第27話 魔王様が笑って、周り騒然
あ、魔王様が笑ってるの、初めて見た。
崩壊の轟音が収まりつつある中、魔王様と話しながら、私はそんなふうに思った。
深く刻まれていた、眉間の皺。
それが、珍しく伸びている。
元々彼が怖いのは見た目と醸し出す圧だけで、心根は優しい人だという事は分かっていた。
美形だなとも思っていた。
でも。
――やっぱりすごいんだなぁ、美形の笑顔って。
あくまでも微笑。
しかし、それでも尚人の目を引き付ける程の引力が今の彼の表情にはある。
「魔王様ーっ!」
「あ、レイルのこえ」
「……そういえば、置いてきていたか」
おそらく横穴を抜けた先にある広場からだろう。
聞こえてくる声に反応し、魔王様はゆっくりと立ち上がった。
そして、その腕の中に、私と、私が庇っていたゴブリンを抱える。
片腕にゴブリン、もう片腕に私。
今まで私を持つ時は、ゴミか荷物でも持つかのようだった魔王様が、ちゃんと生物に対する対応を見せてきている。
「無事か」
「あ、はい……」
歩きだした魔王様に聞かれ、ゴブリンが上の空気味に答えた。
彼は、驚いて目をぱちくりとさせている。
もしかしたら「思ったより怖くない」とか思っているのかもしれない。
「魔王さま、『笑み活』する?」
「笑み……何?」
「笑み活。笑えるなら、ほんのちょっとでも普段から笑っていた方が、きっとファンがいっぱい付くよ」
「ファンとは何だ」
「えぇと、『しじしゃ』ですかね」
「支持者」
考え込んだのだろう。
眉間にいつものように皺が寄る。
「だいなしです」
「何がだ」
「眉間の皺」
言いながら、短い人差し指で彼の眉間をトンと軽く突いた。
少し驚いたような顔になった彼は、それから数秒の沈黙の後に「両手が塞がっていて命拾いしたな」などと言ってきた。
どういう事?
そう小首を傾げた私だけど、数秒の後に理解する。
これ、多分『手が空いていたらやり返されていた』という事だ。
何をかというと、多分今やった眉間をトン……。
今も尚、パラパラと落ちてくる岩から私ごと自分を守っているような人だ。
この人が、私の眉間を軽くでも突けば、下手すれば……眉間に穴が開く?!
バッと慌てて両手で額を隠した。
それを見た魔王様が、何故か顔を背け「くっ」と小さな音を発する。
顔こそ見えていないけど、何となく雰囲気で笑ったんだと思った。
そんなこんなしているうちに、魔王様は広場に出たようだ。
「魔王、様……っ!?」
途中までは姿を見つけてホッとしたような声のレイルだったのに、途中から急に何かに驚愕したような声色に変わった。
どうしたんだろうかと思いながらそちらに目をやると、まるで雷にでも打たれたかのような衝撃顔の彼がいる。
「魔王様が笑っている、だと?!」
「魔王様が」
「魔王様って笑う生き物だったのか」
「俺さっき、話しかけられてチビりかけたんだけど、あれが同一人物……?!」
レイル以外の口からも、ザワザワとそんな声が聞こえてきている。
ちょっと酷い。
主に魔王様の前評判が。
と思っていると。
「モフー!」
「あっ、その鳴き声は!」
そういえば、先程必死でモフプニたちを広場に置き去りにしてしまっていた事を思い出す。
見ると、白い毛玉と薄桃色の毛玉が、鉱山の洞窟内をポヨンポヨンと場違いにも弾みながらこちらにやってきて――。
「モフーッ!」
「モッ!!」
魔王様に抱っこされたまま、突撃してきたモフプニたちの襲来を受けた。
「ぅわっぷ! 前見えない!」
そう言うと、遠慮したようですぐに視界が晴れる。
モフプニたちは、どうやら一度地面に降りたらしい。
魔王様のすぐ足元で、モフモフ言いながら軽く飛び跳ねている。
「……なんか一匹増えているな」
「ここに来て、出会いました。この子も連れてかえっていい?」
「お前の部屋、そのうち綿毛スライムたちの巣窟と化すぞ」
そんなふうに言われたけど、気にしない。
というか、別に巣窟と化してもいいじゃない。
癒し空間面積が広がるだけでしょ……あ!
「ミディーナァ~!」
魔王様の腕の中から、彼女を見つけて手を振った。
彼女は、ここに私を連れてきてくれた。
今回このもう片方の腕に抱かれているゴブリンが静観できたのは、彼女のお陰と言っても過言じゃない。
私は、彼女にお礼を言いたくて、それ以上に私共々無事である事を示したくて、彼女に向かって子どもの短い手を、ブンブンと精一杯に振る。
……でも。
なんかミディーナ、こっちを見ているけど、見ていない?
どこかポーッとしているというか、顔を真っ赤にして、両手で口元を覆いながら、熱を帯びた瞳で『私を抱きかかえている魔王様』をガン見している。
その姿は、まるで「心ここに非ず」のような――。
「ミディーナ! 何故お前がこんな所にいる?!」
場のざわめきを引き裂くかのような悲痛な大声が、聞こえてきた。
見れば、そこにいるのは私たちがここに来た時に出迎えてくれたあの吸血鬼である。
「お兄ちゃん」
「屋敷にいたら音が聞こえてきたから、何かあったのだろうなと思って様子を見に来たら……こんな所に出入りするなと前からあれ程――」
「それよりも」
ミディーナに食って掛かった彼女の兄を止めたのは、魔王様だった。
魔王様は、そのままカツカツと音を鳴らしながら進み、彼の前で足を止める。
「このような状況だ。この地の領主であり、この鉱山の管理者であるお前が今すべき事は、その者の話を聞く事ではなく、この場の安全確認と、怪我人の有無を確認する事だろう」
「……承知しました。ミディーナ、話は後でする」
という事で、とりあえずこの場は一旦収まったっぽい。
けど。
ミディーナのお兄ちゃんが、魔王様をギロリと睨んでいたのを、私は決して見逃さなかった。




