30 花火大会編後編――大切な思い出プライスレス
今回は三人称です。
「ん…………たいよう」
異世界の巫女――ルカは、神社の石畳の上を転がる指輪を拾いあげ、安堵すると同時に――自分の庇護者である太陽がいないことに気付いた。
「ど、どこ……たいよう……?」
ルカはか細い声で、太陽の名を呼ぶ。
しかしロウソクの灯の如き小さな声は、祭の喧騒によって儚く掻き消されてしまう。
熱帯夜の生温い風が吹く。
その風が、さっきまで熱を帯びていたルカの左手から、太陽の体温を奪っていく。
ルカにはそれが、自分の魂の火が、掻き消されるかのような不安に感じられた。
「ん……たいよう……たいよう……たいよぉ……や、やだ……おいてっちゃやだ……ひぐっ……!」
さっきまで自分の心を満たしていた〝楽しい〟気持ちが〝不安〟と〝恐怖〟で急転直下していく。
――にぎにぎ。
――ざわざわ。
楽し気な参加者達の話し声が、まるで見知らぬ魔獣の唸り声のように聞こえてくる。
ルカの視界を鮮明に彩る、見慣れない祭の様相が、まるで魔王軍が崇める邪教の儀式のように見えてくる。
心臓が引き絞られるかのような痛みに苛まれ、立ち眩みで立っていられることも出来なくなる。
蹲るルカ。
それでも狂った平衡感覚が回復することはなく、視界がぐるぐると回転していく。
「たいよう……たいよう……っ!」
ルカは貧弱な力を振り絞り、力強く拳を握った。
太陽の熱を帯びた手の平の熱が――逃げてしまわないように。
そして――ルカの意識は混濁の中に呑みこまれていった。
***
――数分後。
「ん。ここ……どこ?」
ルカははっと意識を取り戻す。
まだぼんやりとするルカは、ゆっくりと周辺を観察する。
LEDの入った提灯で照らされていた、夜でも眩い境内の光景は――そこにはなかった。
完全なる暗闇ではない。
それでも、昼夜問わず輝き続けるこの世界の生活に馴れたルカからすれば、この薄暗さは完全なる暗黒と、さほど変わりがない心境であった。
耳を澄ませば――わずかに花火大会の喧騒騒が聞こえてくる。
意識を失った地点から、そこまで離れていないのだと思われる。
「たいよぉ……」
ここは神社の本殿の裏手だった。
整備された参道とは違い、人の手が滅多に入らない裏側は、草木が生い茂り、周囲に人の気配はない。
「ん……防衛魔法……発動した」
ルカは極度のストレスに晒されながら、今の状況を分析する。
脆弱な肉体を膨大な魔力で補っている異世界の巫女は、過酷な環境で生存するために、自動的に発動する魔法を生得している。
初めて美容院に行った時、散髪した髪の毛が即座に生えたのもその1つ。
自身の肉体を頭髪や爪を含めて魂に記憶させ、肉体が損傷した瞬間――記憶された形通りに修復する自動回復魔法だ。
そしてもう1つ――術者が気を失うと同時に発動し、自身が安全と判断する場所まで移動する――自動遁走魔法がある。
周囲の人だかりを外敵と判断したルカの本能に従い、自動的に人気のない場所まで退避したのであった。
「……でも」
身の危険は去った。
それでも――ルカを蝕む孤独の穴が埋まることはない。
一時的に収まった焦燥感が、再びルカの幼い精神を襲う。
「あ……体が……ぼく……死んじゃう……」
浴衣の袖から覗く小さな手が、ゆっくりと濃度を失っていくのを――ルカの紫の双眸は認めた。
孤独に耐えられない不幸により、肉体から魔力が急速に漏れ出しているのだ。
肉体そのものを魔力で構築することによって、膨大な魔力貯蔵量を手に入れた巫女の血族は、逆に魔力を全て失うことで、自身の存在そのものが消滅してしまう。
「たいよう……たすけて……うぐっ……ひぐっ……」
つまりその先にあるのは――死。
死ぬのは怖い。
魔王を封印するという己の使命を果たすこと叶わずに命敗れてしまうことも怖い。
しかしルカが1番恐れることは――もう2度と、太陽に触れることが出来ないことだった。
ルカは心の中で、何度も何度も太陽の名前を叫び続ける。
「…………あ」
体内の魔力が底を突く――直前。
肉体が透けたことにより、握りこんだ拳の内側にある――銀色の指輪を発見した。
「これ……たいようが、買ってくれた……」
その瞬間――ルカの脳裏に太陽と交わした記憶が流れる。
『ん。手……繋ぐ』
『それがいいな。手を離すなよ。はぐれてもしらんぞ』
『ん。平気』
『平気なわけないだろ。お前俺がいなくなったらすぐピーピー泣くじゃねぇか』
『ん……泣かない。それにたいようなら、すぐに見つけてくれるって、信じてる』
