第23話 迷子のティアリスと吸血鬼の妹
それはそれは綺麗な庭だった。
色々な色のバラが咲き誇る庭だ。
辺りは緑で一杯で、先程の岩ばかりだった鉱山とはまるで別の世界のようである。
赤みがかった紫色の空に、背景には黒い城。
これまたゴシック的な景色になってきた。
「どこだろうね、ここ」
「モフー」
今私は、白いモフプニを両手に抱えて、モフモフプニプニしながら歩いている。
目指すところは別にない。
あるとすれば元の鉱山だけど、どうすれば戻れるか分からないから、こんな所を歩いている訳で。
「こっそり帰れるにこしたことはないけど、魔王さまに怒られないように、何か言い訳も考えておいた方がいいかなぁ、モフプニ」
「モフー?」
「怒らせたら、またあのケージの中に戻されちゃいそう」
「モフー」
「こっそり戻るにも一人じゃあ戻れそうにないから、誰かに聞きたいんだけど……みごとに誰にも会わないね」
「モフー……」
そんな事を話していると――ガサリ。
後ろの茂みから音がした。
誰かいるのかな?
道を聞けるかも、と思って振り返ると――。
「モフゥ~?」
「ん? 白……いや、桃色のモフプニ?」
野生(?)のモフプニが現れた。
そのモフプニのつぶらな瞳が、キョロキョロとあたりを見回して、私を見つけた。
私を見ている。
ちょっと驚いたような顔で。
私を見ている。
なんか、キラキラとした目で。
私も見ている。
だって、目を離せない。
つぶらな瞳に、前と同じく今回も。
そして。
「モフゥ~!」
「わっ!」
ピョイッとジャンプしたその子が私に飛びかかってきた。
当然、私の体はその勢いに耐えられない。
そのままポテンと仰向けに、地面に転がる羽目になった。
ポスンと着地できたのは、地面に生えていた芝生のお陰である。
背中はそれ程痛くない。
私の胸の上にいるモフプニは、一匹から二匹へと増えた。
ちょっと重いけど……。
「モフモフ、プニプニ、触り心地天国」
重さも、この他に類を見ない素晴らしい感触を前にすれば問題なくなる。
そう思った時である。
「……ん?」
見上げた赤みがかった薄紫色の空で一杯だった視界に、ひょっこりと何かが覗き込んできた。
一瞬またモフプニかと思ったけど、どうやら違う。
だって影が人型なんだもの。
その子は、長い赤髪に、ヒラヒラフワフワのゴシック的なドレスを着ていた。
女の子だ。
誰かに似ているような気がするけど、誰だろう。
……あ、口から僅かに白い牙が見えている。
「だれ?」
「ピヤッ!!」
尋ねた私に、悲鳴なのか何なのか分からない声を発したその子は、ピュッと私の視界から外れた。
よいしょと起き上がり辺りを見回すと、庭に置かれたテラス席の椅子の後ろに、先程見たドレスの端っこがヒラリと見えている。
ジッとそちらを見ていると、その子がチラリとこちらを覗いてきた。
必然的に目が合ったんだけど、慌てたように、すぐに椅子の後ろに引っ込んでしまう。
……なんか、こっちを警戒している野生動物みたい。
そう思った。
私を怖がっているのは、多分間違いない。
でも、それなら何故あの子はこっちを見ているんだろう。
少し考えた私は、試しにその子から敢えて視線を逸らしてみた。
二度目の人生で飼っていた犬も、そういえばまだ仲良くなかった最初の方は、じっと見ていると怖がって逃げていたなと思い出したのだ。
動物って、そういうところあるよね。
という事で、今更だけどダメ元で、視線を逸らしてチラチラと横目であの子の行動を観察してみると……。
あっ!
見てるのは私じゃない!
モフプニ達だ!
という事は。
「さわってみない?」
体を半分以上出してこちらを見ていた彼女が、また元に戻っちゃった。
でも、挫けない。
「この子たち、噛まないよ? 吠えないよ? 怖くないよ?」
ゆっくり、大きな声は避けて、可能な限り穏やかに、そう声をかけてみる。
あとは、数秒間待ってみる。
すると。
彼女は恐る恐るこちらに出てきた。
腕の中のモフプニを差し出せば、これまた恐る恐るその子を触り――。
「モフー」
「フワフワプニプニ……!」
女の子はイチコロでその感触の虜になった。
「それで、なんで隠れてこっち見てたの?」
「……私、こういう小さくてフワフワの、大好きなの。でも、皆怖がってすぐに逃げちゃうから、実は今までこうして触れた事すらなくて」
「え、そうなの?」
見た感じ、歳は十六歳くらいだろうか。
「生まれてこの方十六ねんも、この感触にありつけなかったなんて……」
それは、さぞかし苦行だったろう。
生きてれば誰だって、癒しとかストレス発散は必要だよ。
少なくとも、このプニプニの感触か、モフモフの感触のどちらか一方は、人生になくてはならないものだよ。
一度目と二度目の人生を思い出し、私はうんうんと頷いた。
と、彼女は何故かキョトンとする。
「十六歳?」
「え、あ、まぁ十六さいっていうのは、ただの目算なんだけど……違った?」
「私、百六十一歳だよ?」
「百六十一?!」
違っても、精々二、三歳くらいだろうと高を括っていただけに、まさかの年齢差に驚いた。
っていうか、百六十一って!
「いったい何ねん生きるつもりなの?!」
「吸血鬼族の寿命は、七百年だよ?」
「ななひゃ……え、きゅうけつき?」
彼女の顔を改めてみる。
どこかで見た事があるような気がしていたけど、そうだ、この子この地の領主だと言っていた、出迎えてくれたあの男の人に似てるんだ!
「もしかして、ここの領主とはしんせき?」
「お兄ちゃんだよ」
「おにいちゃん……」
つまり、この子は妹なのか。
それにしては、あの嫌味な兄とは正反対の、ちょっと引っ込み思案で自信なさげに見えるけど、純粋でいい子に見えるなぁ。
「兄妹って、必ずしも性格が似る訳じゃないよね」
実際に、一度目の人生ではあのチャランポランな社長の弟は、まるで彼を反面教師にでもしたかのような、きちんとした常識人だった。
そんなふうに考えていると、その子が「もしかして貴女は、お兄ちゃんのお客さん?」と聞いてくる。
「うん。わたし、ティアリスっていうの」
「私はミディーナ。ティアリスちゃんは、一人で来たの?」
「ううん。おとなと一緒。でも、ちょっとはぐれて迷子になっちゃって」
「それは大変! 場所が分かれば案内してあげられるんだけど……」
シュンとした声でそう言った。
これは僥倖なのでは?
私もちょうど、迷子案内してくれる人を探していたところだ。
……と、思ったんだけど。
「魔石の『さいくつじょう』のばしょって分かる?」
「うん。そこに行きたいの……?」
ミディーナは、上目遣いに、困ったようにそう聞いてきた。
あれ、なんかあまり行きたくなさそう?
「もしかして、『さいくつじょう』きらい?」
コテンと首を傾げて尋ねれば、彼女は「あぁいや嫌いなのは採掘場じゃなくて!」と、ちょっと慌てた否定が入る。
「今、多分採掘場に魔王様がいるらしくって」
「魔王さま?」
「うん。ティアリスちゃん、知ってる? 魔王様って、頭に十本の角が生えていて、目なんてこめかみを突き抜けるくらいの釣り目で、口は頬骨の位置まで裂けてるんだって」
……。
……。
……。
ん?
それは、一体どこのお化け屋敷のキャスト?




