第20話 稟議書から透けて見える視察先の現状
「魔王さまは、いつもドラゴンで『いどう』するの?」
「レイルがいる時だけだな。一人だったら自分で飛ぶ」
自分で飛ぶ?!
「が」
「勿論、こんな訪問如きで魔王様の労力を割かせる訳にはいきません!」
「と、レイルが言うからな。レイルが一緒にいる時は、大抵レイルの竜に乗る」
とりあえず、今までの発言もすべて加味して、レイルが魔王様に対してちょっと過保護的なのは理解した。
「レイルの竜なの?」
「何を言っているんですか。竜は誇り高い。誰の者にもなりませんよ」
「じゃあ、レイルと竜はお友だちなの?」
「友人というのも違います。単に親和性が高いだけです」
「しんわせい?」
言葉の意味は知っている。
でも、何故ここでその言葉が出てくるのかが分からなかった。
聞き返した私に、彼は二秒くらい答えるのが遅れた。
その間にあったのは、言い訳を探すような逡巡だ。
そして。
「それよりも、せっかく自分が『欲しい』と言ったのだから、目的地に着くまでにちゃんと見る努力をしておきなさい。まぁ、お前のような子どもには、書いてあることの半分も分からないでしょうが」
話題を逸らした。
もしかして、何か知られたくない事だったのかな。
一瞬だけ「それは何だろう」と考えたけど、すぐに「まぁいいや」と横に置く。
たしかにレイルの言うとおり、せっかく手に入れた情報は、到着までに読んでおいた方がいい。
檻の中の私の手元には、件の稟議書があった。
魔王様にお願いして目的地に着くまでの間、読ませてもらえることになったのだ。
レイルは「読めるはずがない」と嗤っていたけど、一度目から小難しい書類には散々目を落としてきた私だ。
勿論読めるに決まっている。
魔王国で使われてる文字は幸いにも、二度目の人生で「淑女の嗜みとして、社交で関わる外国の人とも話せるようにならなくては」と思い覚えた言語の一つだったしね。
という訳で、どれどれ……?
=====
自領の労働層のストライキに対する鎮圧行為の許可願い
偉大なる魔王国を統べる魔王陛下におかれましては、日夜の御政務、誠に恐悦至極に存じます。
さて、現在当領地が管理を任されております魔力石採掘現場におきまして、看過できぬ重大な事案が発生しておりますため、ここに対処の許可を仰ぎたく稟議書を提出いたします。
現在、現場にて使役しております労働層の間において、著しい勤労意欲の低下、ならびに我々統治側に対する極めて不当かつ反抗的な態度が蔓延しております。
奴らは分を弁えず、いわれのない理由を並べ立てては集団での就業拒否を企て、採掘業務を意図的に停滞させております。
現在、当領地からの魔力石の産出および納品業務に重大な遅延が生じつつあります。
このまま下賤な者たちの怠慢と増長を放置すれば、当領地のみならず、ひいては魔王国全体の結界維持やインフラに関わる国益を著しく損なう結果を招くことは、火を見るより明らかです。
つきましては、我が国の秩序を乱すこれら不穏分子に対し、二度とこのような愚行を企てる気を起こさせぬよう、厳格なる『物理的鎮圧』を実施する許可をいただきたく存じます。
強者の武力を以て奴らを完全に屈服させ、己の立場と義務を骨の髄まで理解させた上で、本来遂行すべき業務に強制的に復帰させる所存です。
魔王国の絶対的な威信と統治秩序を示すためにも、何卒、本鎮圧行為および首謀者への厳罰処分の権限をご裁可賜りますよう、お願い申し上げます。
=====
なる程。
受ける印象としては『目上に対する丁寧な言葉を使ってはいるけど、問題となっている労働層に対しては、所々見下しの感情が透けて見えるな』という事だ。
書面なのだから、書き直せばその部分も取り繕う事はできるだろう。
だからこそ、これを書いた人はその必要性を感じていないように見える。
それはつまり、特定の立場にある他者を悪し様に言うことが許される社会常識があるという事。
廊下での『獣型』への差別と同じだ。
一度目の人生でも二度目の人生でも、差別は存在した。
一度目は「差別はよくない」という社会風潮があっても尚、そういう思考の人は存在したし、二度目は当然の社会の仕組みとして、貴族の中でもそれ以外に対してもあった。
……魔王国にも、人間の国と同じような嫌な常識があるんだな。
そりゃあ二度目と三度目は同じ世界での人生なんだから、似ていても当然のような気はするけど。
魔王国は人間の国とは独自の常識があるところもあるのに、こういう嫌なところが似てるのって、なんかこう……。
そう、なんかとっても残念だ。
そんなふうに思いシュンとしていると、一緒に檻の中にいるモフプニが「モフー?」と鳴きながら私の顔を覗き込んできた。
多分、心配してくれたのだと思う。
そんな気持ちが嬉しくて、ギュッと抱きしめてモフモフプニプニ……。
「ふんっ、やはり所詮は子どもですね。見てはいるものの内容が分からなくて、飽きて遊び始めるとは」
レイルがそんな事を言ったけど、ちゃんと読んだし分かったもん。
早い話が「労働層の怠慢と反発のせいで、業務に滞りがある。このままでは国の不利益になる。だから、二度とそのような事をする気を起こさせないためにも、労働層を徹底的に鎮圧する。許可が欲しい」という事だ。
こういう問題が起きた時、一度目の人生なら最終的に、労働組合と経営陣側との話し合いになるんだけど……。
「今世ではどうなるのかな」
そんな私の呟きは、魔王様の耳にもレイルの耳にも入らずに、空を飛ぶ風の音に溶けて消えた。




