第7話 私『生贄』じゃありませんっ!
「『傷一つ付けずに連れてこい』と言った筈だが」
言いながら、魔王様が椅子に座ったまま私を上から見下ろしてくる。
醸し出されるその圧に、ほんの一瞬気圧されそうになった。
過去三度の人生を踏まえても、ここまで初対面で圧を向けられた事はない。
それでも権力者耐性は、一度目二度目と積み上げてきている。
ちょっと驚きはしたものの、一度我に返れば耐えられない程じゃない。
「私が来た時には既にこの通りでした。御者は死に、他の側仕えの姿はなし。このニンゲンを傷つけた元凶であろう者は砂に還りました」
「砂に」
魔王様は、何やら少し考え込むそぶりを見せた。
その様子を見ながら、私は内心で小さく息を吐く。
よかった。
どうやらこの手のあかぎれやその他――多分服の汚れなどもすべて、レイルはあの襲撃が原因でついたものだと思っているらしい。
今まで大切にされていなかったと分かれば、彼らも『それなら多少手荒に扱ってもいいだろう』と思うかもしれない。
たとえば新品の物を「傷一つ付けずに使いたい」と思うように、きっと人も傷ありより綺麗な方が、大切に扱ってもらえるだろうから。
「明確な落ち度がなくとも、来て早々コレでは他からの見え方が悪い。主戦派を刺激する前に、見える所だけでも早急に治させろ」
「承知しました」
「それで、『調査結果』は」
「こちらに」
言いながら、レイルが胸の内ポケットからある紙を取り出した。
開いて目を落とし、軽く息を吸う。
そして。
「調査の結果、この娘は確かに間違いなくグレンツェ王国の公爵家の娘でした。ただ、生家であるウェーバー公爵家は、社交界で傲慢で勝手なふるまいが目立ち、先日も脱税を含む悪事を行い、それが国にバレたとの事」
え、そうなの?
「国はその罰として『10年の登城禁止』か『娘の魔王国への人質派遣』を公爵に命じ、彼は後者を選んだと」
えー……。
それはちょっと、と思った。
透けて見えてくる国側の思惑が、かなり悪い。
「『和平のための人材派遣』だと言って無理矢理に押し付けてきた人材が、こんな年端も行かない子どもな上に、罰の代替として我々を使うとは。ニンゲン――いや、グレンツェ王国は、余程こちらを舐めていると見える」
魔王様がこれ以上にない程に忌々しげに言う。
眉間の皺は一層深く、不快に思っている以外の何物でもない。
そうだよね。
私も似たような事を思ったもん。
当事者が思わない訳ないよ。
こんなの怒って当たり前だ。
「所詮は数ばかり多い、小賢しく生きながらえている下等生物の考える事。そう思い、ある程度は覚悟していましたが、私も初めてこれを読んだ時には、王国民を軒並み八つ裂きにして回ってこようかと思いました」
レイルもそう言葉を続けて、冷たく嗤う。
顔が、怖い。
本当に行っちゃいそうだ。
が。
「まぁ、止めておけ」
「分かっておりますよ」
魔王様の一言で、レイルの表情も雰囲気も、コロッと百八十度転じた。
変わり身が過ぎて、更に怖い。
……って、ん?
私は一度スルーしかけた言葉を、もう一度思い出しながら首を傾げる。
今、『グレンツェ王国』って言った?
文脈的に、多分私の住んでいた国の名なのだろう。
それは分かる。
が、『ティアリス』は自国の名前を覚えていなかった。
そもそも『ティアリス』は、自分の家がどんな理由で国から「人質を出せ」と言われていたのかすら、今の今まで知らなかった。
そこから導き出される仮説は、『ティアリスの情報源は継母と義妹に限られていて、その二人が私を脅かすために必要な情報しかティアリスに与えてこなかった』だ。
逆に言えば、だから『ティアリス』は行先である魔王国については知っていた。
魔王国がどんなに怖い所なのか、何度も何度も聞いていた。
そう考えれば、自国の名前が分からなくても何らおかしくはない。
なのに、《《私》》はその国の名に聞き覚えがある。
何故か。
答えは簡単だ。
――前世にも、同じ名前の国があった。
私はその国の名を、前世で聞いた事がある。
「あの」
「何だ、ニンゲン」
思わず声を上げた私を、魔王様がギロリと睨みつけてきた。
でも、勿論その程度では怯まない。
尋ねたい事があった。
が、私と彼とは初対面。
礼儀的に、まずは挨拶から入るべきだろう。
第一印象は大事だからね。
「お初にお目にかかります。ティアリス・ウェーバーと申します」
余所行きの顔で言いながら、二度目の人生で覚えた王族に対する最敬礼――両手を胸の前でクロスして添え、足はカーテシーをする。
これでも私は二度目の人生で『淑女の鑑』と呼ばれた女だ。
この手の礼は何度もしてきたし、何度見ても見惚れるという評価を得るまでに磨き上げた。
意外と綺麗に決めるには筋力とバランス力の必要なポーズを完璧に……ヘチョリ。
決めたと思った。
が、足が負荷に耐え切れず、ペタンと床に座ってしまう。
ガーンという擬音がどこからともなく聞こえてきてもおかしくない程に、私は大きなショックを受けた。
淑女にあるまじき失態!
