第二十一話:生誕祭に響く音
日刊ランキング299位にランクインしたそうです
とりあえずすごいのかわかりませんが個人的にめちゃくちゃ嬉しいので本日複数話投稿します!!
澄み切った朝の空気が漂うバッカス亭の前には、ロズウェル男爵家が用意した漆黒と銀の豪奢な馬車が停まっていた。
御者が恭しく扉を開けて待つ中、俺は旅装を整え、見慣れた店の看板を見上げた。
「アル坊、他人の城の厨房に入るんだ。うちみたいに勝手は利かねえだろうから苦労するだろうが、お前ならやれるさ。……っと、男爵家の名代であるフェリシア様が一緒なら、俺が心配することじゃねえか!」
バッカスさんが豪快に笑いながら、俺の肩をバンバンと力強く叩く。その大きな手のひらからは、送り出す親父のような温かいエールが伝わってきた。
「ふん。せいぜい、他領の珍しい薬草でも見つけてくるんだな。私の診療所に役立ちそうなやつを頼むぞ」
ガレンは腕を組みながら、相変わらずの不愛想な態度でそっぽを向いている。だが、その視線がチラチラとこちらを気にしているのを見て、俺は思わず苦笑した。
「ええ、行ってきます。バッカスさん、ガレン。留守の間の店と診療所、頼みましたよ」
俺は二人に短く挨拶を済ませ、馬車へと乗り込んだ。
車内には、若草色のドレスに身を包んだフェリシア様と、いつもより少しだけ上等な旅装に着替えたセラが、向かい合わせに座っている。
ガタゴトと車輪が音を立て、馬車がゆっくりと動き出す。窓の外では、バッカスさんが見えなくなるまで大きく手を振ってくれていた。
(……思えば、この世界に転生してきてから、男爵領の外に出るのはこれが初めてだ)
俺はふかふかのシートに身を預けながら、内心、遠足前の子供のようにワクワクしていた。
今回向かうフォンテーヌ伯爵領は、我がロズウェル男爵領を潤す清流の、そのさらに上流。大元となる豊穣な水源地だ。極上の純水と、そこから育まれる豊かな自然。一体どんな未知の食材や酒が俺を待っているのか。料理人として、そしてバーテンダーとして、胸が高鳴らないわけがなかった。
「アルフレッド様、見てください。川の透明度が一段と増してきましたわ。もうすぐ伯爵領の境界です」
フェリシア様が窓の外を指差して微笑む。彼女の言う通り、並走する川の水面は、陽の光を反射してまるで砕いた宝石のようにキラキラと輝いていた。
◇◇◇
数時間の快適な馬車の旅を経て、俺たちは夕暮れ時のフォンテーヌ伯爵領へと到着した。
「わぁ……! アルフレッド様、セラさん、見てください! 街中が光の海みたいにキラキラしていますわ!」
フェリシア様が窓から身を乗り出すようにして、少女のような歓声を上げる。
サラ嬢の七歳の生誕祭を数日後に控え、伯爵領の城下町はすっかりお祭り騒ぎだった。メインストリートには魔力で灯る色とりどりのランタンが飾られ、石畳の広場からは楽しげな楽器の音色と、人々の熱気、そして食欲をそそる屋台の匂いが入り混じって漂ってくる。
フェリシア様の手配により、俺たちは街で一番格式高い最高級宿へと案内された。
城への正式な挨拶は明日の朝一番に行うことになり、今夜は完全に自由時間だ。
「せっかくのお祭りですもの。今夜は、三人で街を見て回りませんか? アルフレッド様も、現地の食材を見ておきたいでしょう?」
フェリシア様の提案に、セラも目を輝かせて小さく頷く。こうして俺たち三人は、荷物を置くなり、お忍びで夜の屋台巡りへと繰り出すことになった。
「アル様、あちらの屋台、すごくいい匂いがします。人がたくさん並んでいますよ」
セラの指差す先には、炎を高く上げ、炭火で豪快に肉の串焼きを焼いている屋台があった。男たちがジョッキ片手に列を作っており、看板には粗削りな文字で『オーク肉の串焼き』と書かれている。
