異端審問
新沼は積極的にクラスにとけ込もうとしているように見えた。
年下の子の勉強を見てあげていたし、私も助けられた。難しい単元を噛み砕いて教えるのが上手い。地頭の良い奴の典型みたいだった。
「はーい、はーい、新沼先生。ここわかんなーい」
中でも雅が一番、新沼に依存していた。手が離れて私は楽だけど、ペットを取られたようで少し複雑だ。
新沼の出現に一番存在を脅かされていたのは小林先生だろう。
指導者という立場にありながら、目の前を生徒に素通りされ、寂しそうに教室の前方に居座っている姿は、哀れを誘われないこともない。
そんなわけだから、できるだけ新沼に頼らないで先生の方に水を向けることにした。こんな気遣いができるのは私だけだ。
学校ってこんなに温かかったっけ。そうだ、みんなに笑顔があふれてる。私も笑ってた。新沼が見てる気がしたけど、新沼は雅の質問責めでそれどころじゃないみたいだ。
私の集中力が途切れかけた頃、校内放送のアナウンスが教室の隅々まで響いた。まるで教室に潜んでいるネズミをあぶり出すみたいに執拗に繰り返された音声にはとにかく急いでいるというニュアンスが込められていた。
小林先生が呼び出され教室を出ると、私は手持ちぶさたになった。ああ、いけない。雅のこと笑えないや。私が今日一番不真面目な生徒になっている。
先生は予期せぬお客を連れてきた。自衛官の人達が一緒だった。自衛官は二人いて、若い方は私たちと年は変わらなさそうだった。五分刈りで、頬ににきびが目立った。雅が手を振ってからかうと、ぎこちなく目をそらしていた。
年上の人の方は雪かきをしているのを見かけたことがある。坊主頭で、厳めしい表情が板に付いている。黙っていてもかなりの迫力がある。
教壇の前に立った年上の自衛官は、私たちの顔を見回してから、よく通る声で用向きを伝えてきた。
「君らの中でこれを見たことがある者はいるか。ここから一キロほど離れた場所で発見されたんだが」
ごとんと、教壇に乗せられたのは一機のドローンだ。心臓をぎゅーっと掴まれたような気がして、倒れそうになった。
「どうした? 顔色が悪いようだが」
床を踏みつぶすような大きな足音が一歩一歩私に近づいてくる。私、目をつけられてる。誤魔化さないと。
「……、すみません。生理が重くて」
もちろん口から出任せ。女子に体張らせやがって、新沼後で覚えてろ。
自衛官は私の机の脇を静かに通り過ぎ、一周してから教壇の前に戻った。
「怖い思いをさせてしまって申し訳ない。君たちを責めるつもりはないんだ。何も見なかったのならそれでいい」
私はお腹を押さえた格好で前を向かなかった。雅や先生の様子を伺いたかったけど、怪しまれる危険があった。後は新沼が大人しくしててくれれば。
「仮にそのドローンに心当たりがあったとして、申告の義務があるんですか?」
優等生らしい風貌から想像もできない挑発的な言動に、誰もが息を呑んだ。
「義務はないが、協力はして欲しい。君、見ない顔だな」
「新沼といいます。最近引っ越して来ました」
何故余計なことを言って煩わせるんだ。あのまま黙っていればやり過ごせていたのかもしれないのに。冗談ではなく、本当に胃の奥が痛んだ。
「そうか。ならペンギンの脅威もわかるはずだ。君個人の問題ではなく、この集落全体、ひいては国全体の問題ということもね」
それがわからないほど子供ではないだろう? という皮肉も、新沼は平然と椅子に背をつけ聞いていた。
「所持品検査をした方がよくないですか」
不穏な提案をしてきたのは、それまで後ろ手を組んで立っていた若い自衛官だった。
「できんよ、それは。彼らはペンギンと無関係なんだ。そうですよね、先生?」
成り行きをぼーっと見守っていた先生ははじかれたように立ち上がった。
