第2話 人生三周目、始まりの感想は「ハズレ引いた!」
「――ス」
「――リス」
「ティアリス!! また話を聞いてないの?! これから魔族の生贄になる分際で、相変わらずの愚図ね!」
ヒステリックに叫ぶその声で、私は《《三度目の自覚》》から無理矢理に、現実に意識を引き戻された。
場所は、隙間風が吹き込んでくる馬車の中。
ボロ布を頭からすっぽりと被せて着せられている私は、馬車の中からすぐ外で怒りを露わにしている女を見て「あ、これ継母だ」と思った。
継母。
つまり、義理の母。
私はティアリスで、ウェーバー公爵家の正妻の子だ。
でも母が急逝し、父親が連れてきたのがこの継母と、私と同い年の妹・リズだった。
それ以来、酷い環境だった。
手に刻まれた、見るだけで痛い無数のあかぎれがその証明だった。
少し動かすだけで、手が痛む。
空腹も過ぎる。
――あー、ハズレを引いたかぁ。
ため息交じりにそう思った。
真っ向からはいつも通り、嫌味のオンパレードが降ってきている。
にも関わらずこんなにも『ティアリス』に他人事なのは、私が少なくとも体感では、つい先ほどまで別の人生を生きていたからだ。
私は人生三周目。
過去に二度の転生の経験がある。
一度目の生は、令和という時代の日本人に生まれた。
別に何という事はない。
一般人として育ち、大人になって働くようになった。
職は『秘書』。
……と聞くと、何だかものすごくいいスーツを着ている、ダンディーな社長の隣に立つ優秀で綺麗な女性を思い浮かべるかもしれないけど、私は別に普通の顔立ちだったし、高いスーツも着てはいなかった。
中小企業の秘書なんて――まぁ勿論ピンキリだとは思うけど、少なくともうちは――ちょっと名前がかっこいいだけの、『他者とのやり取りもする雑用』だ。
仕事内容は、書類のコピーやファイリングから、事務、社長のスケジュール管理とお土産や移動や宿泊手段の手配、付き添いなど。
結構何でもやるし、やらされる。
まぁ、流石に愛人たちのスケジュール管理まで頼まれた時は『自分でやれ! 死に晒せ女の敵!』とはっ倒したけど。
でも、仕事はできる人だったし、何に対しても無理強いをするような横暴な人ではなかった。
パズル感覚でタスクをこなし、社長を陰ながら支えるこの仕事が、私は案外嫌いじゃなかった。
そんな一度目の生は、三十二歳で終えた。
事故だった。
しかし、それで私は終わりじゃなかった。
次に目を覚ますと、ある屋敷の娘になっていた。
一度目で言うところの『異世界ファンタジー物の創作物』の中のような世界で、貴族や王族がいて、身分があった。
私は伯爵令嬢で、家格は中の上である。
ある程度の教育と教養を学びながら、二度目の人生について考えて『一度目の人生で憧れたあの人みたいになろう』という目標を立てた。
秘書としてたまについて行っていた社長の会食で、出会った女性。
一般人の私から見ても、他と比べて一線を画す所作の美しさをしていた、敏腕女社長。
一度目の人生には『立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花』なんていう諺があったけど、それをそのまま体現したような人だった。
同性ながら「凛としていて綺麗な人だよなぁ」といつも思わず見惚れる程だった。
そんな彼女の言ってくれた言葉が、忘れられずに心に残っていたのだ。
「社長がこれだけ精力的に仕事をできているのは、貴女のお陰だと私は思うわ。ひたむきな貴女は綺麗だと私は思う」
それは、他の会食の出席者が、彼女を上げるためにたまたま同席していた同性の私をあげつらうような言い方をした日の事だった。
たとえそれが慰めの方便だったとしても、ただその言葉が嬉しかった。
強く優しく微笑んだ彼女の笑顔が眩しくて、その瞬間彼女が密かに私の、分不相応にも憧れとなったのだ。
転生し、今の私は貴族。
所作を磨くための環境は整っている。
その所作を実践する機会も、きっと今後訪れるだろう。
そう思った私は、彼女のいない世界で、彼女を目指してみると決めた。
頑張って、所作は勿論教養も身に着けた。
前々世で受けた義務教育では、中の上の成績をキープしていた程度の私だったけど、この世界の教育水準は、一度目の人生と比べると低かった。
そもそも子どもの頃に習得しうるには、十分すぎる知識を私は前世で既に持っていた。
だから、時間は沢山あった。
私はそれを、己を磨く事に費やした。
その結果。
「ごきげんよう、サレーラ様」
「今日も相変わらずお綺麗でいらっしゃる!」
「先日も、殿下方のご相談に乗り国営問題を解決されたとか」
夜会に出れば、出席者たちからそんな声をかけられるようになった。
私は笑顔で皆に「ごきげんよう」と言葉を返す。
磨いた美貌は元々の素地のよさもあって、老若男女問わず相手をポーッとさせるだけの力を持っていた。
そんな自分を、他と比べて秀でているとは思わなかった。
けど、自分やこんな自分を保つ手伝いをしてくれている使用人たちの努力は、胸を張って認める事ができていた。
もしかしたら憧れのあの人も、同じように見えないところで努力をしていたのかもしれない。
前は、あの人の全身からほとばしるような自信を、羨ましく思いながらも『雲の上の存在だ』と思っていた。
でも、もしそれが『努力に裏打ちされた自信』だったのだとしたら。
この時の私はそれを少しくらいは、理解できるようになっていた。
充実していた。
一度目の、秘書の人生とは違う役割を生きていたけど、こちらはこちらで《《演じる》》楽しさがあった。
染まるのではなく演じるに留まったのは、もう私の性格だろう。
分かりやすく言うと、私は猫を被っていた。
でも、屋敷内でさえ猫を被るこの生活を、苦に思った事はなかった。
そうして続く日々を楽しんでいた。
でも、それも終わりを告げたのだ。
――夜会で、火照った体を冷やすために、休憩がてらバルコニーに出た時だった。
ドンッ、と誰かから背中を押された。
視界が揺れて体を浮遊感が襲い、私の二度目は終わりを告げた。
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第一章:三度目の人生は、ハズレ
第3話 不遇を言葉でぶん殴って、逃走
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