第四十七話:八重の要塞
「――我が国最高戦力を前に貴様の盾の魔法がいつまでもつか見ものだな。大人しくしていれば可愛がってやったものを。もういい、ヨハネス!ディミトリ!そこで仲良く化け物同士合挽き肉にかえてやれ!」
第一王子が醜悪に顔を歪め、勝利を確信したように高笑いする。
その号令を皮切りに、王国最高戦力の二人が同時に動いた。
「まずはその目障りなガラス板ごと、こんがりと焼き払ってやろう。中級火魔法『ファイアボール』――からの、風魔法『ウィンドカッター』!」
宮廷魔導師長ヨハネスの杖から、数十発の火球が真空の刃に伴って地下室を乱舞する。逃げ場のない閉鎖空間。一つ一つが岩を容易く砕き、人間を炭化させるほどの弾幕。
だが、フェリシアは背後のアルフレッドを庇うように立ち、一歩も動かない。
「――申し訳ございません。当方への『攻撃』というご用件は……【ご予約】をいただいておりませんわ」
カァァァァァッ!!
フェリシアの眼前に展開された、幅一・五メートル、高さ二・五メートルの巨大な半透明の大盾。荘厳な意匠が刻まれたその表面に、炎と風の複合魔法が着弾した瞬間、魔法は威力を殺され、明後日の方向へと無為に弾き飛ばされた。
「チィッ、忌々しい盾め! ならば――」
ヨハネスが舌打ちをした瞬間、弾かれた炎の目眩ましを潜り抜け、すでに巨漢の騎士がフェリシアの眼前に迫っていた。
王国騎士団長ディミトリ。彼が王国最強たる所以は、その常軌を逸した基礎身体能力と、洗練され尽くした王国の標準剣技にある。
「見事な反応だ、令嬢。だが、物理の質量はどうだ!」
ディミトリの身の丈ほどもある大剣が、空気を叩き潰すような轟音と共に上段から振り下ろされた。ただの唐竹割り。しかし、それは鋼鉄の城門すら一撃で粉砕する純粋な暴力の結晶だった。
ギィィィィィンッ!!!!
大剣がフェリシアの盾に激突し、地下牢全体がビリビリと激しく震動する。
「……お客様。店内での粗暴な振る舞いは、他のお客様のご迷惑となりますのよ」
フェリシアの足元の石畳が衝撃で放射状にひび割れたが、彼女が展開した盾には傷一つ付いていない。ディミトリの目が見開かれる。
(馬鹿な……俺の全力の一撃を、涼しい顔で受け止めるだと? いや、違う。これはただ硬いだけではない。俺の剣の威力が、刃の先端から『拒絶』されている……!)
ディミトリは即座に大剣を引き戻し、流れるような連撃へと移行する。
袈裟懸け、逆袈裟、突き、横薙ぎ。重戦車のような一撃一撃が、目にも留まらぬ速度でフェリシアの盾を叩き続ける。火花が散り、衝撃波が地下室の空気を震わせるが、フェリシアは完璧な営業スマイルを崩さないまま、自動展開される盾でその全てを捌き切っていた。
「ええい、ディミトリ! 貴様の剣では埒が明かん、そこを退け!」
後方からヨハネスが苛立たしげに叫ぶ。彼の杖の先端では、空気が悲鳴を上げるほどの熱量が圧縮され始めていた。
「その盾ごとドロドロに溶かしてくれる! 上級火魔法『ファイアジャベリン』!!」
「ヨハネス、よせッ! ここは地下だぞ!!」
ディミトリの制止も間に合わず、戦車すら溶かす超高密度の炎の槍がフェリシアへと放たれた。
「……お断りいたします」
ドゴォォォォォンッ!!!
ピシッ!
