。早速だけどこの前教えた資料作り任せちゃってもいいかな?」


「は……はい、わかりました。あ、えと、その……」


楠木さんは何かを言おうとするがなかなか言葉が出ず、視線だけが慌ただしく動いていた。


「何か聞きたいことでもあるのかな?」


何がハラスメントに当たるかわからない今のご時世、慎重に言葉を選びながら問いかける。

しかし、彼女はあたふたするだけで何も言わず、気まずい時間だけが流れる。


そして、彼女は今にも泣きそうな顔になりながら、


「や、やっぱり大丈夫ですぅ」


と言い残し、その場を後にした。


最近の彼女は度々このような不可解な行動を取ることがある。

仕事でわからないことがあるのか、それとも俺に対して何か不満でもあるのか、いくら考えても答えは出ない。


(10以上も離れてる子の考えなんてわからねえよなぁ……)


とりあえず本人が何も言わない以上、放おっておくしかない。

こちらから何か聞こうなんて、そんな怖いことはできない。


硝子細工を扱うように、慎重に対応する――今の時代、慎重すぎるくらいがちょうどいい。


そんな事を考えていると、思わずため息が漏れた。

歳を取る毎に、どんどん世の中が生きづらくなっている気がする。


部下の対応に気を使いながら部長の厭味ったらしいお小言を聞く、これが会社での俺の日常だ。


ようやく帰宅するとすぐに風呂に入り、一日の汚れを落とす。

そしていつものようにコンビニ弁当を食べ、ダラダラ過ごすのがすっかり日課になってしまった。


(ま、36で無趣味のおっさんの日常なんてこんなもんさ……)


コーラを飲みながらそんなことを考えていると、ふとテレビの前に無造作に置かれたゲーム機が目に入った。


「どうせ、明日は休みだしな。やることもないし続きでもするか」


ゲームを起動させると映画さながらのオープニングムービーが流れ、思わず息を呑む。


そして映像が終わると画面が暗転し、ヴァルセリア・オンラインの世界に記念すべき第一歩を踏み出した。


「す、すげぇ。今のゲームってこんなにすごいのか……」


正直、最初はそこまで気乗りはしなかった。

ゲームを辞めてから随分経ったとはいえ、さんざんこの手のゲームをやり尽くしていた。

だからこそ、数年経った程度ではそこまでの変化はないと思っていた。


しかし画面越しに見る美しい世界、実際にそこにいるかのような風の音や鳥のさえずり――何もかもが昔プレイしたゲームとは一線を画していた。


「歩くだけで楽しいゲームなんて初めてだ」


村や町からのスタートが一般的だと思っていたが、このゲームはチュートリアルが終わると、いきなり草原からスタートする。


大した説明もないまま放りだされるような形に驚きはしたものの、俺にとってはむしろその不親切さが心地よかった。

この世界で自由に生きろ――そう言われたような気がした。


少し周りを散策すると、見晴らしのいい場所に簡易的な案内板が設置されていた。

それによるとここから西の方角に村があるようだ。

おそらく初期村への案内なんだろうが――


「うーん、久しぶりのゲームだし、何でも指示通りっていうのもな……それに、あっちの方が景色が綺麗で楽しそうだ」


そう思い俺は案内板とは逆、東へ向かうことにした。


多少強いモンスターが出たとしても問題ない。

昔はあえて高レベルモンスターに突っ込みギリギリの戦いを楽しんだりもした。


それに久しぶりとはいえ、俺のゲームの腕はかなり高かった。

だから何があっても対処できる自信はあった。


「――ぁぁぁあああ、ヤバいヤバい、まだ追ってきやがる。し、死ぬ―!!!」


俺の初期装備は盾代わりの木の板に、切れ味が悪そうなショートソード、そして布の服という初心者そのものといった装備だ。


盾を装備している時は、相手の攻撃時にタイミングよく防御することでパリィを決めることができる。

うまく決まれば追撃して相手に大ダメージを与えることも可能だ。


これはチュートリアルで知ることができたので、ものは試しと早速練習してはみたが、実際にやってみるとなかなかうまくいかない。

相手の攻撃は見えているのにうまく防御できず、攻撃をもろに食らってしまった。


「くそっ、見えてるのに何で上手くいかないんだよ!」


そんな嘆きと共に、気づけばHPゲージは赤くなり、俺は逃走を余儀なくされた。


その後何とか敵を撒き、俺はその場で深呼吸した。


よし、過去の栄光にすがるのはおっさんの悪い癖だ。

今の俺はゲームを始めたばかりの初心者と何も変わらない。

いきなり強いモンスターと戦わず、まずは弱そうなモンスターを見つけて確実に仕留めよう。


考えがまとまると、俺はゆっくりと辺りを見渡した。


「開けた場所だとモンスターに見つかる可能性があるし、あの森に行ってみるか」


ここから300メートル程先に、大きな森が見える。

森の深部へと行くのは危険だが、入口付近なら問題ないはずだ。


森に足を踏み入れ、ほどなくして目当てのモンスターを見つける。


(あれは……ゴブリンか?)


ゴブリンと言えば、初心者の為のモンスターと言える典型的な雑魚だ。

運のいいことに、ゴブリンは食事に夢中でこちらに気づいていない。


(悪いがこれも弱肉強食、隙を見せたやつが死んでいくのさ)


俺は背後からそっとゴブリンに近づき、一撃で仕留めようとした、その瞬間――


「ギィギィィ!!!!」


大きな雄叫びが森に響き渡り、反射的に声のする方へ視線を向けると、十匹以上のゴブリンが木々の陰から姿を現していた。


「うっそだろぉぉぉぉ!!!」


すぐさま身を翻し、来た道を全力で駆け抜ける。


森がやつらのテリトリーなら、森さえ抜ければ追ってはこないはず――


「――嘘だろ!追ってくるのかよ!!」


ゴブリンたちは久しぶりの大物だと言わんばかりに、目を血走らせて追いかけてくる。


(ヤバい、さすがに10対1じゃ勝ち目なんかない……)


ゴブリンたちは着実に距離を詰めてくる。

そしてしびれを切らした一匹のゴブリンが手に持っていた木の棒を投げつけ、それが運悪く足に絡まり俺は地面に転がった。


一斉に襲いかかってくるゴブリンに俺は為す術がなかった。


(これが漫画なら、颯爽とヒーローが現れるのにな)


昔読んだ漫画を思い出すが、そんな展開が訪れるわけもなく、俺はこの世界で初めての死を迎えた。


(まあ、そんなこと起こるわけないよな、そもそも見た目おっさんだし……こんな見た目のキャラ助けてくれるやつなんて――)


HPが0になっても、すぐにリスボーン地点に戻るわけではない。

次第に画面は暗転するものの、蘇生待機時間として一定時間はその場に留まることになっている。

この待機時間中に蘇生アイテムや魔法を使用すれば、生き返ることができる。


ソロでも使える蘇生アイテムもあるはずだが、始めたばかりの俺がそんなアイテムを持っているわけもない。

しかたなく待機時間をキャンセルしリスボーン地点に帰還しようとした瞬間、突然0になっていたHPが半分近く回復し、閉ざされていた視界がゆっくりと開いた。


「だ、大丈夫ですか?」


俺は起き上がり声の方に視線を向けると、そこには天使が立っていた。

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