「もちろんであります! 僕の生徒にやましい所は一切ありません。僕の命をかけて断言します。持ち物検査でもなんでもして頂いて結構!」
また余計なことを言うからつけこまれようとしている。あるいは彼らの目的は初めから所持品検査だったのだろうか。
鞄の中身を机に広げるように指示された。新沼はおろか、誰も反抗しなかった。
前列の高校生の先輩から、中学生は滞りなく済んだ。
問題は新沼だ。これじゃ言い逃れできないぞ。
「 あーっ!」
雅の机の脇で止まった若い男が奇声を上げた。びっくりさせんなよ。
その異様な騒ぎようが上官の目に留まり、二人で雅の机をのぞき込んでいた。雅の隣に座っている私からは、二人の背中に邪魔されて何があるのかわからない。
ややあって、上官が若い男の頭をすごい勢いで叩いた。空気を断つような鋭い音に、私まで頭を押さえそうになった。イタそー。
アクシデントはあったけど、結局雅も問題なかったみたい。私も別段変なものは持ってきてない。と思ったが、私は自分の浅はかさにようやく気づいた。
さっき生理の話をしたけど、生理用品がないのをつっこまれたらどうしよう。男の人だからそれほど気が回らないかもしれないけど、万が一ということもありうる。
私の右後方にいる新沼があくびをしている。ま、誤魔化しきるしかないでしょ。
運が良かったのか、気を遣われたのか、私の検査は何事もなく過ぎた。
「最後は、君だな」
とくに念を入れてやってやろうという意気込みが言葉から感じられた。目立つことをするからだ。私はもうかばってやらないぞ。
「ん……、これは」
異端審問官に見つかれば最後、極刑は免れない。万事休すか。
死に顔くらい目に焼き付けておくか。振り返り、何が行われているか確かめた。
新沼の机にはかるたの札が一枚だけちょこんと載っている。
「祟徳院の歌ですよ。ご存じないですか」
「悪いが、芸術とは縁遠い人生を送ってきたものでね。どういう意味なんだい」
新沼は臆することなく、あの歌の解釈を始める。
「分かれた道は、好むと好まざるとに関わらずいつか合流する。運命っていうんでしょうね。僕の大事な人が好きな歌です」
私はぎこちない動きで前を向いた。隣で雅がにやにや笑っている。見透かされているようでムカつく。
「ありがとう、参考になったよ。協力感謝する」
入ってきた時と同じように大股で二人の自衛官は出ていった。先生がその後を追って廊下を歩く音が遠のいていく。
やましいことがなかったにせよ、銘々ぐったりしていた。時計を見上げると十五分くらいしか経ってない。一時間くらい尋問されてた気分だよ。
「雪ちゃん、雪ちゃん、おめでとう」
予想通り、喜色を浮かべる雅がからんできた。あー、逃げたいなー、自衛官よりある意味こいつの方が厄介だよ。
「何がおめでとうなの?」
遅れて首をつっこんできたのは当事者の新沼だ。お前だよ! と言ってやりたかったけど、無駄に決まってる。
新沼の机の上にある札に、目がすい寄せられる。真意を訊ねるには百年分くらいの勇気がいる。今の私にはちょっと荷が重い。
「とぼけちゃってー、新沼君。あの歌が好きな大事な人って誰なんですかー?」
下世話な話に踏み込むのを少しも躊躇しない雅に、悲鳴を上げそうになる。まって、心の準備が……、
「母が好きだったのを思い出したんだよ。僕は小さかったからその意味がわからなかったけど、雪さんに教えてもらって合点が入った。ありがとう」
うう、私に純粋な目を向けるな。情が移っちゃうだろうが。ていうか、そっち?
「なーんだ、つまんない。絶対雪ちゃんのことだと思ったのに」
雅の期待を裏切って悪いけれど、私は新沼のお母さんの想いに触れていた。きっと、旦那さんへの未練を断ち切れなかったんだ。
新沼に人間の情が残っていて安堵したけど、肩透かしくらったのは覚えておくからね、バカ!




