第24話 『ストライキ』の正体と、嫌な予感
……いや、流石にお化け屋敷でもそんなあからさまに変なのはいないか。
だって、目と口はともかくとして、頭に十本の角って、頭がトゲトゲな形状っていうだけなんじゃない?
角って呼んでいいのかどうか。
「それだけじゃないよ。魔王様は、過去に眼力だけで山を焼いて湖を作った事があって、たった一声発しただけで、衝撃波で敵対派閥の家を吹っ飛ばした事だってあったんだって」
すごいな魔王様。
最早核兵器なんじゃあ……。
「少しでも粗相を働いたら、その場で即処刑。それで実際に一時間で目の前に山盛りの魔族の死体の山を築いたっていう、冷酷無比な人だって」
あぁ、これ――絶対に嘘じゃん!
そう思った。
だって、あの魔王様だよ?
何だかんだで私を助けてくれて、反ニンゲン派や主戦派を押さえるために、暴力じゃなくて話し合いでどうにかする方法を、眉間にしわを寄せて考えていた、あの魔王様だ。
もしこれが本当に『魔王様』についての話なのだとしたら、それは過去に『魔王』を名乗った事のある、別人の話に違いない。
でも。
「そんな人、怖いよ! だから、ティアリスちゃんも私と一緒にここに隠れていよう?」
噂の真偽はともかくとして、ミディーナの怯えは本物だ。
魔王様、元々評判はよくなさそうだったけど、まさかここまでだなんて。
一体何をどうしたら、こんな根も葉もなさそうな噂が流れるのか。
そんな事を考えながら、顔を真っ青にしてガクガクと震えているミディーナに、モフプニ――私が連れてきた白い方を「はい」と渡してみた。
この子は、かなり大人しい。
ミディーナが今まで一度もモフプニに触った事がない程嫌われていたとしても、この子なら穏やかだし大丈夫だろうと思ったのだ。
白いモフプニは、私の期待に応えてくれた。
受け取ってゆっくり腕の中に抱きしめられた白いモフプニは、いつものように「モフー」と鳴きながら、大人しくしてくれている。
よかった。
そのお陰か、ミディーナのガクブルはどうにか止まり、顔色も元に戻ってくれた。
ホッとしたような吐息が聞こえる。
分かるよ。
やっぱりセラピー効果あるよね、モフプニを抱きしめると。
それにしても。
……これは、ちょっと名誉回復に努めてみた方がよさそうだな。
やっぱりどんな『王様』でも、イメージ戦略ってかなり大事だし。
彼女が落ち着いてくれたところで、私は一つダメ元で話してみる事にする。
「魔王さまは、よくここにくるの?」
「え、ううん。私が知っている限りでは、初めて」
「じゃあ、魔王さまがここに来た理由があるんじゃない? もしかしたら魔王さまは、ここで起きている問題を『かいけつ』しに来てくれたのかもよ?」
もしかしたら、ミディーナとミディーナのお兄ちゃんの味方かも。
そんなふうに、意識を少し誘導してみる。
私は答えを知っているけど、私が「そうなんだよ」と言ったところで「何で知ってるの?」となるに違いない。
それで、私が魔王様と一緒に来たと知れたら。
彼女は私を『怖い魔王様の仲間』として認識して、話を聞いてくれなくなるかも。
こういうのって、一度話を聞いてくれなくなると、再び聞いてもらえるようになるまでには時間も労力も必要だ。
そうなる前に、まずは私自身に対する彼女の中の信用を育てる必要があるのである。
「……たしかにそうかもしれないけど」
ミディーナが、一定の理解を示してくれた。
よかった、「そんな筈ない」とか言われないで。
もしそう言われたら、もうちょっと遠回りしないといけないところだった。
お陰で会話をショートカットできる。
「それでも魔王さまが怖いなら、早く『かいけつ』すればそれだけ早く帰るんじゃない? 何か、魔王さまが来た理由に心当たりとかないの?」
暴力以外の方法で解決させた魔王様を見れば、ミディーナも魔王様への勘違いを正してくれるかもしれない。
そもそも、魔王様は美形だもの。
本物を見れば少なくとも、外見だけで「怖い」と思う事はないと思う。
……眉間に皺さえ寄っていなければ。
そんな希望を胸に、そう聞いてみる。
あと、私も普通に『存在しないストライキ』については気になっているしね。
だから、ほんのちょっとでもヒントが拾えたら……。
「魔石採掘場で今起きている問題なら、多分答えは一つだよ。ストライキの事だと思う」
えっ、ストライキの事、知ってるの?!