フェリシアの盾に直撃した上級魔法は初めて一枚の盾にヒビを入れたが、彼女の『アポイントの欠如』による拒絶により、前に進む力を完全に失い、行き場を無くして周囲へと爆散した。
「ぬおおッ!?」
「ひぃぃぃっ! 熱い、熱いぞッ!!」
弾き返された超高熱の爆風と炎が地下室に吹き荒れ、後方にいたヨハネスと、彼らの後ろに隠れていた第一王子の顔を激しく焼いた。石造りの天井が熱で爆ぜ、巨大な瓦礫が音を立てて崩れ落ちてくる。
「チッ……! だから言ったのだ!」
ディミトリが大剣を振るって第一王子の頭上に落ちてきた瓦礫を弾き飛ばし、忌々しげに舌打ちをした。
煙が晴れた先。フェリシアは、炎の嵐の中でも無傷のまま、背後のアルフレッドを優しく抱擁するように守り抜いていた。
「……下がっていろ、ヨハネス」
ディミトリが、大剣を片手に重々しい足取りで再び前に出る。
「お前の大仰な魔法では、あの女を殺す前にこの地下牢が崩落する。殿下を瓦礫の下敷きにする気か」
「ぐっ……! し、しかし、あのふざけた小娘の盾は……!」
「……ああ。魔法も物理も等しく弾く『不可侵の概念』だ。半端な広域魔法では、跳ね返った余波で殿下を危険に晒すだけだ。……だがお前のお陰であれが壊せぬものではない事もわかった。ここから先は俺の領分だ。手出しは無用だぞ」
ディミトリはヨハネスを強引に黙らせると、フェリシアとその背後で彼女に庇われているアルフレッドを見据え、ゆっくりと息を吸い込んだ。
「魔法を防ぐ結界の類は山ほど見てきたが、物理的な斬撃をあの精度で弾く盾は初めてだ。だが……純粋な『武の極致』の前に、いつまでもつかな?」
ディミトリの巨体を包む空気が『ギュッ』と圧縮されたように鳴動した。
「まずは手数。王国剣技・奥義が一つ――『壱式:風車』」
ヒュンッ!!
空気を切り裂く音よりも早く、ディミトリがその場で大剣を連続で振り抜いた。
刃が音速を超えたことで発生した不可視の『衝撃波』が、無数の刃となって地下室の空間を切り刻みながらフェリシアへと殺到する。遠距離からの不可避の斬撃網。ディミトリは一瞬で百を超える斬撃を繰り出していた。
「……お客様。当店では、アポイント(ご予約)のない『飛び込み営業』は固くお断りしておりますの」
フェリシアは一歩も動かない。
彼女の眼前に追加で三枚、計四枚展開された半透明の大盾が、飛来する音速の衝撃波をことごとく受け止める。
ガガガガガガガッ!!! と火花と甲高い激突音が連続して響き渡るが、フェリシアの豊かな赤髪は、その余波の風で微かに揺れる程度だ。
「……ほう。数では敵わんか。ならば、これならどうだ」
ディミトリの姿が、ふっと陽炎のようにブレた。
「王国剣技・奥義――『弐式:林導』」
音がない。気配がない。
これほどの巨体と鋼の鎧を纏っていながら、一切の空気抵抗すら殺し尽くした『完全なる隠密歩法』。先ほどの平原で、特異な眼を持つセラですら完全には追いきれなかった動き、その先を行く奥義たる歩法で、ディミトリは一瞬にしてフェリシアの完全な死角――背後へと回り込んでいた。
「もらったぞ、小娘!!」
死角からの、両手持ちの唐竹割り。鋼の盾すら紙のように両断する一撃が、フェリシアの華奢な背中へと振り下ろされる。
カァァァァァァッ……!!
だが、刃がフェリシアのドレスに触れる数ミリ手前で、眩い光と共に五枚目の『新たな大盾』が背後に割り込んだ。
死角すらも関係ない、概念によるオートガードの絶対防御。
「なっ……背後からの死角の一撃にも反応するだと!?」
「誠に遺憾ですが……他のお客様のご迷惑となるような、品位を欠いた殺気をお持ちの方は……」
フェリシアが肩越しに、冷ややかな視線をディミトリに向ける。
「【ドレスコード(規律)違反】として、お引き取り願いますわ」
ドンッ!!
