42 ガキの頭皮はミルクの香り
――銭湯から帰宅し、夕飯も済ませ、就寝時間がやってきた。
ちなみに今日の晩飯は、夕陽が作り置きしてくれた牛肉の赤ワイン煮込みだ。
1晩冷蔵庫で寝かしたことで、更に味に深みが出てめちゃくちゃうまかった。
「ふぅ。なんとか乗り切ることが出来たな」
「ん。らくしょーだった」
「こっちは満身創痍だったわ……」
運転は荒いし、肉体は貧弱だし、銭湯では全身を弄りまわされたし。
唯一良い所と言えば、子供舌になったことで、いつもよりフルーツ牛乳が美味しく感じたことだろうか?
一方ルカは、図体がデカくなったことで、あっという間に飲み干してしまい、「ん。もう飲みおわっちゃった……」と、しょんぼりしていたが。
「よし、もう寝るか」
「ん。眠い」
何はともあれ無事、今日を乗り切ることが出来た。
ルカが酔っぱらった勢いで発動させた魔法は、24時間で自動的に戻ると言っていた。
つまり明日の早朝には元に戻っているはずである。
一抹の不安と期待を胸、俺は布団に潜り込むのであ――ずどんっ!
「ぐええええぇ~~っ!?」
――ルカがいきなり俺の上にのしかかってくる。
「ど、どいでぐれ……息がでぎん……ぢ、ぢぬ……」
「ん。ごめん。いつも、たいようの上で寝るから」
「ぜぇぜぇ……バカ野郎! 自分のサイズを理解してない大型犬かよ!? 死ぬかと思ったわ!」
いつもの癖で、俺に覆いかぶさって寝ようとするルカを叱責する。
あと数時間で元の肉体に戻れるというのに、最後の最後で命を落とす所だったぞ!?
あばらから〝ミシミシ〟って音が鳴ってたからな……。
「ん。でも、こうしないと、寝れない……」
「はあぁ……ったくしょうがねぇな」
先にルカを布団の上に寝かせると、ルカの胸板を枕にするように、うつ伏せで覆いかぶさってやる。
普段ルカが寝る時のポジションだ。
「これでいいだろ?」
「ん……たいよう、甘い匂い……する……。……すぅ、すぅ」
ルカは満足したようで、ゆっくりと目を閉ざした。
俺もルカに倣って目を閉じる。
すると――視界が塞がったことで、自ずと他の器官が敏感になる。
1番顕著に反応したのは――嗅覚だった。
「(こうして俺の体と密着してると、なんか……心地いいな……)」
良い匂いではないけれど、どこか安心する匂いが、鼻孔いっぱいに広がる。
普段ルカから、ほのかに甘い体臭を感じていたように――ルカもまた、俺の匂いをこんな風に感じ取っていたのだろうか。
「(あぁ……確かに……これは……安眠できそうだ……1度覚えたら、この枕なしに、眠れない……くらいに……)」
遥か遠い昔――母親の腕の中で眠っていた、赤子の頃の記憶が蘇ったような気がした。
そんな安心感に満たされながら、俺の意識はゆっくりと夢の世界へと旅立つのであった。
***
――翌日。
「ふわああああ~~~~! ねみぃ……」
腹の上にほのかな重みを感じながら、俺はアラームが鳴る数分前に目を覚ました。
ふと思い立って顎をなぞると、ジョリっとした感触。
「はっ!? 元に戻ってる!?」
念のためスマホのインカメラで確認すると――そこに映るのは20数年見続けた成人男性の顔面。
にしても……インカメに映る自分の顔って、鏡で見るよりブサイクに映るよな。
え? 外カメで撮ってもブサイクだって? やかましいわ。
「ルカ起きろ! 元に戻ってるぞ!」
「んぅ……ねむい……あと、ごふん……すぅ……」
この喜びを相棒と分かち合いたい所だが、ルカはぐずりながら、俺にめくりあげられた布団を再び頭から被ってしまった。
普段であれば無理やり叩き起こすのだが……。
「ったく、しゃーねーな」
俺もこの安眠枕の心地よさを知ってしまったらな。
5分くらい、待ってやってもいいか。
俺はスマホで5分のタイマーをかける。
そして、安らかに寝息を立てる安眠抱き枕の背中をそっと撫でるのであった。
***
「ん。たいよう、いつも、ありがとう」
きっかり5分後にルカを起こし、朝食を済ませる。
歯磨きとヒゲ剃りも完了し、仕事へ行く準備が完了した時――
「急にどうした?」
ルカがユニフォームを引っ張りながら、上目遣いでそんなことを言ってきた。
「ん。昨日、たいようの頭と体洗って、ドライヤーで乾かすの、結構大変だった。毎日やってくれるたいように、お礼、言いたくて……」
「ようやく俺の苦労を理解できたか」
「ん」
特にドライヤーが大変なんだよな。
ルカが来てから明らかに右腕だけ太くなってる気がするもん。
「って、待てよ……」
確か昨日ルカは……俺の体を洗った後、自分の体を自分で洗っていたよな……?
「もしかしてルカ、俺が手伝わなくても、身の回りのこと全部自分で出来るんじゃねーか!?」
「……ぎく」
「今ぎくって言ったか?」
「ん。言ってない」
「ったくよー。なんだよもー。じゃあ今日から俺が洗ってやらなくても大丈夫そうだな。勿論ドライヤーも」
「そ、そんな……」
ショックで絶望に打ちひしがれているルカ。
そんなルカは俺の腰に抱き着くと、大粒の瞳を潤わせながら、伝家の宝刀――上目遣いで見つめてくる。
「もう……洗ってくれないの……?(ウルウル)」
「だって自分でできんだろ?」
「(ウルウル)」
「…………だってよ」
「(ウルウル)」
「……はぁ、分かったよ。やりゃいいんだろやりゃあ!」
「ん! たいよう、ありがと……!」
無言の圧力に屈してしまった……。
己のチョロさが憎い……!!
昨日は貧弱で矮躯な肉体に不便を感じていたが、やっぱ顔が可愛い方が人生有利だよなぁ……。
とはいえ。
ルカは面倒故に、俺に奉仕させているのではないのだろう。
〝俺に身の回りの世話をしてもらう〟――という行為に、喜びを感じているのだ。
ていよく利用されていることに代わりはないが、頼りにされることに満更でもない気持ちになってしまうのも然りであり……。
「俺も大概過保護だよなぁ……」
自分自身に呆れながら、未だ腰にしがみついたままのナチュラルボーンお姫様の頭を撫でてやるのであった。
【豆知識】
ルカは寝てる時に太陽の乳首をしゃぶる癖があるせいで、右乳首だけ敏感になっている。




