君は、変なやつだ
「……君、意外とお金にがめついんにゃね」
「褒め言葉として受け取っておく」
ルカにゃんは、涼しい顔でそう返した。
ほんと、この人わけわかんない。
空腹で倒れていたあたしを拾ったのは、ルルカーシュという男の子だった。
くすんだ青い髪に、宝石みたいな赤い瞳。
第一印象は……冷たい、だった。
「俺は『炊き出し』というものをしている。人に無償で料理を振る舞う行為だ。だから、生き倒れそうになっていた君も助けたし、君から何か代価を払ってもらおうとも考えてない」
そう言って、あたしに食べ物を渡したあと。
「じゃあな」
ほんとにそれだけ言って、そのまま去ろうとした。
いやいやいや。
「ちょっと待つにゃ!」
思わず腕を掴む。
「なんで行こうとするんにゃ?」
「なんでって……次の場所に行く途中だからだ。遅れるわけにはいかない」
ルルカーシュはあたしの手を、ちょっと面倒そうに見下ろす。
……今、聞き逃せない単語あったよね。
〝炊き出し〟
それ、前の「あたし」の記憶にあるやつなんだけど。なんでこの世界で、そんな言葉が出てくるの?
少なくとも、ここらへんで〝炊き出し〟なんて文化は無いはず。なんか怪しい。
「じゃあ、あたしも連れてって」
考えるより先に、口が動いていた。
「……は?」
「戦えるし、役に立つにゃ。君、戦えないでしょ?」
極度の空腹状態だったあたしよりも細い身体。絶対に戦えるわけがない。
少しの沈黙。それから、ルルカーシュはため息をついた。
「……好きにしろ」
それが、あたしたちの旅の始まりだった。
結果から言うと、あたしは今もルカにゃんと一緒にいる。
「ルカにゃん、次は何作るの?」
鍋をかき混ぜる手元を覗き込みながら、あたしは聞く。
「……その呼び方、やめろ」
ルカにゃんは手元に目線を落としたまま、そう言った。
ルカにゃんと呼び始めたのは、結構最初の方。距離を詰めてみたくてそう呼んでみたのが始まり。
「えー、いいじゃん。可愛いにゃ」
「可愛さは求めてない」
ほんと、ノリが悪い。
でもこいつ、やってることは、もっとわけわかんない。
「ほら、並べ」
ルカにゃんがそう言うと、集まっていた人たちが列を作る。子どもも、大人も、年寄りも。みんな、少しだけ疲れた顔をしてる。
「今日はたまご入りスープだ。順番に受け取れ」
そう言って、ひとりひとりに料理を渡していく。
手際はいい。無駄もない。……でも。
「……はい、次」
表情が、変わらない。
ありがとうって言われても、頭を下げられても子どもに笑いかけられても、何も。
ほんとに、何も変わらない。
「おいしかったよ!」
「助かりました……!」
そんな声が、あちこちから聞こえる。でもルカにゃんは、
「そうか」
それだけ。
嬉しそうでもなければ、誇らしそうでもない。ただ、作業みたいに続けてる。
……なにそれ。
思わず、じっと見てしまう。
だっておかしいでしょ。こんなに感謝されてるのに。こんなに人、助けてるのに。
なんで、そんな顔してるの。
「……君さ」
気づいたら、声をかけていた。
「なんでそんなことしてるにゃ?」
ルカにゃんは、一瞬だけ手を止めて。こっちを見た。赤い目が、まっすぐ向けられる。
「別に」
そして、すぐに視線を戻す。
「損はしてないからな」
……また、それ。ほんとに、わけわかんない。
炊き出しが終わったあと。人がいなくなった場所で、あたしは鍋の残りをぼんやり見ていた。
「……全部、配るんだにゃ」
「当然だろ」
後ろから、いつもの温度の声。振り返ると、ルカにゃんはもう次の準備を始めていた。
使った道具を手早く片付けて、残った食材も無駄なくまとめていく。その手つきは慣れてるっていうか……慣れすぎてる。
「残しとくとか、考えにゃいの?」
「腐らせる方が損だ」
即答だった。……ほんと、この人ブレない。
「じゃあ、次は?」
「食材の補充だ。あと、資金の確保」
「資金?」
あたしが首をかしげると、ルカにゃんは当然みたいな顔で言った。
「無償で配る以上、材料は自分で用意するしかないだろ。炊き出しをする時、他に色々物を売ったりはしてるけど、微々たるものだしな」
ああ、なるほど。確かに全部の材料を買ってたら、すぐに炊き出しは成り立たなくなる。……でも、
「じゃあ、今まではどうしてたにゃ?」
あたしが聞くと、ルカにゃんは少しだけ考える素振りを見せてから答えた。
「買えるときは買う。無理なときは、野草や安い穀物でどうにかする」
「それで足りるの?」
「足りてないな」
さらっと言い切った。
「量も質も、最低限だ」
……それで、あんな大勢に配ってたのか。