フェリシアから放たれた『拒絶の概念』が、ディミトリの巨体をトランポリンのように弾き飛ばした。
「ぐぅッ!?」
ディミトリは空中で体勢を立て直し、数メートル後方でブーツを石畳に擦りつけながら着地するが、その口の端からは一筋の血が流れていた。近寄り盾に触れただけだった。しかしディミトリは、内臓を揺さぶられるほどの概念的な衝撃を受けたのだ。
「……見事だ。まさかこの俺の剣を、一歩も動かずに完封し、迎撃まで…」
ディミトリの目に、明確な『強者への歓喜』が宿った。
彼は大剣をゆっくりと正眼に構え直す。地下室の冷たい空気が、ディミトリの放つ闘気によってジリジリと熱を帯びていく。
「遊びは終わりだ。ならば、純粋な『力』でその盾ごと両断するまで!」
ディミトリの構えた大剣の刀身は、異常な高熱を帯びて赤く、そして白く発光していた。
それは『壱式:風車』の連続使用による極限の空気摩擦。それを刀身に留め、自身の闘気でさらにブーストすることで、ミスリルすらドロドロに溶断する『超高熱の刃』を生み出す絶技。
「奥義が三つ――『参式:火断』!!」
ディミトリが踏み込んだ瞬間、彼の足元の石畳が爆発した。
音速すら置き去りにした、文字通りの『神速』。
白い尾を引く超高熱の大剣が、フェリシアの正面の盾へと叩きつけられる。
ギギギギギギギッ!!!!
熱と質量が盾に喰い込む。
古代樹の意匠が刻まれた半透明の壁が、尋常ではない高熱に晒され、ビリビリと悲鳴のような軋み声を上げた。周囲の空気が一気に膨張し、熱風となって地下牢を吹き荒れる。
「どうだ! ミスリルすらバターのように斬り裂く極光の刃! 貴様の魔力盾とて、このまま溶け落ちるぞ!!」
「……素晴らしい熱意ですわ。ですが、力押しだけで当店の扉は開きませんことよ」
フェリシアの瞳に焦りはない。
彼女は優雅に手を掲げ呟く。
「……『重ね皿』」
フェリシアの言葉に呼応するように盾が二枚重なり合い、ディミトリの『参式』の猛威を完全に相殺しきってみせた。
光が収まると、大剣の熱は失われ、フェリシアの盾にはほんの僅かな揺らぎすら残っていなかった。
「……信じられん。俺の『火断』を真正面から受け止めて、傷一つないだと……!?」
「なかなかのお手前でしてよ」
フェリシアは依然として笑顔を崩さない。
ディミトリは後方に跳び退き、荒い息を吐いた。
騎士としてのプライド。王国最強としての自負。その全てを懸けて、彼は悟った。
切りたい。
目の前の令嬢は、ただの防御魔法の使い手ではない。文字通り『不可侵の概念』そのものなのだと。一人の剣の使い手としてただ『切りたい』と、そう思った。
「……ならば」
ディミトリが大剣を上段に構える。その全身の筋肉が異様に隆起し、鎧の継ぎ目から血が滲み出した。己の肉体の限界を強制的に突破する構え。
「俺の全てを懸けて、貴様を穿つ。特級魔術をも凌駕する、我が人生最大の……最強の一振りを以て!!」
地下室の空気が『止まった』。
音すらも消え去ったような錯覚。ディミトリが振り下ろす刃は、空気を割く音すらも置き去りにする、純粋な破壊の結晶。
「奥義・最終――『肆式:山崩』!!!」
「――それでは、個室(VIPルーム)の扉を閉めさせていただきます『不可侵の銀扉』」
フェリシアが静かに告げた瞬間。
彼女とアルフレッドを囲うように、古代の意匠が刻まれた荘厳な大盾が『八枚』同時に顕現した。
それらは独立した盾ではなく、まるで巨大な絡繰りのように、ガシャン! ガシャン! と緻密に組み合わさっていく。
八枚の盾が完全に噛み合った瞬間、そこには一切の隙間もない、完全なるドーム状の絶対聖域が形成された。
直後。
ディミトリの『山崩』が、ドームの頂点に直撃した。
ドゴォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