でも何で……。
少し考えて気が付いた。
あっ、この体で貴族の礼をするの、初めてだった!!
幾ら知識と経験があっても、それは体――特に体格や筋力には影響しない。
そんなの当たり前の事だっていうのに、すっかり考えが抜けていた。
第一印象での大失敗。
恥ずかしい……と思っていると。
「それがニンゲンの挨拶か? まさか人質が最初の挨拶で、自分を生贄として捧げようとしてくるなどと。貴様、死にたいのか?」
「えっ」
魔王様が、片眉を上げながらそう聞いてきた。
あまりにも予想外の物言いを受けて、思わず下げていた顔をバッと上げてしまう。
挨拶後、許可もなく顔を上げる事もまたマナー違反なんだけど、そんな事は今どうでもいい。
生贄?
何でそんな話になるの?!
そう思った私に、彼は今にも「貴様、変わった趣味をしているな」と言い出しそうな顔で言う。
「その前足を胸の前でクロスさせるポーズは、儀式用の供物などにさせるものだろう。今は昔とは違い生贄も本物ではなく人形を代替に使うが、今の貴様の境遇でそのポーズをすれば、人形の代わりに使われても文句は言えないぞ」
「反ニンゲン派――純潔主義者や主戦派が、きっと色めき立つでしょうね。すぐにでも嬉々として火祭りに上げ、そのままその亡骸を掲げてニンゲン共の国に攻め入るくらいの事はするでしょう」
慌てて、胸の前で交差させていた両手をバッと降ろした。
えっ、何それ怖っ!
が、それを見て魔王様の眉間の皺が、更にギュッと深くなる。
え、怒ってる?!
手を下げたから?!
っていうか私、もしかしなくても現在進行形で、自ら『死なない』目標の地雷源を歩き続けてる……?!
身の危険を感じ、震える。
まるでスマホのバイブレーションのように、ガタガタと小刻みに震えた。
けど。
「命が惜しくばこの城では、間違っても両手をそのようにはしない事だ」
ジロリと睨まれはしたものの、魔王はそう言うと視線を机上に戻した。
そこには何枚かの書類がある。
「それにしても、まったく。『ニンゲンは小賢しい』と聞いていましたが、『ただの馬鹿』の間違いでしょう。人質などという戦争の火種になり得るモノを、よこしてくるなんて」
レイルが「お陰でこんなに問題が起きている」と、め息交じりに同調した。
……あれ?
これは、もしかして『次はないぞ』という警告だけで終わらせてくれた?
今回はお咎めなし……?
数秒の後、やってこない追撃に、私はホッと胸をなでおろした。
よかった。
目標を掲げたその日に早速、人生終わっちゃうのかと思ったよ。
そう思った時だった。
「マシな国も一応あるようですがね。例えばユグラーチカ帝国など」
……ん?
「あぁいえ、でも確か『才媛サレーラ・レグスナ』が亡き後、この半年くらいは、愚行が目立つようですが」
一瞬また思考が停止した。
だって、『ユグラーチカ帝国』に『サレーラ・レグスナ』。
どちらもなんかものすごーく、聞いた事のある、いや、聞いた事しかない言葉が聞こえてきたから。
oh、やっぱりこれは……。
「それでニンゲン。何か聞きたい事があったのではないのか」
「いえ、今正に解決しました」
私がスパッと即答したら、まるで奇妙なものを目撃したような顔をされてしまった。
たしかに、自分からいきなり話しかけておいて自己紹介だけだなんて、不自然だもんね。
でも、本当にもう今のやり取りで、聞きたい事が解決しちゃったんだから仕方がないじゃん。
ユグラーチカ帝国は、前世に住んでいた国。
サレーラ・レグスナは、二度目の私の名前だ。
――つまり私は、二度目の転生と同じ世界・同じ時間軸に、別人として転生した。
きっとそういう事なんだろう。




