君のことが、わからない
「それ、何にゃ?」
鍋の中を覗き込みながら、あたしは聞いた。
野菜と肉が一緒に煮込まれている。いい匂いがする。
「汁物だ」
「それは見ればわかるにゃ」
ちょっと呆れて言うと、ルカにゃんは一瞬だけこっちを見た。
「豚汁、みたいなものだ」
その言葉に、ぴくっと反応してしまう。
豚汁って、完全に日本のやつなんだけど。
「〝みたいなもの〟って何にゃ?」
「似たような材料を使ってるだけだ。名前は……適当だ」
ルカにゃんはさらっと言う。でも、そんな偶然ってある?
具材の切り方も、妙に整ってる。火加減も、混ぜるタイミングも。
なんか、全部〝慣れてる〟みたい。
前のあたしが知ってるやり方と、ほとんど同じ。
やっぱり、この人……。
そこまで考えて、やめる。まだ、確信はない。……でも。
「……変なの」
小さく呟くと、
「何がだ」
すぐに返ってきた。
「別にー」
あたしは笑ってごまかす。
今ここで聞くのは、違う気がした。
「……ねえ」
配る前に、あたしは小さく声をかけた。
「ちょっとだけ、味見していいにゃ?」
「構わない」
ルカにゃんに許可をもらったので、お椀に少しだけよそって、口に運ぶ。
「……あ」
思わず、声が漏れた。
あったかくて。少ししょっぱくて。でも、ただそれだけじゃなくて。
なんか、こう……
「……これ、なんか知ってる味な気がするにゃ」
ぽつりと呟く。
懐かしい、っていうか。前の「あたし」の記憶のどこかに、引っかかる感じ。
「気のせいだ」
ルカにゃんは、あっさり言った。
「栄養効率を考えて調整しただけだ」
……ほんとに? そんな都合よく、〝似る〟ことあるにゃ?
やっぱり、この人……。
また、同じ考えが浮かぶ。でも、やっぱり飲み込んだ。
その日の炊き出しは、いつもより人が多かった。匂いにつられて集まってきたのかもしれない。
「すごい」
「こんなの初めて食べた」
そんな声が、あちこちから上がる。
子どもが笑ってる。大人も、少しだけ安心した顔をしてる。
配り始めると、列はすぐに伸びた。
「次」
「順番守れ」
ルカにゃんは、いつも通りの調子で配っていく。
「お兄ちゃん、ありがとう!」
小さな子どもが、笑いながら器を受け取る。そのまま、ルカにゃんの服の裾をちょっと引っ張った。
「また来てね!」
ルカにゃんは、その手を軽く外して。
「ああ」
それだけ言った。
……いや、軽くない?
「なにその反応」
思わず横から口を挟む。
「もっとこう、あるでしょ。嬉しそうにするとか」
「必要か?」
「必要にゃ」
即答すると、ルカにゃんは少しだけ眉を動かした。
でも、それだけだった。
子どもはもう満足したのか、走って戻っていく。その背中を見ながら、あたしはなんとなく思った。
優しいくせに、優しくない。
配布は、行列から想像していたよりも、やけにスムーズだった。列ができているのに、ほとんど滞らない。
「……次」
「器を出せ」
「はい、終わり」
動きに無駄がない。ほんとに、びっくりするくらい。
「……ねえ」
小声で聞く。
「さっきから、ずっと同じペースで配ってるにゃ」
「そうだな」
「疲れないの?」
「効率を落とす理由がない」
さらっと言う。
「あと二分でこの列は終わる」
「……にゃ?」
思わず変な声が出た。
「人数と配布速度から計算した」
何でもないことみたいに言う。
……なにそれ。人が相手なのに、なんでそんな、全部計算できるの?
そのとき、なんとなく、背筋がぞわっとした。
やっぱりこの人、ちょっとおかしい。
それでも、配られた人たちは、みんな嬉しそうで。
「ありがとう」って言ってて。
ルカにゃんは、やっぱり同じ顔のままで。
ほんとに。君のこと、わからない。
炊き出しが終わったあと。人がいなくなった場所で、あたしは伸びをする。
「はー、疲れたにゃ」
配るの手伝うだけでも、地味に大変だった。
「おつかれ」
棒読みだ。
「もうちょい気持ちこもらない?」
「必要か?」
「必要にゃ」
即答すると、ルカにゃんは今度は軽くため息をついた。……頑張れルカにゃん。君には、必要なことが多いよ。
その日の夜、あたしは水を取りに少し離れた。
戻ってきたとき、たまたま、見てしまった。ルカにゃんが、一人で座ってるところ。
手には、黒くて硬そうなパン。それと、ほとんど具のない、色の薄いスープ。
「……え?」
思わず声が出た。なにあれ。どうして、そんな物を。
「何してるにゃ」
近づきながら言うと、ルカにゃんは少しだけ顔を上げた。
「食事だが」
ルカにゃんは当たり前みたいに言う。
「いやいやいや」
あたしはルカにゃんの持っているものを指差す。
「それ、何にゃ」
「見てわからないのか。パンとスープだ」
「さっきのやつは!?」
思わず声が大きくなる。
「もう配り終わった」
「じ、自分の分は!?」
「ない」
ルカにゃんは平然としたまま言う。意味がわからない。ほんとに。
「なんでにゃ!?」
「足りないからだ。全員に行き渡らせる方が優先だろ」
「はぁ!?」
思わず叫ぶ。
「いやいやいや、おかしいにゃ!!」
「何がだ」
「君が作ったんでしょ!?なんで君が一番しょぼいの食べてるにゃ!!」
ルカにゃんは、少しだけ考えるみたいに間を置いてから、
「合理的だろ」
って言った。
「どこがにゃ!!」
「俺は別に、これで問題ない」
ルカにゃんは黒パンを一口かじる。硬そうな音がした。
「必要な栄養は、最低限取れている」
「……そういう問題じゃないにゃ」
声が、少しだけ低くなる。だって、あんな顔で、人にご飯配って。こんなもん食べて。
それで、なんで平気なの。
「君さ」
じっと見つめる。
「ほんとに、それでいいの?」
ルカにゃんは、少しだけ視線を逸らして。
「問題ないと言っている」
それだけ。
……ダメだ、これ。
「わけわかんないにゃ」
ぽつりと、漏れた。
炊き出ししてるときも、お金のときも、さっきの料理も、全部。
「君のこと、全然わかんないにゃ」
ルカにゃんは、何も答えなかった。