(オーク肉! 魔物を食べる文化があるとは聞いていたが、現物を見るのは初めてだ)
俺は好奇心を抑えきれず、すぐに三本購入した。
滴る脂が炭に落ちてジュウジュウと音を立て、野性味あふれる香りが鼻腔をくすぐる。たまらず、俺は大きく一口齧り付いた。
「……ん?」
ガシッ、と顎に嫌な抵抗感が走る。
硬い。それに、獣特有の臭みと、処理しきれていない脂のくどさが舌の上にべったりと残った。本来なら適切に処理すれば豚肉よりも濃厚で美味い肉なのだろうが、そこは屋台クオリティ。ただただ火に当てて焦がしただけの大味な代物だった。
隣で食べていた二人も、「うふふ……少し、噛みごたえがありますわね」「……顎が鍛えられそうです」と、困ったような苦笑いを浮かべている。
(アイリス、オーク肉の『ディッシュ・リマイク』を実行。コラーゲンをゼラチン質へ変性させ、アミノ酸への分解エイジングを完了させろ)
【承認:魔力振動による細胞壁の破壊および、熟成プロセスを短縮実行します】
俺が串を持つ指先から微細な魔力を流し込むと、肉の内部構造が数秒で書き換わり、強固に結びついていた筋繊維が静かに解きほぐされていく。
(よし、下準備はできた。次は仕上げの火入れだ)
俺はフェリシア様が別の屋台で買っていた『甘酸っぱい果実水』の入った木製カップを拝借し、鞄から愛用の銀製シェイカーを取り出して中に注いだ。
(アイリス。シェイカーの内壁に魔力による『絶対断熱膜』を展開。内部の水分子に対して、マイクロウェーブと同波長の魔力振動を照射しろ)
【了解:銀の反射率を利用し、魔力波の内部共振を開始。……内部圧力上昇。液温、摂氏374度を突破。『超臨界状態』に到達しました】
俺の手の中にある銀のシェイカーは、断熱膜のおかげで冷たいままだ。だが、その内部では恐るべき熱と圧力が暴れ狂っているのが、微かな振動として手のひらに伝わってくる。
俺はオーク肉の串を片手に持ち、もう片方の手でシェイカーのトップ(小蓋)に親指を添えた。
完全に開ければ、内部の圧力が一気に解放され、フタが大砲のように吹き飛んでしまう。俺はバーテンダーとしての緻密な指先の間隔で、トップをわずか『一ミリ』だけ横にズラした。
――キィィィィィィンッ!!
お祭りの喧騒を切り裂くような、高周波の鋭い金属音が鳴り響く。
その極小の隙間から噴き出したのは、最初は目に見えないほど透明で鋭利な『過熱蒸気』。それが数センチ離れた外の空気に触れた瞬間、急激に膨張し、真っ白で激しいスチームへと変わった。
「きゃっ!?」
「アル様!?」
俺はエスプレッソマシンのノズルを操るように、その超高圧スチームをオーク肉の串にピンポイントで叩きつける。
すでに『ディッシュ・リマイク』で熟成されていた肉に、果実の酵素と香りを乗せた超高温の蒸気が一瞬で中まで火を通し、表面の余分な脂をジュワリと溶かし落としていく。
「さあ、食べてみて」
「……えっ!? さっきまでの硬さが嘘みたいです! ホロホロと口の中で崩れて、お肉の濃厚な旨味と果実の爽やかな香りが合わさって……とっても美味しいですわ!」
「本当です。脂の嫌な臭みがすっかり消えています。アル様、すごいです……!」
二人の満面の笑みを見て、俺も満足げに自分の串を平らげた。
「アル様、フェリシア様。あちらで蜂蜜水を買ってきました。お肉の後は、甘いものでお口直しをどうぞ」
気が利くセラが、人混みを縫って竹の筒に入った蜂蜜水を三つ買ってきてくれた。しかし、一口飲んでみると……生温かくて、ただひたすらに甘ったるいだけだ。
「これじゃあ、せっかくの美味しい肉の後味がもったいないな」
俺はそのまま、先ほど超高温のスチームを噴き出させたシェイカーの蓋を、今度は完全にカポッと外した。
――ボッ!