そりゃ、あんな感じになる。
味は悪くなかったけど、どっちかっていうと〝腹を満たすためのもの〟って感じだったし。
特に今日のスープは、たまごが全然入ってなかった。葉っぱの野菜ばっかり。これじゃあ、タンパク質っていう栄養素が足りてないような。
少しだけ考えてから、あたしは言った。
「じゃあさ」
ルカにゃんがこっちを見る。
「肉、もっとあった方がいいにゃ?」
「……あれば、栄養は偏らない」
「だよね」
にやっと笑う。
「なら、あたしが取ってくるにゃ」
一瞬、沈黙。
ルカにゃんはあたしをじっと見て、
「……できるのか?」
って、淡々と聞いてきた。
ちょっとだけムッとした。
「できるにゃ。こう見えて、地元では狩り担当だったんだから」
「……そうか」
興味なさそうな返事。でも、止めはしなかった。
「じゃあ、行ってくるにゃ」
軽く手を振って、あたしは森の方へ向かう。
久しぶりの感覚だった。森の中に入ると、空気が変わる。人の気配が消えて、音が増える。
風の音。葉の擦れる音。小さな生き物の動く気配。
……懐かしい。
少しだけ、胸の奥がざわつく。でも、それを振り払う。今は、やることがある。
足音を殺す。呼吸を整える。気配を探る。
……いる。
右奥、茂みの向こう。小型の獣。距離は、十分。
地面を蹴る。
一気に間合いを詰めて、迷いなく爪を振る。
短い音。それだけで、終わった。
「……こんなもんにゃ」
息を整えながら、仕留めた獲物を持ち上げる。
体はちゃんと動く。腕も、足も、感覚も。少しだけ、安心した。ちゃんと、まだできる。
戻ると、ルカにゃんは同じ場所で待っていた。
「ほら」
獲物を軽く持ち上げて見せる。
「使えそう?」
ルカにゃんはそれを一瞥して、
「問題ないな」
とだけ言った。
それから、少しだけ間を置いて、
「……効率はいい」
ぽつりと付け足す。
それがたぶん、こいつなりの評価なんだと思う。
「でしょ?」
ちょっとだけ得意げに言うと、
「調子に乗るな」
すぐ釘を差された。
……ほんと、かわいくない。
でも。さっきより、少しだけ。こいつの役に立ててる気がした。
そのあと、あたしたちは近くの街に向かった。
石造りの建物が並んでて、人も多い。
ちょっとだけ視線が気になったけど、前みたいに露骨に拒絶される感じはなかった。ルカにゃんが一緒だから、ってのもあるのかもしれない。
「こっちだ」
案内されたのは、鑑定所だった。狩った魔物を売る場所らしい。
「へー、こんなとこあるんにゃ」
森で暮らしてきたあたしには、全部が新鮮で驚きがたくさんだ。
中に入ると、担当らしき男が出てくる。あたしが持ってきた魔物を見て、少し目を見開いた。
それから急いで鑑定してくると、慌てて奥へ引っ込んだ。結構待つと、何かが多く入った袋を沢山持ってきた。音からして多分、お金だと思う。
「それでは、銀貨三百枚でいかがでしょうか?」
「安いな。この魔物はほとんど損傷がない。最低でも四百は出せるはずだ」
即答。しかも、やけに具体的。
「そ、それでは……四百二十枚でどうでしょう?」
「ああ、それでいい」
話が早すぎる。あたし、ついていけてない。
というか……なんで、そんな詳しいんだろ?
鑑定所を出たあと、ルカにゃんは袋に入ったお金を軽く持ち上げて確認する。
「……予定通りだな」
「ねえ」
あたしは、隣を歩くルカにゃんを見上げた。
「君さ、なんでそんなに詳しいの?」
「何がだ」
「値段とか。あんなの、普通わかんないにゃ」
少しだけ間があった。ほんの一瞬。でも、確かにルカにゃんの視線が泳いだのが、見えた。
「……本で読んだ」
それだけ言って、前を向く。
本。また、それ。これまで何度もルカにゃんに聞くと、同じような答えが返ってくる。
「その本、なんでも載ってるにゃ?」
「だいたいはな」
「ふーん……」
軽く返しながら、あたしは考える。
炊き出し。妙に手際のいい調理。この世界では知らないはずの知識。
それに、あの誤魔化し方。やっぱり、変だ。
「ルカにゃん」
「その呼び方やめろ」
「じゃあ、ルルカーシュ」
「……どっちでもいい」
どっちでもいいのか。
「君さ」
少しだけ、真面目な声で言う。
「前にさ……」
そこまで言って、やめた。
まだ、確信はない。でも。
……なんか、似てる気がする。
前の、「あたし」に。
「……なんでもないにゃ」
そう言って、あたしは視線を逸らした。
ルカにゃんは特に気にした様子もなく、歩き続ける。その横顔はやっぱり、何を考えてるのか、全然わからなかった。
ほんとに……君、変なやつだ。




