02話 初めての死
「お、おはようございます……」
彼女の教育担当になってからもうすぐ二ヶ月。
怖がられているのか、いまだおどおどしながら話しかけてきたのは、今年入社したばかりの楠木 芳香さんだ。
「楠木さん、おはようございます。早速だけどこの前教えた資料作り任せちゃってもいいかな?」
「は……はい、わかりました。あ、えと、その……」
楠木さんが何か話したそうにしていたので少し待ってみるが、視線が慌ただしく動くだけで一向に言葉が出てこない。
「何か聞きたいことでもあるのかな?」
何がハラスメントに当たるかわからないこの時代、なるべく穏やかに優しい口調で返すも、彼女は何も言い出さず、
「や、やっぱり大丈夫ですぅ」
と言い残し、その場を後にした。
うーん、最近の彼女は度々このような行動を取ることがある。
俺の顔が怖くて怯えてる?いや、もしかしたら知らぬ間に威圧的な態度を取っていたのかも……
(10以上も離れてる子の考えなんてわからねえよなぁ……)
まあ、考えたって答えが出るわけじゃない。
本人が何でもないと言ってるし、放っておこう。こっちから聞き出そうとしてセクハラ扱いされるのも嫌だしね。
楠木さんのことと、部長のいびり以外これといって変わりはなく、少し残業をしてから帰路についた。
帰宅するとすぐに風呂に入り、一日の汚れを落とした。
そしていつものようにコンビニ弁当を食べて、ダラダラ過ごすのがすっかり日課になってしまった。
コンビニ弁当にも飽きたが自炊なんてしたことないし、作ってくれる彼女もいない……
(ま、36で無趣味のおっさんの日常なんてこんなもんさ……)
酒を飲みながらそんなことを考えていると、ふとテレビの前に無造作に置かれたゲーム機が目に入った。
「どうせ、明日は休みだしな。やることもないし続きでもするか」
ゲーム機を起動させ、前回の続きからプレイする。
キャラクター選択画面でユキトを選択すると、物語の主人公となったユキトを中心とした映画さながらのオープニングが流れる。
そして映像が終わると画面が切り替わり、
俺の操作するキャラクター「ユキト」は舞台となるヴァルセリアの世界に降り立った。
「す、すげぇ。今のゲームってこんなにすごいのか……」
正直、最初はそこまで乗り気ではなかった。
だが実際にプレイしてみるとその考えは杞憂に終わった。
画面越しに見る美しい世界、実際にそこにいるかのような風の音や鳥のさえずり、何もかもが昔プレイしたゲームとは一線を画していた。
「おぉ、山なんてただの障害物でしかなかったのに、このゲームだと山頂まで登ることもできるのか!」
村や町からのスタートが一般的だと思っていたが、このゲームは草原からいきなりスタートする。
最低限の説明以外何もなく不親切に思えるが、むしろそれがいい!
この世界で自由に生きろと言われているようで心地よかった。
少し周りを散策すると、見晴らしのいい場所に簡易的な案内板が設置されていた。
それによるとここから西の方角に村があるようだ。おそらく初期村への案内なんだろうが――
「うーん、久しぶりのゲームだし、何でも指示通りっていうのもな……それに、あっちの方が景色が綺麗で楽しそうだ」
そう思い、俺は案内板とは逆、東へ向かうことにした。
多少強いモンスターが出たとしても問題ない。
昔はあえて高レベルモンスターに突っ込みギリギリの戦いを楽しんだもんだ。
それに久しぶりとはいえ、俺のゲームの腕はかなり高いと思うし、何かあっても対処できるだろう――
「――ぁぁぁあああ、ヤバいヤバい、まだ追ってきやがる。し、死ぬ―!!!」
俺の初期装備は盾代わりの木の板に、切れ味が悪そうなショートソード、そして布の服という初心者そのものといった装備だ。
盾を装備している時は、相手の攻撃時にタイミングよく防御することでパリィを決めることができる。
うまく決まれば追撃して相手に大ダメージを与えることも可能だ。
これはチュートリアルで知ることができたので、ものは試しと早速練習してはみたが、実際にやってみるとなかなかうまくいかない。
相手の攻撃は見えているのにうまく防御できず、攻撃をもろに食らってしまった。
「俺の反応速度ってこんなもんかよ!」
そんな嘆きと共に、気づけばHPゲージは赤くなり、俺は逃走を余儀なくされた。
よし、よーくわかった。過去の栄光にすがっちゃいけない、おっさんの悪い癖だ。
今の俺はゲームを始めたばかりの初心者と何も変わらない。
いきなり強いモンスターと戦っちゃダメだ、まずは弱そうなモンスターを見つけて確実に仕留めよう。
「開けた場所だとモンスターに見つかる可能性があるし、あの森に行ってみるか」
ここから300メートル程先に、大きな森が見える。
森の深部へと行くのは危険だが入口付近なら問題ないはず――
森に入ってほどなくして、目当てのモンスターを見つける。
(あれは……ゴブリンか?)
ゴブリンと言えば、初心者の為のモンスターと言える典型的な雑魚だ。
運のいいことに、ゴブリンは食事のためか視線の先にいる小動物に狙いを定め、こちらに背を向けている。
(悪いがこれも弱肉強食、隙を見せたやつが死んでいくのさ)
背後からそっと近づき、一撃で仕留めようとした瞬間――
「ギィギィィ!!!!」
大きな雄叫びのような声が森に響き渡り、反射的に声の発生源の方へ視線を向けると、十匹以上のゴブリンが木々の陰から姿を現していた。
「う……っそだろぉぉぉぉ!!!」
すぐさま身を翻し、来た道を全力で駆け抜ける。
森がやつらのテリトリーなら、森さえ抜ければ追ってはこないはず――
「――嘘だろ!追ってくるのかよ!!」
ゴブリンたちは久しぶりの大物だと言わんばかりに、目を血走らせて追いかけてくる。
(ヤバい、さすがに10対1じゃ勝ち目なんかない……)
少しずつではあるが、ゴブリンたちは着実に距離を詰めてくる。
そしてしびれを切らしたのか、一匹のゴブリンが手に持っていた木の棒を投げつけ、それが運悪く足に絡まり、俺は地面に転がった。
一斉に襲いかかってくるゴブリン。
昔読んだ漫画だとこういうピンチの時には、颯爽とヒーローが駆けつけて助けてくれるんだけどな。
もちろん、そんな展開が訪れるわけもなく、俺はこの世界で初めての死を迎えた。
(まあ、そんなこと起こるわけないよな、そもそも見た目おっさんだし……こんな見た目のキャラ助けてくれるやつなんて――)
キャラクターが殺されてもすぐにリスボーン地点に戻るわけではなく、蘇生待機時間として一定時間はその場に留まることになっている。
この待機時間中に蘇生アイテムや魔法を使用すれば、その場で復活できるようになっている。
とはいえ仲間と遊んでいるわけでも、ましてやソロ初心者の俺が誰かに助けてもらえるわけもない……
しかたなく待機時間をキャンセルし、すぐさまリスボーン地点に帰還しようとした瞬間、突然俺の体は緑の光に包まれ、0になっていたHPが半分近く回復していた。
「だ、大丈夫ですか?」
声の方に視線を向けると、そこには天使が立っていた。




