未来を創るもの
かるたの札を裏返し、一枚一枚畳に並べてみた。
新沼の発案で、神経衰弱のようにどの位置にどの歌があるのか暗記するトレーニングだ。
私も記憶力に自信がある方だと思っていたが、十四枚でギブアップ。
私はマスクをして朝練に臨んでいる。肌を刺す冷気はいつのもまして私を苛む。寒気がひどいので校内でコートを着用している。
「ごめんね、無理に誘ったみたいで」
新沼は自然と私の体を労ってくる。雅がいなくて助かった。マスクを鼻まで引き上げ赤くなった顔を隠す。
「新入部員の練習に付き合うのは当然でしょうが」
朝練は建前で、ペンギンの情報が欲しいのが本音だ。言わなくても新沼は察してくれてるみたいだった。
「わからないものって恐ろしいよね」
新沼は何気なしに、かるたをめくる。淀みなくめくり続けているけど本当に暗記してんのか疑いたくなるくらいの早さだ。
「ペンギンの活動を誤解している人はとても多いんだ。ペンギンはテロ集団じゃない」
「嘘。だって東京を空爆したじゃない」
新沼は苦しげに顔をしかめた。ほら、図星だ。
「あれは威嚇のつもりだった。やらなかったらアメリカがナイジェリアの工場を空爆する予定だったんだ。軍事とは無関係の工場をだよ」
「じゃあアメリカにやればよかったでしょ。無関係の人も巻き込まれたのに」
「それは……、横須賀に空母があったからだと思う。ごめん、僕もそれ以上はわからない。わかるのはペンギンは常に未来を見据えてるってことだけだ」
ここから先の話は、新沼の個人的な話になる。どこまで信じて良いかわからないし、嘘だったとしてもどうしようもない。私にできることは何もないのだから。
新沼の父親は、ベンチャー企業の社長だった。その会社は、ある酵素を用いたレシピで、人工肉の作成に成功していた。生産ラインが確立すれば、将来の食料難に有効に作用するはずだった。
その会社に多額の出資していたのがペンギンだった。ペンギンは新沼父の会社のみならず将来性のあるビジネスに惜しみなく出資していたが、その正体は不明だった。税金のかからない島にペーパーカンパニーを置いた所謂幽霊会社だけが、その在処を示す唯一の手がかり。何十年も前から存在は認知されており、その先見の明だけが都市伝説のように浮遊していた。
さて新沼の父親の会社は日本の食肉業界と真っ向から対立することになってしまった。ローコストでしかも、おいしい肉が作られれば、わざわざ動物の命を頂くこともなくなるかもしれない。初めは抵抗があってもいずれ慣れてその肉を食べるはずだ。
規制勢力の抵抗は苛烈を極め、新沼の家は様々な嫌がらせを受けた。言葉に言い表せないほどの辱めだ。タンパク質を作る手法も、専門家による実験で否定された。マスコミはあるかもわからない副作用と神への冒涜と連日報道し、事態を煽った。
会社は倒産。新沼の父は心を病み、行方をくらました。
新沼はマスコミから逃げるように母と一緒に各地を転々とした。
それからほどなくして、とある大手食肉会社に大きめの段ボールが届いた。
中には輪切りにされた人間の死体が入っていた。その会社の役員の一人だ。
段ボールの底に、一枚の紙が張り付いていた。
『我々は未来を創る。未来を拒む者を何人たりとも許さない』
凄惨な事件と、宣戦布告とも取れる犯行文は巷を騒がせた。ある者は熱狂し、あるものは過剰な防衛反応を示した。
それでも時間が経つと忘れてしまった。私も知らなかった。
当事者である新沼は忘れなかった。むしろ深く刻み込まれているだろう。
「父がやったんだと初めは思ったよ」
私は、どきりとして座ったまま後ずさる。
「いずれにしろペンギンが仇を取ってくれたのは間違いないからね。感謝しているよ」
新沼はかるたを握ったままうなだれて動かなくなった。私も金縛りにあったように動けなかった。目を逸らすこともできなかった。
「ごめん……、怖い話を聞かせて」
顔を下向けたまま囁くような声で新沼が言った。
新沼が怖いよ。新沼の父親が事件を起こしたかどうかは問題じゃなくて、その行為自体を肯定する新沼のことがわからないから怖いんだ。
「新沼、お母さんは今どこに?」
新沼は弱々しい笑顔を向けてきた。
「心配してくれて、ありがとう。安全な場所で静養してもらってるから。雪さんのご両親は?」
「……、死んだ、多分」
こっちに疎開している子はだいたい同じ事情を抱えている。雅も、中学生の子らも、大義のない戦争に巻き込まれた被害者なんだ。
「謝っても許してくれないんだろうね」
「あんたに謝ってもらっても誰も帰ってこない。それにあんたが殺したわけじゃないでしょう」
新沼の立ち位置がよくわからないから当然つっぱねる。考えようによっては当事者よりたちが悪いオーディエンスかもしれない。軽蔑の念は強まった。
「取り返しのつかないことをしてしまったことには変わりはない。よりよい世界を作れるように頑張るよ」
白々しい宣誓を冷笑することしかできない。
「あんたに何ができるのよ」
「それは……」
そら、こいつは耳障りな言葉に踊らされた馬鹿なんだ。ペンギンがどれほど危険かわからないか、親の仇を討ってもらって恩を感じているだけなんじゃない?
「あんた、可哀想だわ」
新沼は辱められた女の子みたいに小さくなった。自覚しているんだ。少し悪いことをした気になった。
「それでも僕はペンギンを支持するのをやめないよ」
新沼はぱっと立ち上がろうとしたが、畳の上で転げた。足が痺れて立てなかったらしい。私にも覚えがあるから、いじましくなる。敵に情けをかけるわけじゃないけどさ。
「無理に正座することなかったのに」
「君が正座してるのに、僕が楽できるわけないだろ」
強気に出てるけど、目から涙がこぼれぞうだぞ。なんで無理に頑張ろうとするんだろ。わかんない。




