第17話 魔王国の苦境
ケージの下ではここまでついてきたモフプニたちが「モフー」「ボフー」と寂しそうに鳴いている。
そんな私たちを見て、魔王様が「はぁ」とため息を吐いた。
「脆弱なニンゲンなのだから、もう少し自分が脆弱である事を自覚しろ」
その眉間には、またギュッと深いしわが寄る。
あれ?
これ、もしかして心配してくれている……?
「少しの間そこで大人しくしていろ」
「魔王さまは、ニンゲンと仲良くしたいの?」
思わずそんな疑問が口を突いて出た。
すると、返ってきたのは魔王様の答えじゃなくて、瞬間湯沸かし器のように怒ったレイルの声だ。
「お前のような下等生物と、魔王様が仲良くしたいなどと! それは魔王様への侮辱かっ! 脆弱なニンゲンがっ!!」
「落ち着けレイル」
「しかし!」
「たかがニンゲンの子どもの言う事だ」
魔王様に制されて、レイルが黙った。
それでもまだ噛みつくように睨まれている。
が、今ので分かった事もある。
この前の廊下での騒動の時も、そうだった。
どうやら『魔王が弱い者と一緒にいる』とか『仲良くしている・したいと思っている』というのは、あまりいい事じゃないらしい。
魔王様だし、『強くあれ』的な感じなのかな。
でも、別に仲良くする相手が強いからその人も強いっていう訳じゃないでしょ?
「……何でそう思った」
脳内に疑問を充満させていると、魔王様がそんな事を聞いてきた。
私はすかさず「え、だって」と答える。
「わたしを守るための『とうごく』なんでしょ?」
「本当に投獄するのなら、地下の檻に閉じ込める。これはただの『隔離』だ。……地下に置いたら俺の目が届かない。脆弱なニンゲンがいつ命を落とすか、分かったものじゃない。つまり、別にお前と仲良くしたいからではない」
ため息交じりに「安全を考慮しただけだ」と言われた。
私は「あぁなる程」と納得する。
やっぱりどうやらこの措置には、私への心配が含まれている。
多分この人、見た目ほど怖い人じゃない。
むしろ、実は優しい部類だ。
じゃなければ、ちょっと前までもティアリスに継母が言っていたみたいに、碌な食事も寝床も用意せずに「何でそんなにすぐ体調を崩すの?!」と理不尽に怒るくらいの事はする。
一人「うんうん」と頷く私に、魔王様の声が投げられる。
「少しそこで大人しくしていろ。仕事の邪魔になるような事はするな」
そう言って、魔王様は室内にある大きな机の前に座った。
そうなって、初めて辺りを見回す。
ここは、執務室だろうか。
鉄格子の向こうには今、立派な執務机と、眉間にしわを寄せてそれに向かう魔王様。
そして、その傍らに立つレイルの姿がある。
「それで、先程の続きだが」
「はい。新しく予算申請が来ています」
「……何だこの用途の『金の椅子』っていうのは」
金の椅子。
そう聞いて私が思い浮かべたのは、ちょっと目に痛い金色の椅子が黒い天井と壁の空間に、ドーンと一つ置いてある様子だった。
元々この城には、『黒地に金色の差し色』という組み合わせが随所に使われている。
だから金色のチョイスは百歩譲って、この城のデフォである可能性もあるけど――。
「用途は……『会議室に置く椅子の新調』だそうですね。個数は二十脚」
「金である必要はないだろう」
いや、どうやらそうではなかったらしい。
が。
「金がいいのでしょう。主戦派の中でも目立ちたがりのヴェンド伯爵からの申請ですから」
え、そんな理由なの?
「会議室の椅子など、皆で使うものだろうに。しかも二十脚だなんて、部屋の椅子を全て入れ替える気か」
金色の椅子がズラッと並ぶ、黒い会議室……。
想像してみたらかなり目が痛かった。
数の暴力である。
魔王様が、「ハァー」とため息を吐く。
相変わらず眉間の皺は深いが、怒りよりも殆ど困惑が多いように見えた。
どうしたものかという様子の彼に、「あー、これ、ちょっと既視感があるなぁ」と考える。
一度目の人生で、社長が似たような常務上意味のない、『ただの気分』とかいう名の無理を通そうとした。
その時の状況と、とてもよく似ている。
勿論私は会社の最高権力を止める立場で、彼は最高権力という立場から部下を止めたい訳だから、全然立場が違うんだけど。
その時は、たしか笑顔で「何故やりたいんですか?」って聞いて、以降は「それで?」を繰り返したんだよね。
だって、全然建設的な話じゃなかったから。
気分だけで会社のお金の三分の一をドカンと使おうとするとか、馬鹿なのかなって思ったし。
勿論ちゃんとした理由と会社としての利益が出る事なら、資金を投じたんだけど、そんなものはどこにもなかった。
結局社長は最後には、そんな私の笑顔の圧に恐れをなして諦めた。
――この人はどうするんだろう。
少しばかり興味がそそられて、私は悩む彼を静かに見守る。
「……流石にこの予算は承知できない。たとえ今まで散々予算申請を却下し続けているとしても、主戦派の機嫌取りにこれを通せば、我が国は歯止めを失う事になる」
「そんな輩、この申請書ごと消し炭にしてしまえばいいと私は思いますけどね」
「暴力に訴えたところで、この国は何もよくならない。それは却下だ」
「分かっています。いいと思います。私は魔王様のそういう考え、好きですから。――ただ」
レイルはそう言うと、首をすくめた。
「そういう保守的な考えが、主戦派の嫌うところなのでしょう。それこそ暴力に任せてこの国を統治していた先王を支持する派閥ですから」
「そうして上層部だけの支持を集めても、この国の大半はそれ以外の者だ。その者たちも疲弊している」
「最近、物資の配分や労働環境の改善についてなど、『魔族の種族に根付く差別思想』を根底にした嘆願が増えていますからね」
「それも、疲弊の現れだろう。……今までの服従と支配の国家運営では、もう成り立たなくなってきている。が、それを理解している者が、この国にはあまりにも少なすぎる」
「主戦派との間の縁談を受ければ、少しは状況が変わる可能性もありますが」
「口を出される回数が増えるのがオチだ。あと、結婚にはあまり興味がない」
なる程ね。
少しだけこの国の事が分かった。
この人は、今のこの国の体制を変えたいと思っているのだ。
でも、それが悉く上手くいっていない。




