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第四十六話:マスターキー

第一王子の離宮からさらに深く潜った、冷たく湿った空気が漂う地下牢獄への道。


石造りの薄暗いパサージュ(通路)を、フェリシア・ロズウェルは静かに歩いていた。


引き裂かれたドレスの裾が石畳を引きずり、肌には煤や泥がこびりついている。


だが、今の彼女から立ち昇る気高さと、空間そのものを制圧するような『絶対的な威圧感』は、王城の澱んだ空気を完全に支配していた。


「――いたぞ! あの女だ!」


「殿下からの命令だ! 捕らえて四肢を砕け!!」


前方の通路の奥から、けたたましい足音と共に十数名の武装した衛兵が押し寄せてきた。

逃げ出した第一王子が差し向けた追手だろう。彼らは明確な殺意と害意を放ちながら、フェリシアへ向けて槍や剣を構えて突撃してくる。


だが、フェリシアは歩みを一切止めなかった。


表情を変えることすらなく、ただ静かに、冷ややかに告げる。


「――申し訳ございません。本日は『貸し切り』となっております」


殺意を剥き出しにした衛兵たちが、フェリシアの数メートル以内に踏み込んだ瞬間だった。


『聖域の給仕長(マネージ・オブ・サンクチュアリ)』の権能の一つ、【ドレスコード(規律)違反】による排除がオートで発動する。


「な、なんだッ!?」


「ぐあぁッ!!」


聖域にふさわしくない『害意と殺気』という不適切な身なりを纏った彼らは、フェリシアに触れることすら許されなかった。


まるで見えない巨大な壁に全速力で激突したかのように、十数名の衛兵たちが次々と不可視の衝撃に跳ね飛ばされ、石壁や天井に叩きつけられていく。


悲鳴と鈍い音が通路に響き渡る中、フェリシアは倒れ伏す彼らに一瞥もくれず、真っ直ぐに奥へと進んでいく。


やがて、彼女の前に分厚い鋼鉄の扉が立ち塞がった。

何重もの複雑な魔力錠と、物理的な重い南京錠が掛けられた、地下牢の入り口だ。


フェリシアはそっと、その冷たい鋼鉄に手を触れた。


「【戸締まりの管理アンロック】」

カチャリ、と。


本来なら宮廷魔導師が何人も掛かり切りで解呪しなければならないはずの魔力錠が、霧散するように消え去る。分厚い鋼鉄のかんぬきが、給仕長に傅くように独りでに外れ、重い扉がゆっくりと開け放たれた。


