39-1 生きたい貴方を尊敬する
長い髪を一束にして頭の高い位置で結んで気合いをいれた。
ドレスも脱ぎ捨てて、普段剣の訓練の時に着る軽装に着替えた。
黒いタイツに青い長めのスカート、上着は兵士さんが着ていたのを子供用にデザインし直してもらったものだからとても動きやすい。
腰に付けるような大きな剣だと目立ってしまうと思ったから、特注の握力増加の魔石が組み込まれた護身用の短剣を懐に隠し持った。
更に、メティスが怪我をしていた時の為にと、訓練の時に怪我をしたら使おうと取っておいた自分用のポーションを一瓶ポケットに入れた。
「これだけ準備すれば大丈夫だよね!」
最後に私が居なくても心配しなくても良いようにと書き置きを紙に書いてテーブルの上に置いておいた。
書き置きを残そうが残すまいが、絶対あとで怒られるだろうけどね! でも今は時間に猶予がないから! メティスの所へ行ける手段があるなら私はそれを選ぶよ!
自分の部屋のバルコニーへ出て、手すりに手をかけてぶら下がり下の階へ飛び降りる、それを繰り返して一階まで降り、ようやく地上へ降り立つ事に成功した。
(午後九時まで時間がないっ、急いで焼却炉に向かわないと!)
辺りはどっぷりと暗くなり、走りながら空を見上げるといつも夜を明るく照らしてくれる月の姿が見えなかった。
(今日は新月の日かぁ……)
暗い暗い道を脇目も振らずに走り抜け、指定時間ギリギリに焼却炉に辿り着いた。
「まにあったーっ!」
こんな時間だから当たり前だけど、屋敷の人達の姿はどこにもない。火の付いていない焼却炉が静かにそこにあるだけだ。
「麻袋~~っ! あさぶくろさんどこ~~!」
どこを見回しても本に書かれていた麻袋が無い、私は早くそれに入ってメティスを助けにいかなくてはいけないのに!
焼却炉の中を覗き込んで探してみようかと近づいた時、私の後ろでドサっという何かが落ちた音が聞こえた。振り返ってみると、地面に子ども一人は簡単に入れるであろう位の大きさの麻袋が落ちていた。砂埃が舞っている事から、今正に塀の外側から投げ込まれたのだろう。
「あったーっ! お邪魔します!」
慌てて駆け寄り、迷わずその麻袋の中に潜り込んだ。
その瞬間麻袋の入り口が閉じて視界が真っ暗になる、外からギュギュッと音がするので、麻袋の閉じた入り口を紐のようなもので結んでいるんだろう。
「わわっ?!」
そして、ふわりと浮き上がる私入りの麻袋。
なんだろう、とても不思議な感覚だ。誰かに持ち上げられたという感じがせず、宙に浮き上がっているような浮遊感がある。魔法かな? でも魔法だったら、屋敷中に張り巡らされたパパのセキュリティ魔法に引っかかって対象者は攻撃を受けてしまう筈なんだけど、そんな気配もない。
少しの間浮いたような感覚が続いたあと、麻袋越しに誰かに抱きかかえられた。勿論麻袋の中からはそれを確認する事が出来ないから誰なのかは分からないけど、雑に扱うというより、しっかりと体を支えるような安定感のある形で抱きかかえられている。
「えっと、だれ?」
私の言葉に相手は何も応えない、そしてそのまま馬のいななきと共にそれは走り出した。
激しく上下する振動、馬の蹄が地面を蹴る音、それだけで誰かが馬を操り私をどこかに連れて行っているのだと理解できる。
どこに連れて行かれるんだろう? ゲームでも見たあの地下劇場だったらいいんだけど。
ここに来いというのが、知らない人の手紙だとかだったらきっと来なかった。でも、私の今までの過去を知り尽くし、メティスの今の状況も知った風に語るあの【魔法の本】の提案であるからこそ受けてみたのだ。
「絶対にメティスを助けて一緒に帰るっ」
メティスの安否を祈りながら、激しく揺れる馬上から落ちないように麻袋越しの誰かの胸にしがみつき、しばしの暗黙の時間を堪える他無かった。
◇◇◇
どれ位の時間走り続けたのだろう? 突如私を乗せる馬の蹄の音が止まった。
私を抱えた誰かが馬から降りる気配を感じた、そのまま誰かは歩いていく。麻袋の中に居るから何も見えないけど、メティスがいる場所に連れていかれていたらいいな。
ギィっと錆びた扉の開く音が聞こえ、私は誰かの腕の中からそこへ降ろされた。
どこに降ろされたんだろう? ここからどうしたらいいのかな?
