29 花火大会編中編――今回までの合計金額4100円
「ん。ゴミ箱。これは燃えるゴミ……これはプラスチック」
焼きそばを食べ終えた後。
俺とルカは花火が打ちあがる時間になるまで、神社の境内を練り歩き、夏祭りを楽しんでいた。
焼きそばの後は焼き鳥を食べ、次はデザートに何をするかと悩み――(食べるのに時間がかかるから)りんご飴を薦めるも、すぐ食べ終わってしまうチョコバナナをねだられたりしながら、祭を満喫していく。
ルカは花火大会用に設置されたゴミ捨て場を発見すると、手に持っていた食べ物の容器を丁寧に分別していく。
毎日トイレ清掃の仕事を手伝って貰っているから、この程度の分別はお手の物だ。
「ん。スイッチ2!」
腹が満たされたルカが次に目を引いたのは、射的の屋台だった。
コルクを詰めたオモチャの銃で景品を狙い、棚から落としたら手に入るというオーソドックスな催し屋台。
ルカに手を引かれながら近づくと、棚の1番上の目立つ所に、大人気ゲームハードのスイッチ2が飾られていた。
「ん。アニメで見たことある。当てたら貰える。スイッチ2欲しい……!」
ルカの眠たげなジト目がシイタケのように輝いている。
最近はVtuberのゲーム実況とか見てるから、自分もやりたくなってしまったのだろう。
「棚から落とさないとダメなんだぞ。あとこういうのは大抵……あー、いや。やってくか」
「ん!」
俺も純粋無垢だった少年時代――当時最新機種のWiiに釣られて少ない小遣いを注ぎ込み、そして夢破れた経験があるからわかる。
この手の目玉商品は重りが入っていたり、接着剤で棚にガチガチにくっついているので、コルク銃程度では絶対に取れないようになっている。
ガキの頃の俺も薄々感づいていたが、それでも〝もしかすると〟という可能性を捨てることが出来なかったし、希望を胸に抱きながら銃を構えていた時は、心臓が破裂しそうなくらいワクワクしていた。
ここは大人として、後ろから静かに見守っておくのが〝粋〟というものだろう。
「はいお嬢ちゃん、銃と弾ね。おじさんに向けちゃダメだよ。おじさんは景品じゃないからね、ガハハ」
テキ屋のおじさんに500円を渡し、コルクの弾を5つ貰う。
ルカはそれを短い手で懸命に詰め込むと――迷いなくスイッチ2目掛けて引き金をひく。
――ぽんっ。
――こてん。
やはりと言うべきか、真っ赤な箱は1ミリも動くことなくコルクを弾いた。
ルカはその後も2発目3発目と放つ。
全て命中するものの、箱が動く気配はない。
こう……クレーンゲームみたいにちょっとずつ動いていくなら、まだ頑張ろうって気になるが、こうも動かないと怒りがこみあげてくるな……。
それはルカも同じ気持ちだったようで、最後の1発を銃口に詰めると、くるりと反転。
俺に顔を向けてくる。
「ん。リミッターを解除する。首輪外して」
「お前魔法使ったらスイッチ2どころか屋台ごと吹き飛ぶだろ!」
魔力が溜まりすぎて、細かいコントロールができなくなってるルカに魔法を使わせるのは危険すぎる。
それに神社の縁日っていうのは、大抵怖い人達が取り仕切っている。
揉め事になったら大変だ。
「はー、ちょい貸してみ」
現実の非情さに打ちひしがれているルカから銃を受け取り、最後の弾を1番下の棚に設置されているチョコボールに向けて放つ。
チョコボールの箱は軽快な音と共に棚から落下し、損切りを済ませると射的屋台を後にするのであった。
***
「ん……スイッチ2、欲しかった」
「腕を磨いてまた来年挑戦しような」
「ん。スイッチ2の箱だけを落とせるよう、魔力のコントロール修行する」
「イカサマの腕を磨くな」
チョコボールを口の中で転がしながら、しょんぼりと項垂れるルカと再び手を繋ぎ、境内を歩く。
日は完全に沈み、提灯の光が煌々と神社を照らしていた。
花火が打ちあがる時間まで、もう少しありそうだ。
「(さて、何かルカの機嫌が治る出し物はないものか……)」
腹は膨れたし、遊戯系がいいが……。
射的がそうであるように、やっぱり最近の縁日の出し物は、どれも消費者が得できないように設計されている。
金魚すくい、型抜き、輪投げ、くじ引きなどの屋台を横目に進むと、それらとは趣向の違う屋台を見つけた。
「お……指輪か」
「ん。キラキラ」
それはアクセサリーの出店で、指輪やネックレスやイヤリングなどが売られていた。
品質は……ドンキで売ってそうな合金っぽいが、店主のセンスがいいのか、デザインはどれも悪くない。
