43 ドロップスのハッカ飴の存在意義
「うーす、家賃収めにきましたー」
本格的な冬がやってきた10月末。
え? 天高く馬肥ゆる秋? そんなのなかったよ?
マジで秋の体感一週間くらいで終わった。
そんな俺は本日、押入れから引っ張り出してきたダウンジャケットで木枯らしを耐え忍びながら、大家さんの家を尋ねていた。
今月分の家賃を収めるためである。
近年では管理会社を経由して、銀行引き落としが主流なのだが、下町のアパートだと、未だに手渡しな所も珍しくない。
「おー、日比野。丁度良いタイミングに来たな」
「うげ……なんで銭湯の外でもおっさんの顔見ないといけないの……」
「初手からめっちゃディスるやん。全然良いタイミングじゃないじゃん」
生垣に植えられている金木犀の香りに包まれた、広い庭に足を踏み入れる。
玄関の隣にある縁側には、大家さんと番台ギャルが座っており、仲良さげに談笑していた。
その団欒とした雰囲気も、俺が来たことで一気に崩れてしまったようだが……。
ギャル達が楽しく駄弁っている時に、クラスメイトの陰キャが喋りかけてきた時みたいな顔をされてしまった……。
「珍しい組み合わせだな」
「そうか? まりなちゃんとは昔からこうして喋ってるんだけどな」
聞いてみると、2人とも祖母の代からこの下町に住んでいる家系であり、ご近所同士、幼い頃から仲が良いのだとか。
「ほれ。飴ちゃんやるよ」
大家さんは縁側に置いてある、昔馴染みのドロップス缶から飴玉を1つ取り出すと、俺に向かって放り投げる。
パイン味だ。美味しい。
飴玉のことを〝飴ちゃん〟と呼ぶのはババ臭いと思ったが、絶対怒られるので言わないでおいた。
家賃2倍にしてきそうだからな……。
「おや? 今日は可愛い座敷わらしちゃんはいないのか? 飴ちゃん喜ぶと思ったのだが?」
「あー。ルカですか。ルカは明日までちょっと実家に帰ってまして」
「座敷わらしの実家ってどこだよ」
ルカは昨日の晩から異世界に戻っている。
帰ってくるのは明日の朝になるらしい。
魔力が一定量溜まったので、魔王軍との戦争で被害を受けた土地の復興をするために、マルガレーテが迎えにきたのだ。
そんな訳で俺は、珍しく1人の時間を満喫しているのであった。
別にルカといるのが苦痛だと感じたことは一切ない。
でも……ほら? 男ってイロイロと溜め込んじゃうものじゃん?
たまには発散しないといけないじゃん?
そういう訳なんだよ。
「ええ~!? じゃあ今晩はルカきゅん銭湯に来ないの~!?」
あからさまに残念そうにしている番台ギャル。
「俺は行くぞ」
「なんで1日に2回もおっさんの顔見ないといけないんだよ」
「それはこっちのセリフだ!」
「なんだ。随分と仲がいいじゃないか」
「「仲良くない!!」」
あとおっさんではない!
俺のことを邪険にするのは構わないが、おっさんと呼ぶのだけは止めて欲しい。
結構心にダメージ来るからさ……。
「ルカきゅんのいないおっさんなんて、ドロップス缶のハッカ味みたいなもんじゃん」
「それは言い過ぎだろ!?」
いや――気持ちは分かるけども。
ドロップス缶のハッカ味って、どう見てもハズレ枠だよな。
この前も、銭湯の売店コーナーに置いてあるドロップス缶をルカに買ってやった時、「ん。1つあげる。あーん」と言って口を開けたら、ハッカ味をねじ込まれた。
思いやりだと思ったら不要在庫処分だった悲しい記憶が蘇る。
「ねーちゃん、飴もう1個貰うね」
番台ギャルは口の中で転がしていた飴玉が溶けたようで、缶を傾けて新しい飴玉を取り出す。
しかし――「ちぇ、おっさん出てきたわ」と言って、ハッカ飴を缶に戻して再抽選を始める。
「お、イチゴ。ラッキー」
「おい。ハッカをハズレ扱いするな。日比野が可哀想だろ」
「俺をハッカ扱いするアンタも十分酷いわ」
「もー。給食食べ終わるまでお昼休みに入れなかった世代はうるさいなー。今は嫌いなものは食べなくてもいい世代なの。価値観をアプデしてよねゆとりおばさん」
「わたしはまだ20代だ! おばさんではない!」
「ひひひっ! んじゃアタシそろそろ銭湯の準備あるから帰るね~!」
番台ギャルはそう言って、縁側から飛び降りると、逃げるように夕焼けの奥へと消えていくのであった。
「やれやれ。まりなも随分と生意気なギャルになってしまったものだ。昔は〝おねーたんおねーたん〟と、可愛らしかったのに。今じゃ髪も爪もあんな派手になっちまってからに」
あんたもインターネットでは髪の色2色だし、髪の毛に人参刺さってるけどな。
大人気Vtuberである宇佐美ラビィのデザインを思い浮かべる。
いつ見ても、このサバサバしたアラサー女性と、インターネットの大人気アイドルの姿が結びつかない。
「んで。家賃収めに来たんだったな。……ひーふーみー。確かに3万円丁度」
渋沢栄一の顔をパチパチと指で弾きながら枚数を数えると、大家さんはそれをジーンズのポケットにねじ込んだ。
お札を数える時に親指を舐めていたのがババ臭かったが、黙っておいた。
家賃3倍にされそうなので。
なにはともあれ――本来の目的である家賃を無事収めることに成功したので、俺も帰宅の準備をする。
「んじゃ、俺もこれで」
「おー。次は座敷わらしちゃんも連れて来いよ~。お菓子用意しとくから」
「うす。いつもすんません」
「あと――」
「ん?」
大家さんは俺から視線を外し、番台ギャルが去っていった方を見つめる。
「子供ってすぐ大きくなるから、可愛がれる時に可愛がってやるんだぞ。反抗期とかあっという間だから。まりなちゃん見りゃ分かるだろ?」
「はは……確かに。肝に銘じておきます」
そう言って、俺もまた大家さんの家を後にするのであった。
長く伸びる影法師を踏みながら、俺はふと、大家さんの言葉を脳裏で反芻する。
「だよな。ルカもいつまでも小さいガキじゃないんだよな」
子供の成長は早い。
夕陽の成長を隣で見続けたから、その言葉は身を持って体験している。
ルカは男の子だから、その変化は夕陽よりも著しいだろう。
「(果たして俺は――いつまでルカと一緒にいれるのだろうか?)