蓋を開けた瞬間、中から冷たい白霧が溢れ出す。
そして、シェイカーを傾けると。
カランッ、カラカラ……。
俺の手のひらに転がり出たのは、ランタンの光を反射してキラキラと輝く純氷の塊だった。
「え……?」
「今、凄まじく熱い蒸気を出していたのに、どうして中から氷が……?」
二人が目を丸くして驚いている。
「ミリ単位の解放で内部の圧力を一気に下げたことで、猛烈な沸騰が起きたんです。水が蒸発するための熱を液体自身から奪い……つまり、自らの熱を使い果たして瞬時に凍結したんですよ」
極熱と極冷の同時発生。俺はさらに、鞄からラモンが仕入れてくれた香辛料の小瓶を取り出した。
「それに、この氷は先ほどの『果実水』の残りからできたもの。果実の心地よい酸味と香りがそのまま氷に閉じ込められている。ここに、セラさんが買ってきてくれた蜂蜜水と、ラモンさんの特製スパイスを少し加えて……」
俺はシェイカーにそれらを入れ、流れるような動作で勢いよく振り始めた。
――カシャカシャカシャッ!
氷が銀の内壁を叩き、お祭りの喧騒の中でも、その硬質で涼やかな音が周囲の目を惹きつける。
シェイクされることで氷がわずかに溶け出し、果実の風味とスパイスの香りが蜂蜜水に急速に馴染んでいく。
「さあ、『特製スパイシー・ハニーフルーツ』だ。召し上がれ」
キンキンに冷えた液体が喉を通り抜ける。果実の爽やかな酸味と、スパイスのピリッとした刺激が蜂蜜の野暮ったい甘さを引き締め、オーク肉の濃厚な脂を見事に洗い流してくれた。
「ふぁぁ……生き返りますわ! 甘いだけじゃなく、とっても大人のお味ですのね」
「はい……お肉にぴったりで、いくらでも飲めてしまいそうです」
両手に花状態で極上のモクテルを味わいながら、俺はフォンテーヌ領の豊かで熱気にあふれた夜を存分に満喫した。
◇◇◇
「いやあ、楽しかった。やっぱり祭りの空気っていいもんだな」
宿の最上階、案内された豪華な部屋の重厚な扉を開け、俺はふかふかのソファに腰を下ろした。美味しいものを食べ、街を歩き回り、心地よい疲労感が全身を包んでいる。
「今日はゆっくり寝よう。俺は自分の部屋に行くから、二人はここでゆっくり休んでくれ」
立ち上がり、扉の方へ向かおうとした俺の背中に、フェリシア様が不思議そうな声をかけた。
「……アルフレッド様? 何をおっしゃっているのですか。ここは最上階を貸し切った『ロイヤル・スイート』。寝室は奥の広間に一つだけですわ?」
「……はい?」
俺の動きがピタリと止まる。振り返ると、フェリシア様が小首を傾げていた。
「えっ!? いや、いくらなんでも年頃の女性二人と、俺が同じ部屋で寝るわけには……! 部屋割り、別じゃなかったんですか!?」
現代の常識からすれば、完全にアウトな状況だ。俺が慌てて後ずさりすると、セラが静かに、しかし逃げ道を塞ぐように扉の前に立った。
「フェリシア様も私も、アル様の『お供』として同行しております。万が一の不測の事態にお守りするためにも、同室であることは当然の配置かと存じます」
「いや、護衛って言っても、セラ、君までそんな真顔で……!」
俺がタジタジになっていると、フェリシア様が優雅な足取りで近づき、俺の腕にそっと触れた。
「アルフレッド様。本日は長旅と、私たちへの美味しいお気遣い、本当にお疲れ様でしたわ」
「アル様。ずっと私たちを気遣って歩いてくださったそのお背中の筋肉……私たちが『極上の癒やし』で、芯から解きほぐさせていただきます」
セラの右手には、どこから取り出したのか、トロリとした良い香りのする『マッサージオイル』の小瓶が握られている。
二人の間には一切の対立もなく、完全なる協力体制という名の、アルフレッドを甘やかすための絶対包囲網が結ばれていた。
「え? ちょ、ちょっと待って。二人とも、なんでそんなに息がピッタリ……って、うわっ!?」
逃げる間もなく、二人の柔らかく温かい手が俺の背中に触れる。
明日からの激務を前に、俺の理性と体力が別の意味で限界を迎えようとしていた。
新天地に到着しましたね。
アルフレッドくんになりたいです。
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