第21話 王族嫌いの吸血鬼領主
三時間の空の旅を終えてたどり着いたのは、鉱山のある土地だった。
薄紫色だった空が、少し赤みを帯びている。
太陽が血のように赤く、岩肌から所々生えている草や木は、黒く色味に乏しい。
ドラゴンに乗って見下ろす町は、一度目の人生で一度言った事のある東京のアメ横をギュッと小さくした感じの場所だった。
お土産屋や屋台、食堂などが所狭しとひしめき合っている。
その通りに、沢山の人影がある。
漂ってくる美味しそうな匂いは、屋台の食べ物のものだろうか。
魔王城で見た魔族たちとは、また違った見た目の人たちが多い。
城にいたのは殆どが魔王様やレイルのような『人型』と『獣人型』『獣型』の人たちだった。
でもここにいるのは――いや、少なくとも今見えている町の人たちは――オーク、ゴブリン、ミノタウロスなど、異世界ファンタジー物のゲーム序盤に見るような、二足歩行のモンスターとよく似た姿だ。
「もう着くぞ」
魔王様の声に、私は視線を進行方向に向けた。
そこには窓から赤い光が漏れている、小さな黒い居城がある。
「なんかちょっと吸血鬼っぽい」
思った事をそのまま言った。
幾つものとんがり屋根が見える、ゴシック調の城だったのだ。
すると、魔王様が少し驚いたような声でこう答えた。
「よく分かったな。これから行くのは、この地を治める吸血鬼の根城だ」
――吸血鬼。
そう聞いた瞬間、私の脳裏には一度目の人生で空想上の存在として描かれていた、黒い蝙蝠マントを着た、牙を店ながら笑う夜の王の姿がよぎった。
◆ ◆ ◆
降り立ったのは、城の玄関の前の広い所だった。
出迎えに出てきた城の主は、予想に反してオーソドックスな吸血鬼ではない。
少しくせ毛の赤い髪に、赤い瞳の男である。
体の線は細く肌は色白だけど、吸血鬼らしさを汲めるとしたら、口を開いた時にチラリと見えた牙くらいだ。
そんな城主の第一声は、歓迎の言葉……かと思ったら、そうではなく。
「ようこそ、ザクゼディア様。このような場所にわざわざ来られずとも、王都の城でただ許可印を押してくださるだけで事足りたのに」
コレだった。
字面だけ見れば恐縮しているように見えるけど、言い方が何と言うかこうちょっと、相手を小馬鹿にしているようなニュアンスだ。
「稟議書にも記載があったが、この問題を放置していれば、いずれ国営にも影響が出る。国営に関連する事態を前に自ら足を運ぶのは、王の正当な仕事の一つだと思うが」
「そんな事をしても結果は変わらない事に使う時間が、勿体ないと言っているんですよ。ストライキなんて、どうせ奴らの我儘でしかないんだから」
魔王様の言葉に、彼が僅かに釣り目なその瞳に、冷めた色を灯して僅かに細める。
少なくとも隠ぺいの意図は読み取れない。
時間の無駄遣いを相手の力量不足と見て、それを馬鹿にしているという感じだ。
――魔王様の事、嫌いなのかな。
見ている私はそう思う。
少なくとも好いてくれてはいなさそうだ。
そして何よりも。
「別に、好きな場所を好きなように見て行ってください。まぁ、それで労働層の奴らと何かがあって怪我をしても、自己責任だと思ってほしいですけどね。まぁ食事と寝る場所はちゃんと用意しますよ。貴族として、最低限の礼儀ですから」
そう言って、彼は「話すべき事は終わった」とでも言うようにクルリと踵を返す。
「ヅェントリッヒ、貴様魔王様に対して――」
「いい、レイル。言葉に甘えて勝手に見よう。が、後に話を聞きたくなった場合、その時間は取ってもらう」
「……分かりました」
という事で、どうやら私たちはここでの行動の自由を無監視で得たらしい。
その場を去ろうた彼は、最後にまだ竜の背の上に置いてあるラウンドケージの中の私を見つけて――。
「ところで、そこのちんちくりんは非常食か何かですか?」
最後に、横目に私を見ながら言った。
……ちんちくりんって、私の事?!
