第16話 言いたい事と、言わないといけない事
ギュッと眉間にしわが寄ったのを見て、怒らせてしまっている事を自覚した。
怒らせた理由なんて、幾らでも思いつく。
だって、私は部屋から勝手に抜け出して今ここにいる。
武官と喧嘩のような状況にもなっている。
そもそも喧嘩の発端が種族差別的なものだったような気がするから、そういう魔王国の常識に異を唱えたのも、もしかしたらよくなかったのかもしれない。
「この娘に何の用だ」
魔王様が、低い声で言う。
私に言ったのではない。
獣人種の武官にだ。
「いえ、その……無礼にも、こいつが獅子族の神聖なる尻尾を引っ張ってきて!」
「だから《》に、何の断りもなく手を出していいと?」
「『俺の客』……?」
恐怖に怯えた武官の声には、一匙の困惑が混ざっていた。
魔王様の言葉に、周りの野次馬たちもザワリと大きく揺れている。
チラリと聞こえてきた単語には「客?」「あの弱そうなのが?」というものがある。
私が弱いかどうかは一旦横に置いておいて、弱そうな人が魔王様の客だと、何か悪いの?
そんな疑問が生まれたが、少なくとも今聞ける空気ではない。
「本当にそんな弱っちそうなのが、魔王陛下の客人なのですか? そのような者を客人と呼ぶだなんて……恐れながら、陛下の格が下がってしまうのではないでしょうか」
そういえば、先程のこの武官は「弱肉強食」という言葉を使っていたなと思い出す。
少なくともこの男の中で「強い者こそ正義」という思想が確固たるものなのは、明白らしい。
しかし。
「――黙れ」
「ひっ?!」
瞬間、魔王様から、ブワッと威圧感が噴き出した。
私からすれば「すごいなぁ」と感心する程度のことだけど、他の人たちにとっては――真正面から威圧感を浴びているあの武官以外の人たちも、皆――声にならない悲鳴を上げる程の状況らしい。
皆、顔が青い。
冷や汗が止まらない。
がくがくと震えている。
腰が抜けている。
そんな面々の劇的な変化に、私が一人キョトンとしていると。
「なる程。ニンゲンの脆弱さとは、身体的なものだけだったか」
そんな、私にだけ聞こえるくらいの小さな呟きが頭上から降ってくる。
その声は、どこか少しだけ面白がっているような色があって。
「何が『弱い』だ。この中でたった一人、この子どもだけが俺の威圧に平然としている」
今度は皆に聞こえるように、魔王様がそう言葉を口にした。
別に、完全な『平然と』っていう訳じゃあないけどね。
でもそれは、今は言わないでおこう。
魔王様のその声で、皆の視線が一斉に私へと集まった。
目をぱちくりとさせた私を見て、皆一様に信じられない物を見たような顔になっていく。
「おいお前」
「ティアリスです、王さま」
「……何かこいつに言いたい事はあるか」
わざわざそんなふうに聞いてくれた彼に、私は少しだけ驚いた。
さっきから薄々感じてはいたけど、私に怒っている訳じゃあなさそう……?
眉間に深く刻まされた皺と、鋭い目と威圧感。
それらは依然として当初と変わらないけど、本当に怒っていたらわざわざ私にこんな事を聞いてはこないだろう。
……いや、今はそんなの、どちらでもいいか。
何かを言う機会がもらえるのなら、言いたい事が一つある。
「何があっても、だれかを蹴るのはダメだと思う!」
私は、武官にビシッと指を指して言った。
元々私が彼の前に躍り出た理由はコレだ。
暴力はいけない。
「でも」
だからといって、私に悪い所がなかった訳ではないとも思う。
不可抗力ではあったけど、私はおそらく彼にとって暴力にも等しいような侮辱をしてしまった。
そこに自覚とか無自覚とかは、あまり関係ない。
「尻尾を引っ張っちゃったのは、ごめんなさい」
そう言って、私はペコリと頭を下げた。
何故か、辺りがシンと静まり返った。
……ん?
一体何が――。
周りを見るために顔を上げようとした私は、すぐ後ろで立ち上がる魔王様の気配を感じた。
そして顔を上げるより一歩早く、首の後ろの服がグイっと引っ張られる。
軽くグエッとなった。
手足がプラーンとなる。
この感覚には既視感がある。
後ろを振り向けば、案の定首根っこの服を掴んで私を持つ魔王様と目が合って――。
「で、お前は何故ここにいる」
「うっ……」
「さてはこっそりと抜け出したな?」
「……」
魔王様の眉間の皺が、これ以上にない程深くなった。
そんな目で見つめられた私は……ソローリと視線を逸らす。
その結果。
「連行」
「いやぁーだぁーっ!!」
という事で、結局私はそのまま運ばれ、ポイッと元の部屋に戻された。
……が、こんな事でめげる私じゃない。
「秘密の出口、知ってるもんねっ!」
次の日も私は部屋からコッソリと外に出た。
が、出て割とすぐにたまたま魔王様と鉢合わせて、連行。
因みにその間、モフプニが一匹増えた。
また次の日も抜け出し歩いていたら、今度は先日の騒動を見ていた人が、ピヤッと飛び上がり慌ててどこかに行った。
戻ってきたその人の後ろには、なんと魔王様がいて……連行。
因みにその間、新たに二匹のモフプニと出会い、また増えた。
その次の日は、抜け出した後ちゃんと隠れた。
でも、何故かバレてまた連行。
勿論新たに五匹のモフプニと出会い、今、私の部屋には大小様々十匹ものモフプニがいる。
皆、私の外出についてくる。
因みに、日に日に眉間の皺が深くなっていった。
毎度も連行される私を見た周りからは、ヒソヒソと「非常食持ち歩き」とか聞こえてきたけど……え、食べないよねっ?!
食べてもおいしくないよ?!
ほら私、ここに来るまで碌にご飯貰ってなかったから、ガリガリだし!
なんて思っていたんだけど……。
七回目の脱走と連行の後。
ガチャンという音と共に、無情にも目の前で鍵がかけられた。
子どもが一人余裕で入る事のできるような大きさの、ラウンドケージ。
その中に、私は今閉じ込められている。
「わたし、鳥とかじゃないよ!」
「鳥じゃなくても、外に出す方が危険な時には使う。お前がちょうどいい大きさなのと、毎回凝りもせずに脱走するのが悪い」
これじゃあ情報収集に出られないじゃん!
そう思い、ブーッといじけて口を尖らせた。




