第15話 何故お前がそこにいる?! ~魔王ザクゼディア視点~
初めて『和平のための人材派遣』についての話を知ったのは、ニンゲンの国・グレンツェ王国からの手紙だった。
――十中八九、罠だなこれは。
見てすぐにそう思ったのは、あまりにも申し出が唐突で、胡散臭いものだったからだ。
元々我が国には、ニンゲンの国との国交はない。
ただ、隣接しているグレンツェ王国との間には、魔族を嫌うニンゲンたちとの精神的な軋轢もあり、五百年もの間、緊張状態が続いていた。
それでも、一度も国同士の取引はない。
手紙が送られてくる事すら一切なかった。
少なくとも俺は初めて聞いた。
王族書物庫を調べてみたら、どうやら三百年前に一通だけ、『これ以上はこちらから攻め込まないでやるから、そっちも間違っても結界を破ってやってこようとするな』というような文面が、回りくどく丁寧な文章で送られてきていた。
三百年といえば、ニンゲンの聖女が我が国の周りを囲う形で結界を張ったすぐ後のことである。
つまり、ニンゲンは俺たち魔族の国に勝手にやってきて、魔王を滅ぼそうとした挙句、それが無理だと悟った結果、結界を張って逃げた。
その結果、俺たちは皆結界の中に閉じ込められた。
それでも生きるのに困る訳ではなかったし、こちらも聖女と共に来た勇者一行の暴虐の爪痕から復興するために精一杯だった。
だから、一方的に告げられたその約束を、結果的に守った形になった。
その『約束』は今日まで守られ続けている。
が、我が国もそろそろ『人間たちに閉じ込められている』という現状に、しびれを切らしつつある。
それは、おそらくニンゲンたちも危惧しているところだろう。
我が国は、レイルの配下の人員を、秘密裏に密偵として放っている。
ニンゲンの国の動向を監視し、定期的に情報を吸い上げている。
だから、あちらが「結界も俺たちの忍耐も、よく持った方だ」と思っている事も、「最早いつ再び攻勢に出てもおかしくない」と思っている事も知っている。
今回の一方的な申し出についても、我が国との和平を本当に進めたい訳じゃなく、グレンツェ王国の内部事情が絡んでいるのだろうという事は、情報として知っていた。
なるほど、形だけでも和平を押し付けてくる事で、少なくとも我が国への牽制にはなる。
が、思惑はそれだけじゃあないだろう。
――魔王国の中枢に入り込み、内から魔王国を手中に収めようとしている。
もしくは内から瓦解させようとしている。
最悪なのは、根絶やしを目指している事だ。
ニンゲンは悉く我々魔族を目の敵にしている。
聖女が乗り込んできた三百年前も、問答無用だったと聞いている。
だから、俺たちが生きている事さえ許せずに、根絶やしにする事を正義だと思っていた場合、そういう事はあり得てしまう。
が、たとえ『手中に収める』方が目的だったとしても、ニンゲンが我々に抱く悪感情を思えば、どうしてもいい想像はできない。
奴隷も同然に働かされる。
ニンゲンで言うところの『人権』を、我々には与えないかもしれない。
そうなれば、最早生き地獄だ。
一国の王として、それは避けねばならない事だ。
はぁ、と深いため息が漏れた。
俺は俺で、国のためを思って動いているのだ。
今は内政に注力したい。
なのに、急に外から差し込まれた、降って湧いた介入にまで、どうして頭を悩ませないといけないのか。
……まだ、前魔王から王位を継いで、一年も経っていない。
敵は多い。
そんな中で、不安要素を迎えなければならないという事実に絶望しかけるが、こうなってしまった以上、仕方がない。
たとえ『勝手に来る』のだとしても、ニンゲンとの間に火種を抱えたくないのはこちらも同じだ。
どうにか諸侯をけん制しつつ、やってくる人質の動きも制御して……と、その前にそもそもその人質が、無事にこちらにたどり着けるのかが問題か。
途中で事故にでも遭われて、それをこちらのせいにされてしまっては、たまったものじゃない。
そうならないように、迎えをよこして……。
最初、レイルは迎え役を嫌がった。
それでも「俺が信じる事のできる人間は数少ない」と頼み、了承させて、竜で迎えに行かせた。
そう時間がかからずに戻ってきたのだが――。
「どちらかというと、手負いのオオカミ……」
そんな妙な呟きをした人質は、なんと年端も行かぬ幼子だった。
それどころか、一応身綺麗にはしているものの、あまりにも細い。
ちゃんと飯を食っているのか。
どちらにしろ、だ。
こんなのをよこして、一体あちらはどういうつもりだ。
そう思ったが、話を聞くに簡単な話、グレンツェ王国は貴族への懲罰を兼ねてこうしたらしい。
そもそもこちらへの進軍の牽制の意味も、勿論あるのだろうがな。
腹が立った。
が、このような事一つで激昂するのなら、それこそ「愚かなニンゲンどもを蹂躙してやれ!」とした方が早いのである。
そうでない道を選んでいる以上、当然そうするわけにはいかない。
――結局、あちらがどういうつもりであろうとも、俺がやるべき事は変わらない。
間違っても人質が死なないように、軟禁し、管理する。
それが、この国にとってもこの子どもにとっても、最も幸せなやり方だ。
この子どもだって、怖い目に遭いたくはないだろう。
今の魔王国は、ニンゲンであるこの子どもにとって、《《そういう事》》が起き得る場所なのだから。
俺に子どもを怖がらせる趣味はない。
だからそうした。
それなのに。
見つけたのは、たまたまだった。
レイルを連れて、執務室からちょうど出ていた。
部屋の外に用事があったのだ。
しかし、目的地に行く途中。
「口だけは褒めてやるよ、口だけはな。が、さっきも言ったろ? 所詮は弱肉強食だ」
そんな声が聞こえてきた。
「何だこの騒ぎは」
「見てまいります。魔王様はそこで少しお待ちを――」
「いや、どうせ通り道だ。自分で行った方が早い」
そんなやり取りをしながら声のする方へと歩いて行き、廊下の角を曲がったところ。
「プチッと潰された後で、あの世で自分の生意気な口を後悔するんだなぁ!」
言いながら、獣人種の武官が大きく振りかぶっていた。
ブンッと空を割く拳の向かう先には――何故お前がそこにいる?!
そこにいたのは、人質であり、厳重に軟禁している筈の例のニンゲンの子どもだった。
気付けば体が動いていた。
まるで止まっているかのようなその拳を、片手の掌で受け止める。
繰り出された拳は、並みの魔族相手ならばまだしも、俺相手には脅威どころか、かすり傷一つ付けられないような威力だった。
感じたのは、一拍遅れて訪れた多少の風圧だけ。
それも、髪先を揺らすだけに留まった。
何の問題もない。
それよりも。
庇った子どもは、一体どこから連れてきたのか。
色違いの綿毛スライムたちと共に、ペタンと床に尻もちをついていた。
「魔王さま」
舌っ足らずな声でそう呼んだソレは、暢気にもキョトン顔である。
――まるで、「何故ここに?」とでも聞いてきそうな顔だ。
ニンゲンは、脆弱な生き物だという話だ。
伝え聞いている逸話によれば、デコピン一つで死に至るという。
だというのに、この子ども。
先程のあの瞬間まで、命を脅かされていた事にすら気付いていないような阿呆面。
脆弱な上に危機感も薄いとは。
今までよく生きていられたな。
……もしや、今の僅かな風圧だけで、骨など折れてはいないだろうな。
そう思えば、自ずと眉間の皺も深くなった。




