39-3 生きたい貴方を尊敬する
◇◇◇
「儀式の時間までここで大人しくしてろ!」
か細い蝋燭の明かりしか無い、薄汚い牢屋に放り込まれた。
鉄格子越しにスーツの男と、ジョネスが笑っている、ホーンの表情はフードのせいで何も見えない。
「貴族に生まれた事を恨むんだな、魔力さえなければまだ少しは長生き出来たものを」
「儀式はどこでやるの?! ここじゃっ」
「静かにしろ! どうせもうすぐお前も生け贄になって死ぬんだ!」
「会話なら死にかけのそれとでもしているといい」
「死に、かけ?」
ジョネスの高笑いと、遠のいていく彼らの靴音に歯を食いしばりながら怒りをなんとか堪え、改めて牢屋の中を見回した。
暗くて辺りがよく見えなかったけど、もしかして私以外にも誰かがここに居るの? 地面をぺたぺたと手で探りながら牢屋の奥まで進むと、誰かの体に手が触れた。
べちゃっと、生温いそれが手を濡らし、鼻腔をついたのは鉄の香り。それが、血の匂いだと理解したのは、倒れていた人物が先程まで舞台でヒグマと戦っていた黒髪の少年だったと気がついた時だった。
「あなたはっ」
この暗い場所じゃ容態を確認出来ないと思い、牢屋の外側の壁に備え付けられている松明を取りに牢屋の入り口へと走った。
見上げると私が捉えられている牢の隣の壁に松明を発見した、手を伸ばしても届かない距離だけど、闇魔法を使えばなんとか……っ!
前に闇魔法でバルコニーへの扉を開けた時の事を思いだし、手から黒い靄を浮き上がらせ、それを壁伝いに松明まで伸ばして手元に引き寄せた。
「よし!」
松明を片手に少年の元まで戻ると、明かりに灯された少年の容態に息を呑んだ。
少年は仰向けに倒れていて、体の至る所に切り傷があった。腕の骨にはヒビがはいっているのか青紫に腫れあがっている。着ている服も血で汚れたり破れたりでボロボロだった。
なにより一番酷いのがお腹の傷だ、ヒグマの爪で抉られて引き裂かれたせいで患部はズタズタで、夥しい量の血がそこからドクドクと溢れ出てくる。
叫びたくなる程痛くて苦しい筈なのに、少年は浅い呼吸を何度も繰り返し、意識を手放さぬように薄らと目を開けて、この状況に堪えていた。
口から血がごぽっと溢れ出ても、彼の目は絶望に染まる事はなく、虚空を睨み付けながら必死に命の灯火に食らい付いていた。
私にはその瞳が、絶対に死んで堪るかと言っているように思えて、心が震えた。
「こういう時はえっと、まず止血をしてっ」
手持ちに布なんて持っていなくて、スカートを持ち上げてそれで傷口を押さえた。
「ぐっ……」
「痛いよねごめんねっ」
でも、そんな物で押さえても、スカートは血を吸ってみるみるうちに赤く染まっていくだけで、なんの対処法にもなりはしない。水属性や木属性の魔法だったら治癒が使えるだろうけど、闇魔法じゃ傷は治せないっ。メティスがもしも怪我をしていた時の為にポーションも持ってきているけど、私が隠れて持ってこれるものは下級ポーションくらいだったから、こんな大怪我じゃ使ってもきっと治癒力が足りず意味が無い。
せめて傷口を塞ぐ事が出来たら、ポーションで体力を回復して彼の治癒力にかける事が出来るのにっ。
冷たくなっていく少年の手を握りしめながら、必死に呼びかけた。
「死なないで、私も諦めないから貴方も諦めないでっ」
少年は咳き込みながら呼吸を繰り返し、眼球を私の方へと向けた。
「い、る……」
「え……」
「生……きる」
生きる、死んでやるものか。
こんな場所に放り込まれて、人として扱われずに、致命傷を負わされて痛みに悶え苦しみながらもなお、少年は死へと逃げ出さず、最も辛い生きる道を選びたいと言う。
もしも彼のような状況に置かれたら、一体どれ位の人が生きる道を選べるのだろうか?
だから私は、生きたいと戦う彼を、失ってはいけないと心から思った。
「傷口を塞ぐ……傷、塞ぐ、前にも……なにかっ」
考えろ考えろ、きっとここで彼に出会えたのは偶然じゃない、出会えた事に意味があるのならきっと何か出来る事がある筈だ。
絶対にこんな所で死なせちゃいけないっ。
「あ……」
死なせちゃいけない、助けなくちゃ……と、この感情は確かに前にも感じた事があった。
私の、弟君が生まれてすぐ、病気で死にそうになった時のことだ。
あの時私は無意識のうちに弟君を助けたいと願って魔法を使ったんだった。その魔法を使った直後弟君はどうなった? そうだ、発作が治まって通常の呼吸が出来るようになったんだ。
なら私はどんな魔法を使ったの? 私の魔法にはどんな物があった?
アイビーに教えて貰った魔法の条件を思い浮かべた。
「対象者を眠らせる事、気配を消す事、高度になると過去を見る事……」
これらから考えて弟君に施した魔法があるとしたら?
「眠らせること……時間を巡る事が出来る……時を、眠らせる」
大きく目を見開く。
もしかしたらあの時私は、弟君の病気の根源を闇魔法で眠らせたんじゃないだろうか? 眠らせた……のか、それとも【時を止めた】のか。仮説にすぎないけど、そうだと思うと説明がつく。
時計の時を巡るだけじゃなくて、対象の時を魔法で止める事が出来るのなら……!
「試してみる価値は、ある!」
横たわる少年の腹部に両手をあてて、深く深呼吸を繰り返した。
傷口から血が溢れる事を【止める】。でもやるなら気をつけないと、全ての血の流れを止めてしまったら死んでしまう。患部から溢れている血だけを止めるんだ、布で患部を覆うイメージで、ううんもっと……丁寧に、傷口を優しく閉じるように、止まれ……止まれ……。
貴方の命の灯火を奪おうとする死神よ、退け。
黒い霧がぶわりと私の手から噴き出し、少年の患部に注ぎ込まれる。少年は苦しげな声をあげて体を痙攣させているが、止める訳にはいかない。
「死なないで! 私はっ生きたいと願う貴方を尊敬するからっ」
少年は苦しげに悶えながら、その瞳でしっかりと私を見つめていた。
「まだ、この世界に居てください!」
瞬間、青白い閃光が溢れそれは光の粒子となりパラパラと少年に降り注いだ。
◇◇◇◇◇
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