第26話 特別な弱者 ~魔王ザクゼディア視点~
「ティアリスちゃん!」
ストライキの形跡が見えない採掘場で、それでも何らかを探そうと話を聞くものの、作業者たちは俺を見て、怯えるか、警戒心を抱き口を堅くする者ばかりだった。
それでも話を聞かない事には何も分からないと、根気よく対話を試みていた時だ。
そんな声が聞こえたのは。
採掘場で行われるのは、力仕事だ。
我が国には、種族によって少なからず与えられる仕事に違いがある。
ここで働くゴブリンやオークなどは、専ら頭脳労働よりも体力仕事の方が得意な部類だ。
中でも特に力の強い、男が従事する仕事場だった。
だから、聞こえてきたのが女の声だった時点で、とても目立った。
その上、呼ばれた名が聞き覚えのあるものだ。
俺は反射的にずっと握っていた縄の繋がった先を目で追って――途中で切れている事に気が付いた。
しかし探す暇など存在しなかった。
瞬間、聞こえてきた轟音。
即座に飛ぶ作業者の「逃げろ」という声。
つるはしも魔石の入った荷台も、すべてを放り棄てて逃げる者たち。
彼らの中には、ただ言われた通りに退避しただけの者と、おそらく何が起きたかを瞬時に理解した、畏怖にも似た表情を浮かべた者が入り混じっていた。
ただ一人、様子の違う者を見つけたのは、安全な場所にいる筈なのに、厭に余裕がなさげだったからだ。
紅一点と呼ぶにふさわしい、黒と赤のドレスに身を包んだ女。
彼女が、既にほとんどの者が逃げて誰もいない筈の広場の方に、ティアリスの名を呼び続けている。
駆けだしていないのは、何人ものゴブリンやオークたちに、力づくで引き留め押さえられているからだ。
でなければ、きっとその先にある横穴に入って行ってしまっていたかもしれない。
「行っちゃいかん、ミディーナ様!」
「でもっ! まだあそこには誰かがいるのでしょう?! それに、ティアリスちゃんだって!!」
まさか、と思った。
いないティアリス。
そして、聞こえてきた今の言葉。
これらを受けて状況を察せられない方が難しい――。
「魔王さまっ!」
子どもの声が聞こえた、ような気がした。
瞬間、自身の中で力がブワッと膨れ上がる。
周りに対する影響力が、『圧力』という名の特性――自分に備わった特異な力が持つ影響力が一気に跳ね上がる。
相手を制圧する事も、拒絶する事もできるその力で、俺は自身を地面から弾き飛ばし、轟音を一気に引き裂いた。
到達点は、件の横穴の中、その先だ。
途中、崩落しつつあった横穴の中で落ちてくる瓦礫をすべて押しのけ、俺はガラガラと鳴る倒壊の真ん中にたどり着いた。
そこには案の定、目的のものを見つける。
俺は、それをマントの下に庇った。
「お前はここで、何をしている」
「魔王さま」
探し物は、少し驚いたような顔で俺を見上げてそう呟いた。
そしてふわりと、どこかホッとしたような、それでいて誇らしげな表情を覗かせながら笑った。
何故そんな顔をするのかは、分からない。
が。
「えーっと、縄が切れて、皆と話して、バレそうになって逃げた先でミディーナの話を聞いて、全部が繋がって。嫌な予感がしたから急いで戻ってきたら、案の定ギリギリで、止めようとしたけどできなくて、でも、せめて助けなくちゃって――」
「何故だ」
俺は短くそう聞いた。
このニンゲンの説明は、荒くて所々要領を得ない。
何故、縄が切れたのか。
何故、縄が切れたら俺に何の断りも入れずに自由行動をしていいと思ったのか。
何がバレそうになって、何故逃げたのか。
ミディーナとかいうのは誰の事なのか。
が、一番分からないのは、何故止めようとしてできなくて、なのに『せめて助けなくちゃ』と思ったか、だ。
