33-1 英雄達の集い ◆
多種の精霊が住まう大国、ヴァンブル王国には英雄が居る。
かつて、魔王を倒したとされる四人の英雄達。
全世界の魔法使いを束ねる魔塔も認めるSランク級魔法使いであり、国の外れの北部を守るポジェライト辺境伯のヴォルフ・ジョセ・ポジェライト。
平民から騎士伯にまで異例の出世をし、戦場で一人で千人相手に勝利したという伝説の竜騎士団長、ディオネ・ウォード。
光の精霊に選ばれし元聖女で、緑の癒やし手として教会の象徴として崇められている、女性公爵のクラリス・ロレーナ。
そして、現国王であり、先代までの貴族中心で市民を蔑ろにしていた政策を全て撤廃し、たった数年で国を立て直した名君である元勇者のファンボス・グロー・ヴァンブル。
この四人は国を救った生きた英雄として、国民達に絶大な支持を得ている。
そんな英雄達には年に数回、必ず集まらなければならない行事がある。
王都に隣接する大聖堂に月が空を支配する時刻に四人で籠もり、魔王の封印の強化をする為に一晩中祈りを捧げるというものだった。
そして今宵も、英雄達は大聖堂に集結した。
大聖堂には先にファンボスとディオネが来ており、続いてクラリスが聖女の微笑みを浮かべながら入場した、最後に来たのはヴォルフで奥へは進まずに出入り口で足を止めた。
英雄達が揃った状況に司祭達は嬉しそうに興奮しながらも、慣例に従って英雄達に頭を下げた。
「それでは我々は大聖堂の外で祈りを捧げております」
「英雄の皆様もどうぞご無理はなさりませんように」
「ありがとう」
そう柔らかい声で答えたのはクラリスで、司祭達が扉を閉め、足音が完全に聞こえなくなった事を確認してから己の魔法の杖を手に取った。そして、魔法詠唱をしてこの大聖堂を巨大なシールドで覆った。
「陛下、これで朝までは私達以外の誰もここには入れませんし、会話も聞こえなくなります」
「よくやったクラリス」
ファンボスが一歩踏み出せば、ディオネとクラリスがそれにならい道を空けた。その先にはヴォルフがおり、無言でファンボスを睨み付けていた。
「ヴォルフ……先に言っておく、今のうちに折れていた方が身のためだぞ」
「…………」
「フッ……黙りか、なら俺にも考えがある」
ファンボスは突如走り出すと、ヴォルフ目掛けて飛びかかった。
「すまぁあああああんっ!!」
ファンボスがヴォルフの足にしがみついて、半泣きになりながら謝罪し始めた。
「すまんヴォルフぅうう!! 謝るから! だから仲直りしてくれ!」
「くっつくな気色悪い!!」
「だってお前この一年間本気で俺と口をきいてくれなかったじゃないか?! 喧嘩にしては長すぎるだろう無理辛い!! どんな性悪なクソジジィの貴族共に罵られようと痛くも痒くもないが仲間のお前達に嫌われるのは辛すぎるーーっ!!」
「お前自分が何をしたのか分かっていて駄々をこねているのか?! 黙れ離れろ!!」
「お前が許してくれたら離れよう!!」
「魔法で無理矢理にでもぶっ飛ばしてやってもいいんだぞ?!」
「まあまあ落ち着いてよ~」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人へ、クラリスが大聖堂の中央に魔法で若草の絨毯を敷きながら落ち着けと促す。
「知っているでしょうヴォルフ! 陛下は寂しいと死んでしまうのよ!」
「ウサギかっ」
「いや、この件に関しては下手をしたらウサギよりも心が弱い」
更にはディオネまで加わりファンボスを哀れんだ目で見始めた。
クラリスは敷いた絨毯の上に、お皿やフォークなどの食器を並べて、更にグラスを五個並べながら、早くと皆を急かす。
「私は食器しか持ってこなかったんだから! ほらみんな早く各自の持ってきたもの出して! 本当なら腕によりを掛けた食事でも持ってこようと思ったんだけど」
「クラリス、食材への冒涜はやめろ」
「ディオネがこうだもの~~! なんでかしらね~~!?」
クラリスの料理の腕が壊滅的に終わっている事を知っている一同はクラリスにだけは料理をさせない、これは暗黙の了解であり、命を守るための誓いでもあった。