戸惑い、おろおろと動く私の頭を麻袋越しに誰かの手が撫でた。
「だあれ?」
相手は何も答えない、けれどその手は優しく優しく私の頭を撫でて、どこか名残惜しそうに離れていってしまった。
そして、扉の閉じる音が聞こえ、彼の人の気配が遠ざかり、誰の気配もしなくなった時、麻袋がバサっと音をたてて崩れ落ちた。
「ここは……」
麻袋を結んでいた紐が切れたのだろう、突然視線が開けた。
真っ暗な路地裏……人の気配はなく、塵が辺りに散乱し、壁も道もボロボロだった。
そして私は、今にも崩れ落ちそうな程に廃れた馬車に乗せられたようだ、馬車と言っても貴族が乗るような高級なものじゃなくて、牛などの家畜を運ぶような粗末なもので、四方を鉄の柵で取り囲まれたものだけど。
さっきの錆びた扉が開く音は、この柵を開ける音だったんだ…。
馬車の中を見回しても私以外何もない、あるのは麻袋と切れた木のツタだけだった。
「おい、来てみろよ商品が入荷してるぞ」
男の人の声に振り向くと、馬車の外に正装姿の男の人が二人立っていた。私が入っている鉄の柵に手を掛けてジロジロと私を見て来る。
「この小綺麗な格好は貴族か? ならお偉いさん達も喜びそうなもんだが」
「こんな小さい子どもまで攫ってくるとはな、まあ今夜のは別に戦えなくていいらしいからな、質がいいなら尚更だ」
私を見て商品と言って、戦うという言葉も出てきた。じゃあこの人達は、ゲームで語られた地下劇場の関係者なのかもしれない。
強気になると相手を逆上させてしまうかもしれない。
私は年相応の子どもらしく怯えた振りをする事にした。体を縮込ませて、頭を手で抱え込んだ。
「ここ、どこなの?」
「さあどこだろうねえ? 知らなくともお嬢さんはただ蹲ってるだけでいいのさ」
「やだっおうちに帰りたいっ」
「大丈夫、地下のお部屋も気に入る筈さ」
やっぱりそうだ、間違いなくここはゲームで語られた地下劇場!
確か、劇場で戦わされて使えなくなった子ども達は更に地下深くに送られる、もう劇場で商品として使えなくなった用済みのレッテルを貼られた者達はそこで魔王復活の儀式の生け贄にされるんだ。
じゃあどうしよう、このままだと私は劇場へ送られるんじゃないかな? でもそこにはメティスはいない。メティスは魔王の器として連れて来られたとゲームで語られていたから、居るとしたら儀式の場所だろう。
劇場に寄り道してる場合じゃないっ、更に地下に行かなくちゃっ。
「だが、今日の入荷はしない筈じゃなかったか? ほら、本命が手に入ったとかで」
「王家のあれ、だろ? 二人連れてくる予定が一人になったらしいが」
本命が手に入った。
その言葉に反応した。
王族を誘拐したと、この人達は確かにそう言った。子どもの前だから構わないと思ったのか、私がもう生きてこの場所から出てこれないと思ったからなのかは知らないけど軽率な事だ。
男の人達は鉄格子を開けて私の腕を引っ張った。
「さあおいで! 楽しい場所に連れていってあげるよ!」
「やだー! 離してーっ!」
と、言いつつ内心では「早く目的の場所に連れて行ってさあ早く誘拐して!」と叫んでいた、嫌がる振りも楽じゃない。
私の緩い抵抗にも気づかず、男は私を脇に抱え上げると、馬車の隣の細く暗い路地裏を進み、行き止まりまで行くとそこに不自然に置かれていた木箱を蹴飛ばした。
ゴゴゴと鈍い音をたてて地面がくぼみ地下へ続く階段が現れた。
なる程、隠し通路があったんだ……これじゃあゲームで王家の人達が見つけられなかったのも無理は無いね。
「はははっ、貴族の子どもはお偉いさん達に大層喜ばれる商品だからな、最高のパーティに招待してやるよお嬢さん」
「はい! よろしくお願いします!」
「え?」
「あっ?! きゃ、きゃーっコワーイッ、ダレカタスケテェ!」
つい本音が零れてしまった口を塞ぎ、慌てて怖がるフリをする! 私に構わないでお願いだから早く連れてって!
「おい行くぞ、この時間に外にいたらマズイ」
「ああ、そうだな」
男達が私を連れて地下階段を降りると、後ろで隠し扉が重い音をたてて閉じた音が響いた。
これでもう、逃げる事は叶わないという事だ。
◇◇◇◇◇
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