「お兄ちゃんが言ってたの。『下等な労働層の分際で、当主の言う事を聞かずに仕事をサボっている』って。でも、あれは仕方がないと思う」
「というと?」
「二週間前に、今掘っているところの更に奥で、品質のいい魔石が見つかったの。それをお兄ちゃんは『掘れ』と命じたんだけど……現場の人たちは『岩盤から嫌な音がする』『このまま採掘すれば、いつその道が崩落してもおかしくない』って言ってた。それで、命令に背いちゃって。お兄ちゃんも怠慢だと決めつけて……」
そこまで言うと、彼女は不安そうに視線を落とした。
これ、まさかの『ストライキの理由の答え』なんじゃない?
そういえば、さっき逃げる前に採掘場で、作業者たちが「従わなくていいのか」とか「正しいんだからいいんだよ」とか言っていた。
「じゃあ、ストライキが起きているように見えなかったのは……」
「今まで掘っていたところを掘り続ける事で、暗に新しい所を掘らないっていうストライキになってる筈だから、見た目には分かりにくいかもしれない……って、あれ? 何で採掘場の中の様子を知ってるの? あそこは、作業者以外は立ち入り禁止なのに――」
ミディーナが、私の言葉の不自然さに気が付いたようだった。
本来なら、私自身が彼女から信用を得るにまだ足りていない現状では、どうにか誤魔化すのが最善だろう。
が、今の私は、そんな事を考えている余裕を完全に失っていた。
作業者たちの会話の内容。
その内容を思い出した瞬間から、嫌な予感が胸の中でザワザワと大きく騒めいている。
あのやり取りは、自分たちの判断が――つまりはストライキを「正しい」と思っている人と、「領主の命令を破ってストライキをしてしまっていていいのか」と思っている人とのやり取りだった。
そして、あの時後者は断固たる前者の言葉を聞いても尚、安心してはいなかったのだ。
むしろ「悩みはより深まった」と言わんばかりに、難しい顔になっていた。
あれが、もし「自分だけでも命令通りに作業をした方がいいのでは」という迷いの表情だったとしたら。
その迷いを今正に行動に起こしていないという保証は――少なくとも今は、ない。
「行かなくちゃっ!!」
私はスクッと立ち上がる。
「どこに行くの?」
「採掘場」
「でもあそこには怖い魔王様が――」
「そんな事言ってたら、手遅れになっちゃうかもしれない!」
私はそう言って、振り返る。
そこには不安げに私を見るミディーナの姿があった。
怖いものに怯えた、助けを求めるような目だ。
動く事への拒絶も見える。
でも。
「ストライキの事情を知ってたのは、採掘場の人たちの事を心配してたからでしょう?!」
よそ者の私には教えてくれなかった真相を、彼女は知っていた。
それは彼女が、兄が取り合わなかった現場の声を、ちゃんと聞いて、気を揉んでいた証拠だ。
それなら。
「ごちゃごちゃ考えてないで、走れ!!」
頭を空っぽにして、心のままに動く。
これが一番間違いない。
私の意思に引っ張り上げられるように、伸ばした手を彼女は取ってくれた。
そのまま二人で手を繋ぎ、走り出す。
目的地は勿論、採掘場だ。