一拍遅れでその事に気が付き、カチンと来た。
が、何か言い返す前に、二人はやり取りを済ませてしまう。
「非常食ではない。傷つけることは許さない」
「意図的に狙うような真似はしませんよ。どれだけ俺が王族を嫌いでも、そんな事をするほど馬鹿じゃない。だから、もし貴方に嫌がらせをしたい者が勝手にこの地に侵入してそのちんちくりんを害したとしても、俺は悪くないっていう事は覚えておいてくださいね」
そう言って、止めていた歩みを改めて進める。
「貴方がわざわざ来なければ、そもそも何も起きなかった。中立派であるうちが、そんな政治事に巻き込まれる事もなかったんだから。新しいとはいえ王を名乗っている以上、自衛は貴方の自己責任ですよ」
背中越しでそう語った彼が、どんな顔をしていたのかは、分からない。
でも、少なくとも『心配などする余地もない』と思っているのだろう事は、隠しようもなくストレートに伝わった。
「魔王様に対して、案内の一人も付けないのもあり得ないし、魔王様が簡単に他者に害される筈もないのに、害された前提で話しているのも腹立たしい。魔王様が止めなければこの私が直々に、チリも残らない程に八つ裂きにしてやるものを……」
レイルがそんな物騒な事を言う。
本当に魔王様の事、大好きだよねぇレイルって。
でも、案内を付けない事には起こるのに、魔王様が害された時の責任の在処については、何の異論もないのが不思議だ。
人間の間では、たとえばある領地に王様が訪れてその先で襲撃なりを受けたなら、警備を怠ったとしてその地の領主に、一定の責任が課せられる。
……もしかしてここにも弱肉強食的な思考があるのかな。
そもそも害される程弱い方が悪い、的な。
「では行くか」
「はい、魔王様。――おいニンゲン、早く下りてこい」
「カギかけられて閉じ込められていて、どうやって外に出ろっていうの」
「毎度気付けは部屋から抜け出せるから、ニンゲンは、てっきり『コッソリ勝手に外に出る』という小賢しい特性を持っているのかと思ったんですが」
「そんな力ある訳ないでしょ?!」
「そうですか」
ものすごい不快ため息と共に、仕方がなく鍵を開けられた。
私はそこから出て、ドラゴンの背から下りようとして――足が届かない。
当たり前のように。
下ろしたものの届かない片足が無情にも、宙でプルプルと震えている。
降りようと身を乗り出しているせいで全体重が腕にかかっていて、たとえ小さい分体重が軽いとはいえ、腕の筋肉も年相応だから、そ、そろそろ限界なんだけど……!
ヒョイと持ち上げられた。
見れば、相手は魔王様で、彼は無言で私を降ろしてくれた。
そして、何だかんだであらかじめレイルが調べていた魔石採掘場のある場所に、早速行く事になったんだけど。
「なにこれ」
私は今、自分のお腹周りを縛る、ロープを見ながらそう聞いた。
勿論ジト目で魔王様を見上げている。
だって、そのロープの先を握っているのは、誰でもない魔王様自身だから。
「お前は、目を離すとすぐにどこかに行くからな。そして、目の届かないところに行くと、すぐに死ぬ」
「死なないよ」
「死ぬ、ニンゲンはぜい弱だからな」
だから、逃げないようにって?
何だよこれ、もう完全に迷子紐じゃんかっ!!
私が怒っても、魔王様はまるで意に介していない。
私のすぐ足元で、お供に抱っこして連れてきた自由の身の綿毛スライムが、元気にポヨンポヨンと跳ねていた。




