第22話 何故か平和な魔石鉱山と、脱走ティアリス
辿り着いた目的地は、『鉱山』という呼び名に相応しい、岩山に開いた穴だった。
その穴を、三人してテクテクと進んでいく。
洞窟内は音が響く。
三人分の足跡も響いて――。
「ま、まってぇ……」
私一人だけ、腰に結ばれたロープで、ズルズルと引きずられる結果になっていた。
二人とも、歩くのが早いのだ。
いや、私が遅いのか。
どちらにしても、そもそも歩幅が違い過ぎるのが悪い。
これじゃあ私がどれだけ頑張っても、満足について行く事なんてできる筈もなく。
私の速度に合わせてとは言わないよ。
でもせめて、立ったままズルズルと引きずられている私に気づいてほしかった。
……いや、勝手に引っ張ってくれるから、歩かずに済んで地味に楽ではあるけどね。
でも、こう、見栄えが!
二度目の人生で伯爵令嬢として生き『淑女の鑑』とまで言われた過去を持つ私としては、簡単に看過できる状況じゃない。
そんな私に、レイルと魔王様が同時に振り向いた。
「何をしている」
「引きずられてます」
「ちゃんと歩け」
「力のかぎり歩いたけっか、『これが今一番二人の“そくど”について行ける“さいてきかい”だ』という気持ちなの」
「……脆弱な」
え、コレ脆弱とか関係ある?
ただの体型差の問題じゃない?
……あ、そうだ!
「魔王さま、弱きをいつくしみ守ることこそ、強き者の務めではありませんか?」
そう言って、私はニコリと淑女の笑みを浮かべた。
我ながら完璧な笑みである。
これならきっと魔王様も私を――。
「しかたがないな」
そう言って、持ち上げられた。
私は、肩に担がれて運ばれた……。
何でよっ!!
◆ ◆ ◆
そうして運ばれた私は、肩に担がれていたせいで後ろを向く形になっていたので、開けた場所に出た事を、多分他の二人より少し遅れて気が付いた。
キョロキョロと辺りを見回すと、開けた岩の広場には、沢山の魔族たちの姿がある。
見た感じ、いるのはオークやゴブリン、ミノタウロスなどの、上から町を見下ろした時に見えたのと同じ種族の魔族たちだ。
彼らは、ボロボロの服を身に纏っていた。
他に特別な装備はない。
採掘道具は持っているみたいだけど、防塵マスクも高視認性のベストも着ていない。
ヘルメットもないのは、安全性に欠けるでしょ。
たとえ魔族だから人間より目がいいとか、マスクがなくても体に害が及ぶような事はないとしても、流石に頭は守らないと危ないと思う。
それに、服だって。
町で見た人たちも取り立てていい服を着ていたとは言えなかったけど、ここの人たちはそれに輪をかけている。
作業用の汚れてもいい服を着ているんだろうとは思うけど、それにしたって必要な場所を最低限隠すくらいの用途しか成していない。
明かりも、満足にあるとは言えなかった。
採掘対象の魔石が自光しているのに甘えて、薄暗い穴倉を照らす光はなかった。
これ、もしかしなくても労働環境、結構悪いのでは……?
素人目に見てもそう思うのだから、一度目の人生のその道のプロが見たら、粗なんてもっと幾らでも見つける事ができるのかもしれない。
が、ここでの常識がどうなのかとは、また別の話なのかもしれない。
その証拠に、誰もその事を不思議や不満には思っていないようだった。
皆、ノッソノッソ、カンカンと作業をしている。
つるはしで自光する鉱石を壁から掘って、傍に置いてある手押し車に入れて溜めていく。
装備は貧弱だったけど、当初想像していた、歩く事もままならず、休む事も許されずにただひたすらに働かされるような事は、されていないように見えた。
見える範囲では、皆真面目に仕事をしている。
ストライキっていうと、抗議運動とかプラカードとか、そういうものを想像していたのだけど、その類も一切見当たらない。
――じゃあ、何であんな稟議書が届いたの?
勿論そんな疑問が浮かんだ。
よし!
早速聞いてみよう!
という事で、作業中の人に声をかけに――ツンッ。
一定の場所から先に進めない。
「うーん! ふーん!! ふんぬぅ~!!」
力の限り進もうとするも、やっぱり無理だ。
それもこれもすべて。
「この縄、じゃま!!」
「そのための縄だ」
低温の落ち着いた声が落ちてきた。
振り返れば、魔王様がいる。
その手には、勿論縄が握られていた。
それを見て頷いた彼は。
「やっぱり付けておいて正解だったな。でなければ、今頃ちょこまかと現場を走り回り、ひょんな事から危ない目に遭ってプチンだ」
「プチンッ?!」
納得したように首肯する魔王様に、私は思わずピヤッと飛び上がった。
怖い事言わないでよ!
嫌だよ、プチンなんて!
