39-2 生きたい貴方を尊敬する ◆
石畳で囲まれた長い長い通路を抱えられたまま進んで行く、壁には蝋燭がいくつも埋め込まれていて、ぼんやりと怪しい光を灯していた。
奥へ奥へと進んでいくと、静かだった筈のこの場所から徐々に人の声が聞こえてきた。
「なんの声……?」
「よく見ておくといい、これからお嬢さんが世話になる場所だからな」
暗く狭い通路をの最奥、大きな鉄の扉の前には武器を装備した傭兵が数人で番をしていて、その人達が鉄の扉を開けると……土石流のように酷い人々の歓声が轟いた。
ここが地下劇場。
舞台の上は巨大な鉄格子となり、その中では数人の子ども達と暴れ狂う獣の姿が見えた、それを見る為に舞台にぐるりと囲まれた客席には高貴な衣装と仮面を身に纏った大人達が声をあげながら笑っていた。
そして私は、その会場の一番後方から連れて来られて、その場所の異質さに絶句していた。
檻の中の舞台では、既に血まみれの子ども達が数人倒れていて、辛うじて立っているのは一人だけだった。そして、その子ども達を切り裂いたであろう巨大な体躯のヒグマは鼻息荒く暴れていた。
熊は凶暴だとは知っているけど、様子がおかしい……涎をだらだらと垂らしながら目も血走っているし、ずっと吠え続けている。まさか、わざと凶暴化させる為に薬でも使ったんじゃ……。
ふと、私のママの姿が思い浮かんだ。
ママの私を痛めつけ暴れる姿が、何故かあのヒグマと重なって見えてしまった。
「それは?」
出入り口の目の前には黒い大理石のテーブルが置かれていて、そこには武装したおじさん達が並ぶようにテーブルの前に立っていた。
この劇場の関係者達なんだろう……ここで客を招き入れたり、誘拐された子ども達が逃げないように見張っているのかもしれない。
「商品を運ぶ馬車に入ってましたよ」
「なんだと? 今日は入荷予定はないと聞いているぞ、それに昨日連れてきた子ども達はすでに運んでいる筈だ」
「どうせ昨日運ばれた中に紛れていたものの、隠れて一日過ごした取り逃しでしょう、前にもそんなことがありましたし」
「ふむ」
首や腕にジャラジャラと宝石を身につけた体格の大きいおじさんが品定めするように私を物色して、ふんと満足げに笑った。
「貴族の子どもだろうなぁ、こんないい商品を見逃していたとは、どうせ闘技場の子ども達の数は先まで埋まっている、上お得意様の花売りにでも出せば喜ばれるだろうな」
「勝手な事をしないで頂けますか」
小太りのおじさんの隣にいたフードで顔を覆っている……声を聞く限り若い男の人がすかさず口を挟んだ。
「貴族なら魔力を持っている可能性が高いといつも我が君が話している筈です、特に今は魔力持ちは余さず地下牢送りにしろと命令があった事をお忘れか」
「お、おお……っ、そうでしたな、失礼致しましたホーン様」
ホーン様?
