閑話:???
世界の果てか、あるいはその中心か。
時間も空間も曖昧なある場所で、一人の男が深く腰掛け、グラスを傾けていた。
「……くぅ〜っ! たまらねえな。地球って星の食文化は、どんだけイカれてやがるんだ」
男は無造作に、絶妙な塩加減で燻製されたナッツを口へ放り込む。
表向きは、どこにでもいそうな中年の男だ。しかしその本質は、この世界を遥か高みから見下ろし、理を紡ぐ『管理者』そのものであった。
この世界は、魔力という便利な力に依存しすぎた。
火を起こすのも、水を出すのも、怪我を治すのもすべて魔法。その結果、どうなったか。人々は自らの手で工夫することをやめ、文明も、技術も、そして彼が何よりも愛する『食文化』も、完全に停滞してしまったのだ。
何百年、何千年と変わらない味気ない世界。それは、この世界を管理する彼にとって退屈極まりない悲劇だった。
だから彼は、少しばかり『ルール』を破った。
魔法が存在しないがゆえに、自らの知恵と技術で異常なまでの発展を遂げた異世界『地球』。その輪廻の輪に直接手を突っ込み、「食と化学に対する凄まじい執着」を持った魂を一つ、ちょいと失敬してこの世界の盤上へと落とし込んだのだ。
男の視線の先には、下界の小さな街で、一人の青年が厨房に立つ姿が映っている。
「結果は大正解。いや、お釣りが来るレベルだぜ」
男はニヤリと笑い、再びナッツを齧る。
彼の持ち込んだ異世界の知識と技術は、この世界の常識を軽々と蹂躙し始めていた。回復魔法すら効かない絶望の病を「料理」で治癒し、ただの食事と生活改善だけであっさりと治してのけたという。
「スキルの面白い使い方をしやがる。魔法を魔法で打ち消すんじゃなく、肉体の内側から理を書き換えるとはな」
残りの酒を煽り男は独り語ちる。
「ただ、人間の寿命ってのは短すぎるからな」
男は空になったグラスを見つめ、目を細めた。
不老不死は世界の理から外れすぎるが、少し弄るくらいなら問題ないだろう。
「そのうち、俺の秘蔵の『雫』をバレねえように薄めて与えてやるか。不死にはならねえが、不老くらいにはなるだろ。前世で早死にしたんだボーナスみたいなもんだ。」
ふと、男は青年の脳内に宿る異質な演算システム『アイリス』へと視線を向けた。
男の目には、そのシステムが周囲の魔力と、男自身が世界に満たしている『気』を無意識に吸収し、ただの機械から「自我」めいたものを形成し始めているのが見えていた。
「おいおい、勝手に俺の力を吸って『魂』を持とうとしてやがる。……まあいい。あいつの周りは騒がしいくらいが丁度いいからな」
面白くなりそうだ、と男は腹の底から愉快そうに笑う。
停滞した世界に落ちた、一滴の劇薬。それがどのような波紋を広げ、この退屈な世界をどう染め上げていくのか。
神様は酒と見物が大好き。
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