俺もお洒落に目覚めた当初は、シルバーやゴールドなどの高いものを欲しがったものだが、最終的にはデザイン重視のメッキアクセに落ち着いたのを思い出す。
一人暮らし始めてから全部メルカリで売ったけど……。
「(そういえば、ルカにこれまで1度も、形のあるプレゼントをしたことがなかったな)」
服や帽子は生活必需品だから、プレゼントとは違うだろう。
俺とルカが、あとどれだけの時間を一緒にいられるのかは分からない。
そこで――何か形に残るものを贈りたいと思ってしまった。
あわよくば、ルカが元の世界に戻っても、時たま俺のことを思い出してくれたらいいなと打算しながら。
「欲しいなら、1つだけ買ってやるぞ」
「ん。でも、今日いっぱい、お金使っちゃった」
「気にすんな。お祭りの時くらい、贅沢しないとな」
「ん!」
ルカは再び目に光を取り戻すと、宝箱を漁るトレジャーハンターみたいな顔で、陳列されたアクセサリーを物色する。
「ん。これがいい」
「あえてシンプルなものを選んだのか。この年でその良さが分かるのは凄いぞ」
「んふー」
ルカが選んだのは銀メッキのシンプルな指輪だった。
値段は……2000円か。
プラスチックのヒーローのお面が1500円であることを考えれば安いものだ。
「無料で名前彫れますけど、どうします?」
日常生活に支障がでるくらいのアクセサリーを装備した、店主のお兄さんが尋ねる。
「彫る?」
「指輪の裏側に、自分の名前やパートナーの名前を彫るんだよ。そうすることで、世界で1つだけ、自分だけのものになるんだ」
「ん。彫る!」
お洒落お兄さんの説明を受け、ルカは購入した指輪をお兄さんに渡した。
「なんで彫りましょう?」
こういうのはアルファベットのイニシャルが基本だよな。
「ん。たいよう。スマホ貸して」
「おう」
ルカはスマホを操作すると、いつの間にかダウンロードしていたお絵描きアプリを立ち上げる。
そして指を滑らして、見たことのない2つの文字らしきものをお兄さんに見せる。
「ん。これ」
「こ、これは……何語かな……?」
「はは……英語圏以外の海外から遊びきてるもんで……」
嘘はついてない。
少なくとも異世界は英語圏ではないからな。
恐らくはルカの世界の言葉なのだろう。
「ん。ルカの〝ル〟と、たいようの〝た〟……って意味」
「俺の名前も入れてくれるのか?」
「ん」
肯定の〝ん〟が返ってくる。
なんだろう……ちょっと目頭が熱くなってきたな……。
でもこういうパートナーのイニシャルを刻印したアクセって、破局した瞬間呪いのアイテムになるんだよな……。
中古買取価格も下がるし。
思い出の品を呪われた装備にしないためにも、ルカからの信頼を裏切らないようにしなくては……。
「はい。こんな感じでいいかな、お嬢ちゃん?」
「ん。ぱーふぇくと」
見慣れない言語にも関わらず、綺麗に彫ってくれたお兄さんの腕前に感嘆する。
ルカは早速それを指にはめるが……。
「ん……ぶかぶか」
「あー、やっちゃったか……」
「ん。大人になるまで、待ってる」
しかしルカに落ち込んでいる素振りはない。
「大切にする。元の世界、帰っても、ずっと持ってるから」
むしろ将来の楽しみが1つ増えたと言わんばかりに、手の平に乗せた指輪を、いつまでも見つめているのであった。
***
「人増えてきたな……はぐれないようにしろよー」
「ん」
縁日の屋台を一通り満喫し、チョコボールも全て食べ終わった頃。
もう間もなくメインイベントである花火が打ちあがる時間帯。
花火目当ての客で、さっき以上に境内には人で溢れていた。
こりゃはぐれたら見つけるのに苦労しそうだ。
手を繋いでいるルカを見れば、すっかりお気に入りになっている指輪を、もう片方の手に平に乗せて、飽きることなく見つめ続けていた。
「(気に入ってくれはのは嬉しい限りだが……ちゃんと周りを見て貰いたいものだ――がっ!?)」
――ドンッ!
ルカの横顔に夢中で注意が散漫になっていたのがよくなかった。
すれ違う他の参加者と肩がぶつかってしまった。
その衝撃で――ルカの手の平から零れ落ちる指輪。
「あっ……!?」
ルカは咄嗟に俺の手を離すと、コロコロと転がっていく指輪を追っていく。
「ルカっ!?」
即座にルカを追おうとしたが――大きな声で雑談していく高校生グループが、俺とルカを遮るように横切っていった。
若人達が無邪気な笑い声と共に去っていくと――
「ルカ!?!?」
――人混みに攫われてしまったのだろう。
そこにはもう、ルカの姿はどこにもなかった。




