第4話 目標は「死なない!」 なのにピンチ?!
ひとしきり悶絶し終わった私は、ガタガタと馬車に揺られながら、「ふぅ」と小さく息を吐いた。
一度、現状を整理してみよう。
気を取り直し、考える。
私がこれから向かう先は、どうやら『魔王国』らしい。
ティアリスが漏れ聞いた限りでは、すぐに暴力で事を解決しようとする「おどろおどろしい見た目をした、言葉の通じない人食いの国」だという。
まぁ、あの継母なら、私を怯えさせるために話を盛っている可能性は大いにありそうだ。
どこまで本当なのかは分からない、けど。
「分からないなら、最悪を想定しておくに越した事はないよね」
秘書をしていた時から、私はそうやって生きてきた。
例えば出先で悪天候に遭い、乗る飛行機が欠航になる。
例えば社長や商談相手の機嫌が、何らかの理由で悪くなる。
そんな「もしも」を想定し、そうなっても大丈夫なように、前者なら空港近くで泊まれるホテルを、後者なら社長や商談相手の機嫌を取るための方法を、調べておく習慣ができていた。
それは、二度目の人生でも大いに役立った。
特に社交界なんて、起こるイレギュラーにどれだけ臨機応変に対応できるかで、その人の評価が変わる事はよくあった。
私はあらゆる「もしも」を想定し、動き、株を上げてきた。
最悪を想定する事は、いわゆる私の『成功の方程式』なのだ。
だから今回も、それに倣うとして。
もしあれがすべて本当なら「魔族を怒らせたら、人間なんて一瞬で吹き飛んで跡形も残らない」という話も事実になる。
普通に怖い。
「人間、そんな中でよく生き残ってきたな」と感心したくなる。
「そういえば、魔族の国といえば前世にもあったな。結界に囲まれ隔離された国」
実際に見た事はない。
が、知識としては知っている。
結界については、伝承があった。
曰く。
魔族は物理法則を無視した人知を超えた力を有し、中でも長である魔王は類を見ない程に強い。
大昔、そんな魔王を勇者一行が討伐しに行った。
邪な力を持つ魔王は、聖女の力によって完全に打ち滅ぼされる筈だったが、病弱な聖女ではそれが叶わず、『透明な檻』に閉じ込めるに至った。
しかし、次代の聖女が現れた暁には、今度こそ魔族を根絶やしにできるだろう。
魔王を倒せる唯一の存在が、聖女である。
聖女の存在は、神から与えられた、人間への最大の祝福なのだ。
「……まぁ、眉唾物の話よね」
言いながら、ガタガタと揺れる馬車の中で私は一人天井を見上げる。
あくまでも伝承だ。
伝承なんて、権力によっていいように偽造や脚色されている事が殆どだ。
何よりも、そもそも前世の話である。
「今世には関係ないか」
そう呟きながら、今までの思考を横に置く。
そもそも、だ。
私は元々、一度目の人生からずっと、下調べこそ入念にしたい性分だけど、それをすべて信用してもいなかった。
前々世ではネットから、前世では噂話から情報を拾っていた私だけど、それらが事実である保証はどこにもないのだ。
臨機応変にうまく対応するためには、この目で見た事を信じるのが最も賢いやり方だという事を、私は身をもって知ってきている。
「どうせこれから、嫌でも行く事になるんだし」
行けば分かる。
今回も、自分の目で見たもの、聞いた事を最優先情報として捉えよう。
そう心に決めた。
一応「何らかの方法で逃げて魔王国に行かない」という手もあったけど、私はそれを選ばない。
そんな事をしても、未来があるとは思えない。
政治的な話とか、命を狙われるとかは一旦横に置いて、そもそも今の私はまだ六歳の子どもである。
金目の物も持っていない以上、生きる術がない。
サバイバル能力も皆無だし。
人は、飲み食いしなければ死ぬのである。
これは、どんな世界に転生しても、付きまとう自然の摂理である。
「もう死にたくはないよなぁ」
正直な話、例えばもう一度転生したいと思う程の執念はない。
一度目にも二度目にも未練は――そりゃあ「明日楽しみにしていたテレビがある」とか「食べたかったデザートがある」とかはあったけど――大きな心残りはなかった。
けど、生きている限りは死にたくない。
普通に嫌でしょ、誰だって。
「そうじゃなくても、一度目も二度目も死んじゃったから、今私はここにいる訳で」
一度目は事故死。
二度目は多分、他殺。
どちらも寿命以外の理由で生を終えた。
それは、「生き続ける事に失敗し続けている」と言い換える事もできる。
つまりこれは、過去二度とも回避できなかった運命に、今度こそ挑むという目標だ。
そうでなくても最悪を想定すれば、この生は今までで一番、死に近い。
難易度は高そうだし。
うん、これにしよう。
今世での目標!
