我が主
テオグラートが、キャスの家に到着した頃には、禁術の解除はすべて終わっており、ベリンガーが、ソファに座りテオグラートを待っていた。
「テオ、言われた通り探しておいたよ。」
「ありがとう。先生、疲れているのに、ごめんなさい。」
テオグラートは、急ぎベリンガーの横に座った。
「禁術の解除魔術は、まだ難しいと思ったがマークにある程度教わっていたんだな。」
「フレールに向かう途中でね。もっと早く覚えて、あの黄金色の石を手に入れていたら、ニーナを死なせずに済んだかも知れない。」
あの時、人に戻していれば、ニーナは、偵察なんかしなかったに違いなかった。
テオグラートは、悲しげに俯いた。
「テオ、やめなさい。今は、後悔することではなく、お前にはすることがあるだろう。」
ベリンガーは、テオグラートの後頭部を優しく撫でた。
「…うん。時間がない。急がなくちゃ。先生お願い。」
テオグラートは、表情を引き締めた。
キリウェルは、ベリンガーと一緒にいるテオグラートのことが心配だったが、テオグラートを信じることにした。
明後日の朝には、コッツウォートに向けて出発できるように、準備をしなければならない。
それにもうひとつ、大切なことがあり、キリウェルは、テオグラートに内緒で王宮に向かった。
禁術の解除魔術でかなり体調が悪かったのもあるが、キリウェルは、酷い顔色だった。
アディ達は、体調がいまいち優れないまでも、あらかたの準備を整えた。
明日は、食料や、飲み水を用意して明後日の朝早くに出発をする。
今日は、早く寝て、何としてもこの脱力感から解放されたかった。
「大将の奴、本当に凄いな。」
サミーが、大きな荷物を荷馬車に積んでいる大将を見て呟いた。
「あぁ、あいつだけ、狼から野獣にでも変えられたんじゃねぇか。」
アディが呆れたように、大将を見る。
「笑わせるなよ。なんか笑うと骨の節々が痛い。」
サミーが辛そうに答える。
「さっさと終わらせて、飯食って寝るぞ。明日は、酒飲みたいし。うちの酒売ってるかな?」
「どうだろうなぁ。フレールの紳士、淑女達の口には、合わないかもな。」
サミーは、腕を組んで首をかしげた。
「紳士の俺の口には、合ってるぜ。」
「だから、笑わせるなよ。」
サミーは、本当に苦しそうに笑った。
アディ達は、忙しなく働き、キリウェルも戻るとみんなに合流して荷物のチェックをしていく。
剣など、武具のチェックや、クラウス王子から譲ってもらった剣や弓などを振り分け、荷馬車に乗せ、馬達の世話をして、やっと食事をするとみんな爆睡した。
テオグラートも、魔術書を読みふけり、疲れて爆睡した。
朝になると、体が軽くなりスッキリして起きれたアディ達は、ほっとした。
「今日は、体が楽だなぁ。さっさと終わらせて酒飲むぞ。」
アディ達は、爆睡してほぼお昼時に起きて昼食を取った。
久しぶりに、休暇を取ったようにゆっくり出来た。
「テオグラート様、クラウス王子からです。」
キリウェルは、クラウス王子の手紙を渡した。
「今日の夜、クラウス王子からディナーの招待だ。堅苦しいのは、嫌だろうからクラウス王子とキャスだけなので、気軽に来てくれとあるよ。」
テオグラートは、キリウェルにみんなに伝えるように頼んだ。
夕刻に、フレールの王宮に向かいテオグラート一行は、馬車に揺られていた。
「夕日で、フレールの街は、違う雰囲気になるね。」
「ええ、色合いでしょうか。昼間より温かみがある感じがします。コッツウォートの夕刻も美しいですよね。」
キリウェルは、馬車の窓から見えるフレールの街並みをテオグラートと一緒に見ていた。
「早く、みんなで戻りたいね。」
「…はい。」
キリウェルは、この先を案じながら、返事をした。
クラウス王子の招待は、気軽にと言われたが、充分に堅苦しいディナーだった。
国が違うと気軽さも違いがあるようだ。
食事は、豪華でテオグラート達は堪能した。
みな、果実酒を飲んだが、テオグラートだけは、まだ、お酒は飲めない。1人だけ、違う飲み物が置かれていた。
食事が終わる頃、テオグラートは、うとうとし始めた。
「テオグラート様?」
キリウェルの呼び掛けにも、返事がない。
「人を呼ぼう。」
「いえ、結構です。私が運びます。」
クラウス王子の申し出を断り、キリウェルは、テオグラートを抱き上げた。
コッツウォートの者達は、みな、思い思いにテオグラートの頭を撫でた。
クラウス王子とキャスは、王宮を出て、キャスの屋敷に戻るコッツウォートの者達を、窓から見ていた。
「酷く恨まれるだろうな。」
キャスが、呟く。
「あぁ、だが私は、王子として考えを受け入れた。覚悟はしている。」
クラウス王子は、テオグラートのいないコッツウォートの者達を見つめていた。
キリウェル達は、キャスの屋敷で、コッツウォート産のテオグラートがうぇ~となる果実酒を飲んでいた。
話題は、テオグラートの幼少の頃の話しばかりになっていた。
「まったく、あの宣誓の日は、ひやひやしたよ。」
サミーが、果実酒を飲み干しグラスを置く。
「何言ってんだよ。お前やキリウェル貴族組は、最初のほうに宣誓だったから、良かったじゃねぇか。」
大将も、果実酒を一気に飲み干す。
「あぁ、俺の順番の時なんか、一番軽いサーベルなのに、殿下ときたらプルプル腕が震えて、俺の肩に、サーベルの先を乗せるだけなのに、そのまま首の動脈を切られるかと、ひやひやしたぜ。」
アディもかなり酔っぱらいながら、笑っている。
テオグラートが、幼かったために、隊に入るための宣誓の儀式を皆していなかったが、王宮で儀式を見たテオグラートは、意気揚々と第3所領に戻ると準備をするよう言い出した。
人数が多いからとなだめても効かないので、隊の役職に就いている隊員のみにして、剣も軽いサーベルにした。
それでも、子供のテオグラートにとって、サーベルの上げ下げは、大変な労力だった。
「主なんだから、本望だろう。」
みんなが大笑いした。
「馬鹿言え!主を守って死ぬなら本望だけど、誓う前に死ぬなんてゴメンだよ。」
アディが、悲しげに笑うと、みんなの笑いが消えていく。
皆、空になったグラスに果実酒を注ぐと、キリウェルが、グラスを掲げた。
「我が主に。」
皆、グラスを掲げ、故郷の果実酒を飲み干した。