『全く調子のいいやつだぜ。そんじゃあ、はぐれても泣くんじゃねーぞ、絶対探し出してやっから』
――つい数十分前、神社の境内で交わした会話。
「ん。泣かないって……約束した……それに、絶対、探してくれるって、ゆった」
――ぽわぽわ。
脳裏を流れていく太陽との思い出が、ルカの精神を支えてくれる。
周辺に無散した魔力が、再びルカの体内に収束していった。
透明化しつつあるルカの肉体が、再び褐色の実体を取り戻していく。
「…………ん」
ルカは握りこんだ指輪が零れ落ちてしまわないよう、反対側の手の平で包み込む。
それは奇しくも、この世界で神に祈る時にするポーズと酷似していた。
そしてここは――この世界の神がおわす神殿であった。
***
「ルカっ!」
花火大会もたけなわ。
花火が打ちあがる直前の時間帯。
参加者の人数はピークに達し、境内は膨大な人で溢れかえっていた。
そんな人混みを縫うように進み、ルカの名前を叫び続ける。
「すんません、この辺で銀色の髪と褐色の肌の子供、見ませんでしたか!?」
見境なく、見知らぬ参加者に声をかけていく。
ルカの奇異なる髪と肌は否が応でも目立つ。
なので誰か一人ぐらい、ルカを目撃した人がいてもおかしくないと思っていたが……。
「そ、そうですか……」
しかし――期待とは裏腹に、誰もが首を横に振るばかり。
ルカの足取りを掴むことは叶わなかった。
「ルカっ!! どこだっ!?」
祭の喧騒に負けない声量で、肺腑の底から声を絞り出す。
「くそっ! 俺は保護者失格だ……!」
ルカと繋ぎっぱなしだった右の手の平から、1秒ごとに熱が逃げていくのを実感する。
この熱が完全に冷めてしまった時、ルカがこの世からいなくなってしまうような錯覚に陥り、恐ろしくなる。
「(なんで手を離しちまったんだ、俺のバカ野郎! あいつにとって、俺だけが、この世界での唯一の繋がりなのに!)」
俺は自覚した。
俺にとってルカは、ただ押し付けられただけの同居人じゃないと。
かけがえのない、守らなければいけない、大切な家族だと!!
――ぽわぽわ。
「っ!?」
その時だった。
何かが俺の頬を撫でた。
風じゃない。
実態を持たない、そして説明も出来ない――けれども確かに認知することの出来る〝何か〟。
俺はこの感覚を絶対に知っている。
そして俺は、この感覚が好きだった。
なぜなら――この感覚を覚えた時、ルカはいつも幸せそうにしているからだ。
ルカが幸せだと、そばにいる俺も嬉しい気持ちになれたから。
そう、これは――
「ルカの魔力の奔流か!?」
――間違いない。
常に隣で見守り続けていた。
ルカが魔力を溜める時に、周辺の〝魔力〟がルカに集まっていく感覚だ。
――ぽわぽわ。
魔力の奔流が背中を押す。
この〝風〟を追っていけばルカがいる。
俺は確信を抱き、迷いなく参道を逸れる。
そのまま提灯の明かりが届かない藪の中に足を突っ込んだ。
***
「ルカッ!!」
「たいようっ!」
――数分後。
魔力の奔流を辿っていくと――人気のない神社本殿の裏側に、小さなルカの姿を発見する。
その黒目がちな紫の瞳には、大粒の涙が溜まっていたが、零れ落ちてはいなかった。
「ん。ごめんなさ――」
「ルカ! 悪かった! 俺のせいで、1人にしちゃって……ごめんな……怖かっただろ?」
ルカの華奢な体を抱き締める。
もう2度と離さないように強く。
けれど――壊さないように優しく。
「ん……へいき。だって、約束した。泣かないって。そして、はぐれても絶対に見つけてくれるって……」
俺とルカはその後も、互いを抱きしめ続ける。
失ったパートナーの熱を、取り戻すように。
もう2度と離れ離れにならないように。
その時だった――
――ひゅううううううううう~~~~
夜空を切り裂くように、白い線が縦に走る。
――ドオオオオオオオンッ!!
次いで――光の大輪が、夜空を彩るように咲く。
「ん……花火……すごい、綺麗」
「ははっ。こりゃあいい。ルカのお手柄で、とんでもない穴場を見つけちまったな」
参道の喧騒と照明は抑えられ、それだけ花火の音と光が、鮮明にまぶたに焼き付く。
ルカは見惚れるように、夜空を見つめる。
色とりどりの輝きが、ルカの顔を照らし――その瞳から、一筋の涙が零れた。
孤独によって溜まった涙が――感動によって溢れた。
それはなんだか、凄く素敵なことだと思った。
「きれい……本当に……キラキラ……」
「また……来年も来ような」
「ん」
俺の問いかけに、ルカは視線を空に向けたまま、けれどもしっかりと肯定の〝ん〟を返した。