目標は、叶えるのが難しければ難しい程、やる価値があるというものだ。
だから私は、今世こそ長生きする!!
――ガタンッ。
「それにしても、本当によく揺れるわね。お尻いたい」
ずっとガタガタ揺れていたが、今のは一際大きかった。
だから、思わず声を上げた。
――ガタンッ!
「そんなに悪路なの? ……って、そんな事ないじゃない! 何でこの馬車、わざわざ道の端の、石が多い所を通ってるの?!」
窓の外を見た私は、驚いてそう声を上げた。
瞬間。
――ガタンッ!!
今日一番の大きな揺れがあって、小さくて軽い私の体は、簡単に座席からぺちょりと転がり落ちる。
「いてて……まったくもう、掴まれるところもないし。シートベルトが欲しくなる」
そんなものが付いていたところで、結局のところこの大きな揺れとお尻の痛さはまったくもって軽減されない。
しかし、それでもないよりは安全面で随分とマシだろう。
そう思いながら、揺れる馬車の中で慎重に立ち上がり――。
「ちょっと、一回止まって! ちょっとー?」
言いながら、進行方向側の馬車の壁を小さな手でコンコンと叩いた。
が、悪路を行く馬車の動く音で煩いせいか、まるで止まる気配はない。
「……ちょっと! 止まってってば!!」
バンバンと、今度は子どもの体で力の限り、壁を強く叩いた。
すると、流石に御者も気が付いたようだ。
馬車が止まる。
そして、数秒。
「何なんですか。止められると困るんですけど」
ガチャリと扉が開いたかと思ったら、絵に描いたような不真面目そうな男が、面倒くさそうに顔を出した。
思わず「貴方の仕事に文句があるから呼んだ以外に何があるの!」と言い返したくなったけど、私の足は今この馬車しかない。
金目の物は持っていないから、新しく御者を雇う事ができない。
辺りは林だ。
人通りもない。
こんな所に置いて行かれてしまったら、ただの六歳の子どもは、生きていけない。
ここで怒るのは悪手だ。
私は小さく深呼吸をし、彼を見上げた。
私は今ただの子どもで非力だけど、だからこそ使える武器もある。
自分の魅せ方は、二度目の人生で学んだ。
絶妙な角度の上目遣い。
両手は前でさりげなく組み、押し付けすぎないように、頼む。
「もう少し馬車の速度を落として、道の真ん中を走ってほしいのだけど」
「は? 何で」
「馬車がガタガタするせいで……」
言いながら、私はそっと俯く。
淑女たるもの、口に出して「お尻が痛い」とは言えない。
はしたない。
でも、だからこそこういう言いにくい事を言わずとも察してもらえるようにする技術は培ってきている。
たとえば、椅子を引いてほしい時。
邪魔な何かをのけてほしい時。
そういう時に、さりげなく目で語った事は数知れず――。
「何だよ、もじもじして。あ、分かった。あんた、しょんべんに行きたいのか」
「えっ」
「だったら口で言え。馬車の中を汚されたら困る。ほら、待っててやるから」
「んなっ?!」
私渾身の、磨き上げてきた『人タラシ術』が……効かない、だと?!
っていうか『しょんべん』って!
あまりにも酷い誤解すぎるし、その辺でしろと言わんばかりの言葉で二重に酷い!
レディーを捕まえて言う言葉じゃない!!
反論する間もなく、首根っこを掴まれてポイッと馬車の外に放り出されてしまった。
幸いにも、転ぶほど乱暴ではなかったけど。
「何だよ。大丈夫だよ、この辺にゃあ魔物は出やしないって。急いでんだ、とっととして来い」
シッシッと、厄介払いするように追い払われた。
でも、別にもよおしてないしっ!!
今度こそ、何か言い返してやろうと、顔を上げた。
――が、その時だ。
ものすごく背筋がゾクッとした。
まるで危険に体が警鐘を鳴らしているかのようだ。
逃げろと体に言われているかのようだ。
急に腕にびっしりと鳥肌が立った。
それと同時に、御者の男のすぐ後ろに、ヌッと人影が現れた。
「ん? 何だあんた。言っておくが、俺は別に金目のもんは持ってねぇぞ? もし足を失くしたってんなら、報酬次第でこの小娘と相乗りさせてやってもいいが――って、何だよあんたか」
相手をよく見た御者の男は、何やら合点のいったような顔になる。
「受け渡し場所はもうちょっと先だった筈だろ? 言っとくが、俺だって、ちゃんと間に合うように飛ばしてきたんだ――あ?」
そして、御者が会話の途中で言葉を失った。
いや、失ったのは言葉だけじゃない。
御者の首から上が、ポーンと宙を舞った。
胴が、力なく崩れ落ちた。
御者は、声と、首から上と、命を同時に失った。