地下牢は王城の敷地そのままの広大な広さ。

いくつもの鉄格子で区切られたその一つにロズウェル男爵の姿が見えた。


「……フェリシア、なのか?」


床の鎖に繋がれ、ボロボロになった父・ロズウェル男爵が、信じられないものを見る目で娘を見つめていた。


魔力を持たないはずの娘から放たれる、神々しいまでの異常なオーラ。男爵はその変化に驚愕し、声震わせていた。


「お父様。……お怪我はありませんか?」


フェリシアは優しく微笑むと、再び【戸締まりの管理】で父を縛る鎖を触れるだけで解き放った。


「私なら大丈夫だ……だが、お前、その力は一体……それに、アルフレッド殿が、さらに奥の拷問部屋へ……!」


「ええ、存じております。お父様、どうかここで安静に。……すぐにツケの回収を終わらせてまいりますわ」


フェリシアが男爵に向けて手をかざす。


「【戸締りの管理(バックヤード指定)】」


男爵の周囲に、表面に古代の樹木や根を思わせる緻密で荘厳な意匠が刻み込まれた、半透明の小盾が三枚、地面に突き刺さるように展開された。


それはセラを護ったのと同じ、いかなる干渉も許さない三角錐の絶対結界サンクチュアリ


「これは……」


「お父様の周りを聖域指定しました。そこはもう、絶対に安全ですわ。……待っていてくださいませ」


父の安全を完璧に確保したフェリシアは、迷うことなくさらに奥、深い地下――最下層へと続く冷たい階段を降りていった。


◇◇◇


最下層。そこは血と焦げた肉の臭いが充満する、凄惨な拷問室だった。


「ひぃッ……! な、なんだこの化け物は! いくら肉を削ぎ落としても、すぐに再生しやがるッ!」


「ええい、構うな! 殿下の命令だ! 魔力封じの枷を外さず、刻み続けろ!」


数人の拷問人たちが、恐怖に顔を引き攣らせながら刃物を振るっていた。


部屋の中央。重厚な魔力封じの拘束衣と分厚い鉄枷によって四肢を壁に固定されているのは、アルフレッドだった。


超伝導魔力が制限された状態でも、ネクタルによって拡張された魂と彼自身のメディカル・カクテルの残滓が、削られた肉を無理矢理に繋ぎ止め、再生させようと蠢いている。


だが、拘束具のせいで完全な修復には至らず、激痛だけが無限に繰り返される生き地獄。


「――そこまでになさいませ」


凛とした、しかし絶対零度の怒りを孕んだ声が、拷問室に響き渡った。


「誰だお前はッ! どこから入ってきた!」


拷問人たちが驚き振り返る。そこに立つ裂かれたドレスの令嬢を見て、彼らは慌ててナイフを投げつけ、あるいは至近距離から初級の火魔法を放った。


「【ご予約アポイント】がございませんの」


フェリシアは一歩も動かない。


彼女の眼前に、幅一・五メートル、高さ二・五メートルの巨大な半透明の大盾が音もなく顕現した。


荘厳な意匠が刻み込まれたその絶対の盾は、飛来するナイフも炎も、文字通り『門前払い』として完全に弾き返す。


「なっ……魔法が、弾かれた!?」


「私の大切な方に、随分と乱暴な真似をしてくださったようですわね」


フェリシアの瞳が、青白い怒りに発光する。


「……こちらが【お会計】ですわ」


展開された大盾が淡く明滅した直後。

拷問人たちが放ったナイフの運動エネルギーと魔法の熱量が、フェリシアの盾によって『一・二倍』の威力に増幅され、不可視の衝撃波となって即座に反射リフレクトされた。


「「「が、あァァッ!?」」」


拷問人たちは、自らが放った攻撃の強化版を真正面から浴び、全身の骨を砕かれながら石壁に深くめり込み、完全に沈黙した。


邪魔者を一掃したフェリシアは、小走りでアルフレッドの元へ駆け寄る。


「アルフレッド様……!」


「……フェリシア、様……? 逃げ……てください……ここは……」


アルフレッドが虚ろな目で顔を上げる。拘束と激痛で、限界が近いのは明らかだった。


フェリシアは彼の身体を縛る幾重もの魔力封じの鉄枷に、両手を添えた。


「【戸締まりの管理アンロック】」


ガシャンッ!! と、重い鉄の塊がただのスクラップのように床に崩れ落ちた。


拘束を解かれ、前に倒れ込みそうになるアルフレッドの大きな身体。


フェリシアはそれを避けることなく、自らの豊満な胸と柔らかな腕で、しっかりと、そしてひたすらに優しく抱き止めた。


「……っ」


アルフレッドの鼻腔を、血と汗の匂いに混じって、フェリシアの甘く優しい香りがくすぐる。


その極上の温もりと、魂の奥底まで安堵させるような特大の母性に包まれ、アルフレッドの超速再生がようやく正常に機能し始めた。


「もう大丈夫ですわ、アルフレッド様。……よく、耐えてくださいましたね」


「フェリシア様……その力、まさか……」


彼がかつて命を救い、共に笑い合った令嬢は、今や彼を守る『最強の盾』として覚醒していた。


だが、その感動的な再会と安堵の空気を切り裂くように、階段の上から重々しい複数の足音が響いてきた。


ゆっくりとした拍手の音が、拷問室に反響する。


「――ヒャハハハ! 逃げ場のない地下のどん底に自分から入り込むとは、本当に莫迦な女だ!」


第一王子だ。


そしてその両脇には、先ほど平原でアルフレッドとセラを圧倒した王国最高戦力――【宮廷魔導師長ヨハネス】と【王国騎士団長ディミトリ】が、殺気を纏って立ち塞がっていた。


「あの馬鹿げた盾の魔法がいつまでもつか見ものだな。そこで仲良く、化け物と一緒にミンチにしてやる!」


王子が醜悪に顔を歪め、勝利を確信したように高笑いする。


ヨハネスの杖にはすでに桁違いの魔力が収束し始め、ディミトリは身の丈ほどもある大剣をゆっくりと引き抜いた。


フェリシアは、腕の中のアルフレッドをそっと自らの背後へと庇うように立たせた。


そして、ゆっくりと振り返る。


恐怖も、焦りも、一切ない。

彼女の顔には、この状況を完全に掌握した給仕長としての、完璧で冷酷な微笑みが浮かんでいた。


「……お連れ様が到着されましたのね」


フェリシアの周囲に、先ほどの荘厳な大盾が、一枚、また一枚と音もなく顕現していく。


「ご案内いたしますわ……『絶望』のVIPルームへ」


最強の矛(特級魔法&物理最強)に対するは、最強にして絶対のマネージ・オブ・サンクチュアリ


地下最下層を舞台にした、理不尽を叩き潰す本当の決戦が、今始まる


もし少しでも面白い、続きが読みたいと思っていただけたら、下部の☆☆☆から評価とブックマークをお願いします! 執筆の励みになります!

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