「嫌なら大人しくしていろ」
「でも、話を聞かなきゃ。正しい『じょうきょうはあく』のために」
「ニンゲン如きが魔王様に口答えなど――」
「たしかにそうだな」
「そうですよね、魔王様」
レイルが手のひらを返して頷いた。
中性的で上品な笑顔だから、かなり女性受けしそうに見えるけど。
魔王様の事、大好き過ぎだよねレイルって。
そんな感想を抱いていると、魔王様が辺りを見回して、定めた一人に話しかけた。
「おい、そこのゴブリン。仕事について、話を聞かせてくれ」
あ、一度目の人生で言うところのゴブリンによく似た容姿だなと思っていたら、こっちの世界でもゴブリンって呼ばれているみたいだ……なんていう事を暢気に考えていたところ。
「あぁ? 見て分かんだろ! おらぁ今、仕事中だ! それを邪魔するってぇのは――そ、その髪と瞳の色っ! 魔王様っ?! モガッ!」
ゴブリンが、魔王様の手に口をふさがれた。
おそらく今彼の視界には、ドアップの魔王様の顔がある。
……あ、魔王様の眉間にギュッと皺が寄った。
「騒ぐな。お前はただこれから俺がする質問に、隠し立てせずにすべて答えればいい。……分かったか?」
ゴブリンが、顔を青くしてブンブンと首肯する。
もしかしたら顔が怖いのかもしれない。
あと、圧も凄いしね。
彼の首肯を確認した魔王様が、スッとゴブリンから離れた。
彼はホッと安堵の息を吐く。
が。
「それで、この仕事は大変なのか」
魔王様の発する圧がブワッと膨張した。
辺りをビリビリと揺らしているような感覚がある。
勿論肌感だから実際にはそんな事はないんだろうけど、それでもかなり酷い感覚だ。
「い、いえ、大変ではないです。いや、大変ですが」
「どちらだ」
震えながら言ったゴブリンに、魔王様の眼光がまた強くなる。
「大変ですが、他の所と比べると随分マシというか。他は落石対策とかもされていないし、休みなく働かせる。事故も多い。それに比べれば、全然。金もちゃんと払われるし」
言われて周りを見てみれば、天井や壁に網のようなものが張り巡らされている。
ほら、ちょうど一度目の人生で見た事がある、山とかに行くと雪崩とか落石を防止するために張られたネット。
あれととてもよく似た感じだ。
たしかに安全性を担保する以外に、あんなところにわざわざネットを張る必要はないだろう。
そんなふうに考えている間に、すぐ横をガコガコという音を立てて、木製の手押し車が通って行った。
そんな状況で、私は更に考える。
という事は、装備の足りなさに比べて、ここの管理をしている人は、ちゃんとここで働く人たちに対して安全面の配慮をしている?
そういえば、さっきもあのゴブリン、『他より待遇がいい』みたいな事を言っていた。
でもそうなると、ますます疑問が膨れ上がる。
じゃあ何故ここの皆はストライキなんて。
いや、あの稟議書が嘘の可能性もあるか。
でも、もしそうだとして何が目的なのか――。
「ん?」
顎に手を当てて考えていると、足元で白いクッション――いや、綿毛スライムが「モフモフ」と言いながら飛び跳ねていた。
どうしたの? と思いながら視線を落とすと、なんと。
縄が。
私を縛っていた縄が、途中で切れている!
バッと魔王様たちの方を見た。
彼は今ゴブリンに、ちょうど「じゃあ何故ストライキをしている」と問い詰めているところだ。
レイルもゴブリンを注視している。
少なくとも私の方は見ていない。
私は、ソローリソローリと先に進み始めた。そうして十歩くらい歩いてから、ダッと一気に走り出す。
「行くよ、モフプニ!」
「モフー!」
モフプニも、返事をしながらついてきた。
歩いている道中で、作業者たちのヒソヒソ話が聞こえてきた。
「おい、いいのかよ従わなくて」
「いいんだよ。俺たちが正しいんだから」
「でも、このままじゃあ流石に殺されたり――」
「ねぇ、それなんの話?」
後ろからそう話しかければ、彼らは「うわっ?!」と飛び上がらんばかりに驚いた。
そして私を見て、あからさまに「何だ子どもか」みたいな顔をする。
「お前さんには関係のない話だ」
「チビゴブリンは、早く家帰ってママの所でヌクヌクしてな」
んなっ?!
この人たち、私をゴブリンって言った!
「ん? でもこの子ども、ゴブリンにしては肌が緑じゃないぞ?」
「えぇ? でもじゃあ何だってんだよ。こんなにチビでヒョロくてよわっちそうなの、ゴブリンの他に――」
ハッとした。
そうだった。
私、人間なのだ。
人間はこの国では異分子で、敵扱いだった!
仕方がない。
ここは――逃げるっ!!
私はピューッと走って逃げた。
そうして気付けば……なんと、庭園で迷子になっていた。