(いつまでルカと――今のような関係を続けることが出来るのだろうか?)」
ジャリ――と。
口の中で小さくなった飴玉を、奥歯で噛み潰す。
いつもより冷たい右手をさすりながら、そんなことを思うのであった。
***
「ただいまー」
ルカがいなくて久々に伸び伸びできると喜んでいたはずなのに――常に胸の内側に寂寥感が燻るような気持ちで、アパートに帰宅する。
「(結局俺も、ルカに依存しちまってるってことか?)」
確かにルカがウチに来てから、毎日退屈しなくて楽しい。
「(俺はルカの世話をすると同時に、ルカによって人生を彩られてもらっているんだな)」
そんなことを再確認して居間に入る。
すると――
「……えっ!? ルカ!? 戻ってたのか!?」
「はぇ……?」
――夏はローテーブル。冬はコタツとしている木板の卓に、ルカがちょこんと座っていた。
思わず笑みを零してしまう。
俺もルカによって、すっかり寂しがり屋に調教されちまってるなぁ。
「なんだよー。帰ってくるの明日って聞いたのに、随分早いじゃないか。晩メシ食ってないだろ? でもその前に銭湯行くか?」
「えと……んと……」
「ん? どしたルカ?」
しかしルカの様子がおかしい。
いつもなら「ん。たいよう、会いたかった」と、まるで数年振りの再会を果たした大型犬のように、俺の懐にタックルしてくるはずだ。
しかし。
今日のルカは、まるで困惑するように、細い首を傾げるばかりだ。
ま、まさか……これが反抗期というやつか!?
「(大家さんが言っていた事が早くも現実のものとなってしまうとは……)」
「…………あっ!? もしかして、たいよう君!?」
そんなルカは数秒のフリーズの後、思い出したかのように破顔すると、俺の元へ駆け寄ってきた。
ほっ。
良かった。
どうやら反抗期はまだ先のようだ。
「わ~! 本物のたいよう君だ~♪ おっきいね~♪ おお~。胸板も大きい」
しかしやっぱりルカの様子がいつもと違う。
タックルを身構えていたのに、ルカは直前で足を止める。
そして、珍しい彫像を見た時のように、ペタペタと俺の全身を触るばかりで、抱きついてこない。
「(それに、たいよう君?)」
ルカはいつも俺を呼び捨てで呼ぶはずだ。
まぁどうせ――またなんかのアニメに影響されたんだろう。
この前もチェンソーマンの映画見て、一人称が「ワシ」で語尾が「○○じゃ」になっていたし。
「あっ、ちょっ、右乳首ばかり触るのやめてっ///」
いつまでもペタペタとソフトタッチしてくるルカを引き剥がす。
俺も1日ぶりにルカと再会して、ちょっと嬉しくなっているように――ルカもテンションがおかしくなっているのかね?
「んじゃ、まずは銭湯行くか」
「銭湯!? それって、大きいお風呂のこと!?」
「そうだよ。毎日行ってんだろ」
これもなんかのキャラのモノマネか?
最近話題のアニメを思い浮かべるが、該当するキャラは思い浮かばない。
まぁ、アマプラで昔のアニメを見たんだろう。
「わ~い! わたし銭湯行ってみたかったんだ~♪ 早く行こ行こ♪ たいよう君っ♪」
まるで無邪気な子供みたいにはしゃぐルカ。
なんだか調子が狂うなあと思いながらも、俺はルカと共にアパートを後にするのであった。
という訳で――偽ルカ編スタート!
果たしてルカそっくりの新キャラの正体とは……!?
次回へ続く!!
【豆知識】
ルカは暇な時「ん。ミセスグリーンニップル」と言いながら太陽の乳首を人さし指でつついてくる。