地下牢全体が激震し、天井から巨大な石の塊が雨のように降り注ぐ。
あまりの破壊力に衝撃波が逃げ場を失い、ディミトリ自身の手の骨が砕け散るほどの反動が彼を襲った。
「ゼェッ……ハァッ……! 斬った、か……!?」
土煙が晴れた先。
ディミトリは、そして後方で見守っていたヨハネスと王子は、絶望に目を見開いた。
山をも両断するはずのディミトリの究極の一撃を受けてなお。
フェリシアの展開した八枚の盾には、文字通り『傷一つ、ヒビ一つ』入っていなかったのだ。
スッ、と。
ドーム状の盾が音もなく解除され、全く無傷のフェリシアが涼しい顔で現れた。
「……見事な剣技でした。皆様の数々の『ご注文(攻撃)』……確かに、承りましたわ」
フェリシアの前に展開された一枚の大盾が、かつてないほど激しく、赤黒く明滅している。
そこには、ディミトリが放った四つの奥義の運動エネルギー、神速の速度、そして超高熱のエネルギーが、全て『クレーム事由』として完璧に蓄積されていた。
「これより、お会計(決算)を申し上げますわ」
フェリシアが、パチン、と指を鳴らす。
「お客様にご納得いただくため……『一・二倍』にて、お返しいたします」
ズガァァァァァァァァァァァンッ!!!!!!
「――――ッ!!?」
ディミトリが放った王国最強の攻撃が、『一・二倍の超絶破壊力』に増幅変換され、不可視の衝撃波となって一直線に襲い掛かった。
それは反撃などという生易しいものではない。純粋な『暴力の返済』だ。
「が、はァァァァッ!?」
鋼の鎧はひしゃげ、自らの放った超高熱と衝撃の強化版を真正面から浴びたディミトリの巨体は、悲鳴を上げる間もなく吹き飛んだ。
そして、その破壊的な衝撃波はディミトリだけでは止まらない。
「なっ、ばか、ぎゃあぁぁぁぁっ!?」
ディミトリの直線上にいたヨハネスもまた、回避する間もなく反射の余波に完全に巻き込まれた。
魔法使いの貧弱な耐久力など紙屑も同然。ヨハネスの防御魔法は一瞬で粉砕され、二人は揃って地下室の奥へと吹き飛ばされ、分厚い石壁を貫通して完全に気を失った。
「あ……あ……ぁ……」
粉塵が舞う、静まり返った地下室。
王国最強の剣と魔法を同時に失い、ただ一人残された第一王子は、股間を濡らしながらガタガタと震え、後ずさることしかできない。
「ヒィィ……く、来るな……許して、許してくれ……!」
フェリシアが、氷のような視線で王子を見下ろしながらゆっくりと歩み寄る。
だが、その時だった。
「フェリシア様……俺にも、少しだけ『接客』をさせてくれませんか」
背後から響いた低く掠れた声。フェリシアの特大の母性により超速再生を安定させたアルフレッドが、ゆっくりと立ち上がったのだ。
彼は血濡れたベストの胸ポケットから銀のマドラーを抜き放ち、ガタガタと震える王子の眼前に立つ。
「ひぃッ! ば、化け物……! くるなァッ!」
「……化け物で結構ですよ。ですがね、俺の大切な仲間を傷つけた対価は、きっちりと払っていただきます」
彼がマドラーを振るうと、超伝導魔力が王子の神経系へと直接干渉する。
「極上の痺れ(パラライズ)を付与する『メディカル・カクテル』です。……当分の間、自力で立ち上がれないほどのね」
「あ、がっ……あばばばばばッ!?」
王子の白目が剥き、全身の神経伝達を物理的にショートさせられ、完全に床へと崩れ落ちて痙攣した。
「お疲れ様です、アルフレッド様。さて……地下での営業はこれにて終了です。お客様の数々の悪質なクレームにつきましては……直接、この国の『オーナー(国王陛下)』にお伝えすることにいたしましょう」
最強の盾と、奇跡の料理人。
二人は互いを気遣い肩を寄せ合いながら、諸悪の根源を引きずり、決着の地たる玉座の間へと続く階段をゆっくりと登り始めた。
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