どこかで……聞いた事がある名前だ、このふわふわとしながらも、心臓が激しく鼓動する感覚はきっと【前世のゲームで見た事がある】という記憶なんだろうけど、今思いだそうとして、さっきのように頭痛に襲われて倒れかけては、メティスを助け出せなくなる、考えている暇はない。
「急ぎ地下牢へ連れていきなさい、儀式まで時間が」
ホーンの声を遮るように、会場から大きな歓声があがった。
釣られて視線を舞台へ向けると、一人だけ生き残っていた子どもがヒグマの背に飛び乗り、背後から首にナイフを突き立てていた。
真っ黒な髪の私よりも少し年上の男の子だ、こんな小さな子どもなのに武器は古びたナイフ一つしか与えられず、戦いを強要されていたのかと思うと、改めてこの場所の悍ましさに背筋が凍る思いがした。
少年は肩で荒く呼吸をしながら、殺気が宿る眼差しでヒグマの後ろ首からナイフを引き抜き、再びヒグマにナイフを振りかぶった。
「お前がッ、死ねっ」
しかし、ヒグマは命のやり取りに激しく暴れ、体を振りかぶって少年を地面に叩き落とした。
そして、えずきながら地面に倒れ込んだ少年のお腹目掛けて鋭い爪を振り下ろした。
「っ!!」
その惨い瞬間を直視出来ず顔を逸らして目を瞑った。
あんな小さい体をヒグマの爪が抉ったのかと思うと痛くて可哀想で見ていられなかった。
だというのに、周りの観戦者達はもっとやれと、いいぞと沸き立っている。
拍手をしたり、嘲笑ったり、命の灯火が消える様を楽しんでいる。
狂ってる……っ、この場所も! ここにいる人達もみんな狂ってる!!
「あ~、ついに殺されましたか、あれはこの劇場で何体もの獣を倒した稼ぎ頭だったのですがなぁ、流石に連日戦わせすぎましたな、勿体ないですが使えなくなってはあとは捨てるだけですな」
「捨てる……?」
ブルッと全身が震えた、恐怖での震えではなく生まれて初めて感じた、憤怒という怒りの感情からの震え。
「ふざけないで!!」
駄目だと思っても一度爆発した感情は止まらない、私は大声で叫びながら小太りのおじさんを睨み付けていた。
「必死に生きようとしているあの子の命を馬鹿にした言葉で片付けないで!!」
この場所にいる子ども達は私とは違う、みんな無理矢理つれてこられてしまった子ども達だ。
家族も居ただろう、友人もいただろう、突然日常を奪われて自分の命を物として扱われて、壊れたら簡単に捨てられて踏みつけられるだなんて。
「絶対に許さない!! ここで死んだ子ども達の命のぶんっ、貴方も絶対っ」
「口を塞げ」
ホーンの一言で、私を抱えていた男の人が慌てて私の口を手で押さえつけて塞いだ。
「んーーっ、んんんっっ」
「騒ぎ出す前に地下牢へ入れておきなさい、ジョネス貴方は舞台の始末を」
無残に奪われた命を物呼ばわりした小太りのおじさんはジョネスというんだねっ、覚えたからっ、絶対許さないから!!
ジタバタと暴れる私の首を腕で締め付けて大人しくさせようとするが、私も暴れる事をやめないっ。
「んん? まだ息がありますな」
ジョネスの言葉に驚いて顔をあげる。
殺されたと思われた少年は、血だまりの地面に這いつくばりながら、まだ消えぬ闘志を金の瞳に宿し、息荒くヒグマを睨み付けていた。
「腹を抉られても死なないとは、まあどうせすぐ死ぬだろうが」
「まだ生きているなら地下牢へ、今夜は何人いても困らないので」
「すぐ死ぬと思いますよ?」
「構いません、動かずとも使えれば」
「わかりました、放り込んでおきます」
耳を塞ぎたくなる程の汚い言葉を吐き続け、ジョネスは会場の観客達を盛り上げる為に声を荒らげた。
「お客様! 本日の演劇はいかがでしたでしょうか? この後も悪魔召喚の儀式や、演舞の賭け事など取りそろえております! 舞台を整えるまでしばしおまちください!」
舞台では動かなくなった子ども達や、先程の少年を乱雑に引き摺り降ろして、どこかへ連れて行く姿が見えた。
まだ生きている子もいるのに! なんでこんな事が出来るの?! 絶対に許さないっ!!
「急ぎなさい、日をまたぐ頃に儀式を行う予定ですから」
「はいホーン様」
私を連れたまま、観客席からは死角の奥まった扉から、更に地下へと続く階段を降りて、私は地下牢へと連れて行かれてしまった。
◇◇◇◇◇
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