第五十一話:決意
王都での激闘を終え、一行は無事に自分たちの居場所――『バッカス亭』へと帰還を果たしていた。
留守を預かっていた今では闇医者の影もなくなったガレンや店主バッカスたちとの再会を喜び、ささやかな宴を開いた日の深夜。
店が静まり返り、アルフレッドも深い眠りについた頃。フェリシアとセラは、大柄な店主であるバッカスに呼ばれ、薄暗い一階のカウンターに並んで座っていた。
「……二人とも、王都では大変だったみたいだが、無事に乗り越えたようだな」
グラスを拭きながら、バッカスが静かに口を開いた。いつも通りの、口数の少ない大柄な酒場の親父。
しかし次の瞬間、彼の纏う空気が『変質』した。
周囲の空気が甘い酒の香りに包まれ、神々しく、それでいて底知れぬ深みを持つ絶対者のオーラが店主の巨体を覆う。
『酒神バッカス』としての、神の顕現だった。
「っ!?バッカス様あなたは一体何者ですの?」
「おっと、お前には本当の自己紹介がまだだったな。俺は『酒神バッカス』そんでこの世界の『主神』ってやつだな。」
突然のカミングアウトにフェリシアは柄にもなく完全にフリーズしている。
「……セ、セラあなたは知っていましたの?」
「……はい。王都への出立前にお伺いしました」
「ま、そんなことは些末なことだ、気にする必要はない。さてフェリシア。お前のユニークスキル……【聖域の給仕長】だったか」
バッカスはグラスを置き、フェリシアを真っ直ぐに見据えた。
「『客と従業員を守るための絶対の規律』……ほぉ、そんな風に仕上がったか。ただの防御魔法じゃない、あいつの在り方に寄り添った、極上の盾だ」
「……お、恐れ入ります、バッカス様」
フェリシアは椅子に座ったまま、深く頭を下げた。
「そしてセラ。お前もあいつの右腕として本当によく仕上がったもんだ。」
バッカスの言葉に、セラが無表情のまま、しかし安堵に薄藍色の瞳を揺らす。
「お前たち三人に飲ませた『神酒』も無事に定着したようで何よりだ」
「では……」
「ああ。お前たちに備わるユニークスキルをどれだけ使っても、もう魂の器が壊れることはない。それにおまけでお前たち三人は不老となった。女子にはこっちのが嬉しい特典か」
「「不老……」」
セラとフェリシアは実感の沸かぬ顔を見合わせた。
「……で、だ」
バッカスが、ふと悪戯っぽい、父親のような笑みを浮かべる。
「これからはどうするつもりだ? お前たち二人は」
「「え……?」」
「王都でのアレコレは片付いた。フェリシア、お前は子爵令嬢になったんだ。実家に帰って貴族らしく生きる道もある。セラ、お前ももう追われる身じゃない。自由に生きていい。……あいつの傍に、ずっといるのか?」
バッカスの問いに、店内は一瞬の静寂に包まれた。
だが、二人の少女が答えを出すのに、一秒すら必要なかった。
フェリシアとセラは互いに顔を見合わせると、ふっと微笑み合い、同時にバッカスへと向き直った。
「これからは、ただの貴族の令嬢として生きるつもりは毛頭ありませんわ。私は今後、バッカス亭の給仕として、そして……アルフレッド様に嫁ぎたいと、そう思っております」
「……私も、です。アル様の厨房の右腕は、誰にも譲りません。アル様は、私とフェリシア様……二人で支え、独占します」
正妻戦争など起こらない。共に死線を潜り抜け、アルフレッドという奇跡の男の背中を見続けた二人だからこそ出せる、強固な合意だった。
「……カッカッカッ! いいじゃねえか! あいつほどの男なら、お前たち二人を抱えるくらいの甲斐性はあるだろうよ!そして給仕か。店が賑やかになるのは良いことだ、それについては好きにしてくれ」
バッカスは豪快に笑うと、カウンターの奥から二つのグラスを取り出し、極上の果実酒を注いで二人の前に置いた。
「俺からの祝福だ。……しっかり捕まえておけよ」
◇◇◇
翌朝。
