終章「永遠のプリンセス、らしいが」・第11章 焼け跡と次の場所
トップ交代が正式に発表された翌週、社内は不思議な明るさに満ちていた。
「刷新」「グローバルスタンダード」「持続的成長」
そんな言葉が社内報に躍る一方で、廊下の片隅では、誰かが小声で「首切り」「お家騒動」「外資の植民地」とささやいている。
森岡は、新しい名刺を受け取った。
取締役。
小さな文字だが、その重さは知っている。
それでも胸の奥にある感覚は、出世というより「後始末係」に近かった。
夕方、ビルの下の小さな喫茶店で、政界プリンセスと向かい合う。
「おめでとう、でいいのかな。女性初の取締役だね」
政界プリンセスは、昔と同じように湯飲みで日本茶を飲んでいた。
外資CEOとの会食に出るときもあるはずなのに、この店ではいつもこれだ。
「ありがとう、で受け取っておきます」
森岡は笑う。
「でも、正直、焼け跡の整理みたいなもんです」
「焼け跡、ね」
政界プリンセスは窓の外を見た。
「わたしも、ここを出ることにしたよ」
「やっぱり」
驚きはなかった。
「義理の兄がね、『ここまで巻き込まれたなら、一度、距離を置いたほうがいい』って」
政界プリンセスは苦笑いを浮かべる。
「本当は、義理の妹を守るために、この会社に目を光らせてたのにね。
その目があるからこそ、禿鷹外資も簡単には入ってこられなかった」
「結果的に、それも終わるわけですね」
「うん。でも、代わりに、アイビーの友だちが入ってきてる」
彼女は、外資CEOの名前を出さずに言った。
「あの人、わたしにこう言ったよ。
“君がそこにいる限り、僕は加減する。でも、君がそこを出るなら、僕は遠慮しない”って」
「それで、出ることに?」
「わたしは、誰かの『ブレーキ』でいるために、ここにいるわけじゃないからね」
森岡は、しばらく黙っていた。
「次は、どこへ?」
「まだ決めてない」
彼女は笑う。
「でも、たぶん、またどこかの“辺境”だと思う。中央のきらきらした場所より、少し端っこのほうが好きだから」
「君らしいですね」
森岡自身の「次の場所」は、もう少し具体的だった。
外資と政界と創業家の間で、新しいガバナンスを組み立てる仕事。
現場叩き上げとして、数字と人の両方を見に行く役。
「わたしは、しばらくここに残ります」
森岡は政界プリンセスの湯飲みを見下ろしながら言った。
「この会社が、誰かの劣等感でまた燃えないように、最低限の消火設備くらいは整えてからにしたい」
政界プリンセスは、少し目を細める。
「取締役って、大変だね」
「現場のほうが気楽でしたよ」
森岡は笑う。
「飛び込み営業のほうが、まだ相手がはっきりしていた」
二人の間に、しばし静かな時間が流れた。