「お前は脆弱なニンゲンだ。レイルの部下の調べだと、ニンゲンは『特性』を持たないという。俺たちより余程弱い体で、『特性』も持たない身で、何故弱者が強者を助ける」
助けるのは、強者の役目だ。
強者の義務であり、権利である。
力を持たないから弱者なのだ。
助ける側に回ろうなどという弱者の振る舞いはただの蛮勇であり、この弱肉強食の国では犬死にするだけだ。
それが嫌なら、自ら努力して強者になるしかない。
それを誰もが知っていて、だからこそ支配階級というものが存在する。
例えば貴族、国の上層部、そして何よりも魔王は、他の上に立つ以上、他より強く在らなければならない。
俺は、暴力と恐怖による統治をしない選択肢を選んだ。
が、『強者だけが弱者を助ける権利と義務を持つ』というこの理は、変えようがないと、変える事は不可能だと思っていた。
だって、弱者だって蛮勇で死にたくはない。
俺だって、そんな事を下に命令したくはないから。
それなのに。
「? 助けるのに、『じゃくしゃ』とか『きょうしゃ』とか、関係あるの?」
この、目の前のちっぽけで非力なニンゲンは、さも当たり前のように、この常識を覆した。
「助けようとして、自分が被害を被る事が怖くはないのか。助けようとしたところで実際には助けられないと、無駄だとは思わなかったのか」
「そんなことを考えるひま、なかったもん」
「誰か他の、それができる者に任せようとは思わなかったのか」
「だって、あの場にはわたししかいなかったし」
「強者を呼べばよかった。実際にお前は俺を呼んだだろう」
「だから、それ以上は必要ないって? それで、もしダメだったらどうするの?」
それは、助けに来なかった強者が悪い。
だって、それができるからこそ、それを期待されているからこそ、強者は強者なのだから。
でも。
「わたしとだれか、二人とも一緒に助かる可能性が少しでも上がるなら、そっちを選ぶでしょ?」
言いながら、彼女は自分が身を挺して庇っていた、彼女より体の大きな、しかし必死に体を丸めて震え、うずくまっているゴブリンの背に目を落とす。
「この人は、恐怖で動けないみたいだった。でも、わたしは動けた。だから、逃げられそうにない人に、できるだけ身を小さくしてもらってその上にわたしが覆いかぶさった。その方が、表面積が小さくなるでしょ? 助かる『かくりつ』が上がるじゃない」
目の前の弱者は、弱者であるはずのこのニンゲンは、すべてを救いたいような事を言う。
酷く強欲だ。
本来なら、今までならその強欲を、無謀だと思ったかもしれない。
が。
今正にそれを実際に成してしまった、自分の行動によって、自分共々弱者を救ってみせた現場を見てしまった今、俺の心を占めたのは。
「蛮勇め」
「でも、わたしはわたしの『よくばり』を貫いて魔王さまを呼んだけっか、りょうほう救えた。ピンチになって、魔王さまの顔が思い浮かんだの。――たすけてくれて、ありがとう」
そう言って嬉しそうに笑うニンゲンに、俺は少しばかり気分がよくなった。
頼られた事が?
両方とも救えた事が?
よく分からないが、『そう言う考えがあってもいいのだ』とは思った。
そういう者が存在する事が、そういう世界を――本当は弱者とか強者とか関係なく、その者にできる事でその時のベストを尽くし、成功を生むような世界を望んでもいいのかもしれないと思えた事が、何だかものすごく大きな収穫のように思えて。
「魔王さまが助けてくれた分、わたしも魔王さまにお返しするよ」
「脆弱なニンゲンに、そのような事ができるか」
鼻で笑って、ふと気づいた。
俺は今、笑っていたのか。
いつも眉間にしわを寄せ、それをレイルに指摘されて揉み解しているような、この俺が。
……変わった奴もいたものだ。
気付けば、自然と口角が上がっている自分がいた。