「ヴォルフお前が怒っているのも分かるがこのままでは平行線で埒があかないだろう、この一年で陛下も十分にいじけて……ンンッ、反省した」
「今、俺がいじけたって言わなかったかディオネ」
「そろそろ許してやれ、お前が気の済むようにしていいから」
「ディオネお前いつも一言余計だよなーーっ!!」
ブーブーと口を鳴らすファンボスの頭上でカチャリという金属音が聞こえてきた。何の音だと見上げれば、ヴォルフが髭剃りを片手に仄暗い笑みを浮かべていた。
「ファンボス、その髭を全て剃ったら許してやろう」
「髭か?! いやいやこの髭は王としての威厳を保つ為にも必要でな!」
「本音は?」
「ウィズ嬢がこの髭を気にいって懐いてくれている姿が可愛いから剃りたくないな~! 娘が出来たみたいで可愛いのなんのって!」
「剃る」
「アーーッ!! やめてくれぇーーーーっ!!」
「それで、ディオネは何を持ってきたの?」
「酒を数種類だ、飲み足りない位は持ってきた」
「ディオネは本当にお酒が好きね~」
「つまみの料理は全て陛下が作ったらしい」
「やったぁ! 旅をしている時も陛下の料理が美味しくていつも楽しみにしていたから懐かしいわ~」
「髭―――――っっ!!」
背後でファンボスの髭が剃り落とされる音が悲しく響いたとしても、仲間達は全く止める素振りもなく、せっせと宴の準備を進めたのであった。
◇◇◇
「じゃあみんなグラス持ったわね? かんぱ~いっ♪」
「乾杯」
「……」
「俺の……髭が……」
円陣を組むように四人は座り、各々が酒の入ったグラスをあおった。
ぷは~! っと美味しそうに飲むクラリス。ごくごくとまるで水のように酒を飲み、直ぐにまた自分のグラスにつぐ酒豪のディオネ。嗜む程度に喉に流し込むヴォルフ、そして髭を全て剃られて背を向けて落ち込むファンボス。
身分を越えて、魔王討伐の旅をしていた頃のように友として気安く接する事が出来るのはこの時間だけの特権であった。
「にしてもね~、私達のこの定期的な集まりが本当に魔王の封印を強める為だと思っているのかしら?」
「何も知らない連中からしたらそうなんだろうな」
「ただの談笑しながらの飲み会なのにねぇ~! まあ私はこうしてみんなの顔を見ながら朝まで飲み明かすのが楽しいからいいけど!」
「……聖女が酒を飲んでもいいのか」
「元! 聖女ですぅ~~! ヴォルフ! アンタも差し入れ! 何か持ってきてないの?」
ヴォルフは面倒臭そうに溜息をついて、冷気を生み出した魔法を四人のグラスに流し込んだ。
カランと小気味良い氷の音が響いて、クラリスとディオネはご満悦だと笑う。
「やっぱりお酒には氷よね!」
「いちいち追加するのも面倒だ、ヴォルフこの樽に氷の粒を作っておけ」
「お前どれだけ飲むつもりなんだディオネ」
指定された樽に魔法で氷の粒を補充している横で、ディオネは床に置かれた五個目のグラスを見下ろした。
誰もこのグラスには触れない。
このグラスがどんな意味を持っているのか理解していて、誰も口には出さないのだ。
そしてこのグラスをいつも用意するのはクラリス。そのグラスに誰かが酒をついだ事は今まで一度もない。
ただそこに虚しく空のグラスがあるだけだ。
「さて、そろそろ本題に入ろうか」
「あら、もう復活したの陛下?」
「陛下のメンタルはウサギの様に弱く、回復の早さは光並ですよね」
「ははは! お前達のいじりにはめげないぞ!!」
髭も剃られてスッキリ顔になったファンボスにクラリスは「陛下はやっぱりお髭がない方がいいわよ~」っと言いながらグラスに酒をついだ。
「まず、ヴォルフが激怒しているウィズ嬢とエランドの婚約についてだが、何故そうなったのかをお前達には詳しく説明しようと思う」
「返答次第では俺とウィズは即ポジェライト領へ帰るからな」
「お願い聞いて! 絶対納得する筈だから!!」
ヴォルフの冷ややかな視線にも負けず、ファンボスは咳払いをして話し出した。
「大きな理由として三つある、その一つ目はウェスト家を押さえ込む為だ」
ウェスト家の名前にヴォルフはグラスを床に置き、ファンボスの話に視線を向けた。
◇◇◇◇◇
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