バッカスとの対話で完全に腹を括ったフェリシアは、子爵邸に戻りロズウェル子爵の部屋を訪れていた。
「――お父様。折り入って、お話がございますわ」
居住まいを正した娘の真剣な表情に、子爵は読みかけの書物を置き、姿勢を正した。
「……なんだね、フェリシア。改まって」
「私は、これからは『バッカス亭の給仕長』として生きていきます。政略の道具として貴族社会に戻るつもりは、一切ございません」
子爵は驚かなかった。王都での娘の覇気と、アルフレッドたちとの絆を見れば、それは火を見るより明らかだったからだ。
「そして……私は、アルフレッド様に嫁ぎたいのです。貴族の籍を抜くことになっても、構いません」
フェリシアは、真っ直ぐに父の目を見つめて言い切った。
子爵は少しの間目を丸くしたが、やがて腹の底から愉快そうに笑い声を上げた。
「はっはっは! なにを言うかと思えば! 籍を抜く必要などどこにある!」
「え……?」
「フェリシアよ。お前は少し、平民と貴族という『身分』に囚われすぎているようだ。……いいか、領地の死の病を雨で洗い流し、王都の理不尽すらたった一つの料理で平伏させた男だぞ? 『平民』であることなど、あの男の奇跡の前では何の意味も持たん」
子爵は立ち上がり、愛娘の肩に優しく手を置いた。
「アルフレッド殿にうちの娘をもらっていただけるのなら、子爵家としてこれ以上の誇りはない。むしろ、うちには勿体ないほどの最高の男を捕まえたな! ロズウェル子爵家は、今後バッカス亭と、お前たち二人を全力で支援する。……大手を振って、あの男の胸に飛び込んでこい!」
「……お父様! ありがとうございます……っ!」
◇◇◇
「――というわけで、お父様の許しは得ましたわ!」
自室に戻ったフェリシアは、待ち構えていたセラに満面の笑みで報告した。
「……良かったです。これで、障害は何もありませんね」
セラも無表情ながら、瞳の奥に確かな喜びの炎を灯している。
バッカスの承認、子爵の承認。あとは、鈍感な奇跡のバーテンダーの首に『首輪をつける』(プロポーズする)だけである。
「それで、セラ。どうやってアルフレッド様に私たちの気持ちを伝えますの?」
フェリシアの問いに、セラは少しだけ頬を朱に染め、真剣な顔で切り出した。
「……数ヶ月前、まだ寒かった頃のことです。アル様がお酒のアテに、あるお菓子を作ってくれたことがありました」
「お菓子?」
「はい。その時、アル様が教えてくれたんです。……遠い異国には、一年に一度、この時期に『女性がこぞって意中の男性にチョコレートを渡し、気持ちを伝えるイベント』がある土地があったのだと」
フェリシアは目を丸くした。
「チョコレート? あの、王族や大貴族が薬として飲む、ドロドロとした苦い高級な飲み物を? それを渡して気持ちを伝えるですって?」
「いいえ」セラは首を横に振る。「アル様が作ったのは、カカオの油分を調整して固められた、甘くて口の中でとろける『固形のチョコレート』でした。……あれなら、間違いなく想いが伝わります」
なるほど、とフェリシアは扇をポンと叩いた。
「私たちの愛する人は、奇跡の料理人。ならば、愛を伝える手段も『最高の食』であるべきですわね……!」
「はい。……ですが、アル様に隠れて作らなければなりません」
「ふふっ、任せておきなさい。材料なら、ちょうどいい『運び屋』が王都から一緒に帰ってきているではありませんか」
フェリシアは悪戯っぽく笑うと、一階の酒場で呑気に酒を飲んでいるであろう商人の顔を思い浮かべた。
アルフレッドには絶対に内緒の、季節外れのバレンタイン・ミッション。
不器用なメイドと、料理は素人寄りの令嬢による、愛する男を落とすための甘い甘い企みが、今ここに幕を開けた。
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