生きて行くこと
ベリンガーは、ラザフを追いかけ、第一所領の地下道の前まで行ったが、ラザフの姿はもうなかった。
今すぐ西に向かいたかった。
心は、教え子ラザフへの怒りと悲しみが渦巻いていた。
ラザフではない。
分かってはいても愛する人を殺された怒りが冷静にさせてくれない。
ベリンガーは、地下道に入り自分を取り戻す時間を作ることにした。
テオグラートが心配だった。
キアラのことを思うとテオグラートに会って話したかった。
夜も更けたが、コッツウォートは騒がしいままだった。
キアラ妃が殺され、テオグラート王子も殺されかけたのだ。
犯人として追われているのは、謎の男とベリンガー自身。
テオグラートのほうは、第一発見者のキリウェルも疑われていた。
犯人ではなくても、臣下が王子に付いていなかったことは、重き罪を問われるだろう。
闇夜に紛れ、王宮へ。
王宮の側まで来ると、王宮の上のほうにあるバルコニーへ。
最高級の魔術が使えるものには、王宮に到着するのは簡単なことだった。。
バルコニーから、バルコニーのない窓を飛行しながら探す。
上に行けば行くほど部屋数は減り、意図も簡単にテオグラートが眠る部屋を見つけた。
窓をゆっくり開け、部屋の扉に開かないよう魔術をかけ、ついでに話し声が外にもれないようにした。
魔術とは、なんと素晴らしいもの。
正しく使えば。
テオグラートが眠るベッドの側に膝をつく。
テオグラートは、酷い有り様だった。
「可哀想に。」
やさしく頭に触れる。
頭を包帯でぐるぐると巻かれている。
治療のため、髪がひどく不揃いに短く切られていた。
「テオが見たらひどく怒るだろうな。」
テオグラートは、髪を少し長めにしていた。
短いより、長いほうが、大人っぽく見える気がすると言って笑顔を見せていたテオグラートを思い出した。
背伸びをしたい年頃だ。
顔は赤く腫れ上がり、瞼も腫れ、開けられないだろう。
「可哀想に。」
ベリンガーは、また同じことを呟いた。
今度は、テオグラートの有り様だけではなく、母親の死を受け止めなければならないことに。
頭に置く手の親指が愛しげに額を撫でる。
テオグラートの目が、少し動いた。
瞼が少し開き、また閉じる。
「テオ。」
ベリンガーは、やさしく囁く。
「…先生?」
テオグラートは、少し話しづらそうに口を開く。
ベリンガーは、近くにあった布に水差しの水を浸し、テオグラートの口を浸した。
「ありがとう…。先生、僕、ひどい間違いをしちゃった…」
「あぁ、本当にひどい。1人で出歩くなんて。元気になったら尻叩きだな。恥ずかしいぞ。」
ベリンガーは、やさしく微笑む。
「うん。罰は受けるよ。母上はすごい心配してるよね。キリウェルは大丈夫?罰を与えられてない?」
「キアラはいつでもテオのことを心配しているよ。お前を愛しているから。」
今は、キアラの死を伏せた。
「うん。」
テオグラートは、また眠りそうだ。
「キリウェルのことは、お前が守ってあげなさい。彼の主なんだから。」
「…うん。」
「それと最後に、…これからお前にはたくさんの別れがある。大人になればなるほど…。別れのなかには、人の死もある。とくに身近な人の死は、後悔を生み、自分自身を責めるだろう。」
ベリンガーはまた、テオグラートの頭をやさしく撫でる。
「身近な人の死は、みな、自分自身を責めてしまうんだ。もっと何かできたのではないかとか…。生きている時にしてあげたかったことを思い出したり…。だから、それは受け止めて、自分を責めずに強く生きてほしい。私達は、生きて行くのだから。」
ベリンガーは立ち上がった。
「さぁ、今は、ゆっくりお休み。」
テオグラートの額に、やさしくキスをすると、窓へ向かう。
もう一度、テオグラートを見ると寂しそうに出ていった。




