32-3 謎の少年 アルヴィン
「外が賑やかだね」
「言われて見ると、あれ? この町には無い気配がするね」
「気配?」
「魔獣の気配、召還士なんて来てない筈だけど」
「ま……」
魔獣、と言えば私には心辺りは一つしかない。
召喚士でもないのに、魔獣を生み出して更にはその背に乗るなんて規格外な事をやってのけてしまう凄腕魔法使いといえば……。
バンッと教会の扉が魔獣の前足で蹴破られる。
「ウィズ!!」
「ぱっ、パパァッ?!」
パパは白銀の狼の魔獣から飛び降りると指を弾いてその魔獣を消して、長い足を素早く動かして私の元までやって来た、って怖い!! 目が吊り上がってる!! 凄く怒ってる?! そりゃそうだよねっ、家に居たはずの私が居なくなったんだもんっ、お説教かな?! グーパンがでるかな?! 謝って許してくれるかな?!
「ぱ、パパあのね違うのっ、わざとじゃなくてちょっと帰る部屋を間違えちゃってっ!!」
パパの手が私に伸びてきて、怒られる! と覚悟して目をキツク閉じた瞬間、パパの腕の中に優しく抱きしめられていた。
「心配したんだぞ……っ」
あったかいパパの体温に包まれて、微かに震える腕と声にどれ程心配をかけてしまったかと痛感して胸が痛んだ。
「ごめ、ごめんなさいパパ……っ、いたずらとかじゃないんだよ、間違えて知らない馬車に乗っちゃってここまで来ちゃってて、帰り方わからなくて」
「家出かと思った」
「違うよっ、パパを一人残して何処かに行ったりしないよ!」
私もぎゅっとパパに抱きついて、どれだけ心配を掛けてしまったのだろうと心から反省した。
見渡した限り家のみんなの姿はない、パパ単身で飛び出して探しにきてしまう程私の事を心配してくれたんだね。
「すまない……お前に筋肉についての話はまだ早かったな」
「ううん、いつか知る事だもん、今知れてよかったんだよ……! だって、今から頑張って努力したら少しは筋肉つくかもしれないもん! 私諦めないよパパ!」
「ああ、そうだな、お前は俺の娘だからな」
「うん! 筋肉に負けないよ!」
「筋肉への関心の強さが親子なんだって分かるなぁ」
感動の親子の再会をアルヴィンはどことなく一歩引いて見守っている。いいんだよ、もらい泣きしてくれても。
「お前は?」
パパは私を抱き上げて、立ち上がってからアルヴィンを見下ろした。
「通りすがりの者ですよ、お迎えが来るまで一緒にいてあげようと思ってたんですけど、予想より早かったですね」
「お迎えって……アルヴィンはパパが来るの分かってたの?」
「うん、俺がトリを飛ばして連絡しておいたから」
驚いてパパの方を向くと、パパは肯定するように頷いた。
「対象にメッセージを伝える魔法が存在する、言葉を込めたものを蝶や鳥などの姿に変化させた魔法を飛ばすんだ、受け取った対象はそのメッセージを聞く事が出来る」
「それでパパはアルヴィンの魔法を受け取って、私の場所が分かったんだね?!」
「ああ」
そこで、パパがふと不思議そうな顔をアルヴィンに向けた。
「この魔法は一度でも言葉を交わした者にしか飛ばせない筈だが……」
アルヴィンは頬を指先で掻きながら苦笑した。
「会った事ありますよ俺達」
「……覚えていない」
「それは残念です」
パパは本気で分からないという顔をしているけど、アルヴィンはどうやらパパの事を知っていたみたい。という事は、私の正体も分かっていたから助けてくれたりしたのかな?!
「アルヴィン! もしかして私達も会ったことあるの?!」
アルヴィンの目が大きく見開かれる。
「……どうかな?」
立ち去ろうとするアルヴィンをパパが呼び止めた。
「待て、礼をさせて欲しい」
「いえ、俺が勝手にした事ですから」
「だが……」
「では、いつか俺の名前で招待状を送りますので、それに応じていただけますか?」
「俺が招待するのではなくて、そちらが?」
「はい、その時に是非お話をしましょう」
アルヴィンはパパに軽く一礼してから、私達の横を通り過ぎて歩いていく。
「ウィズ、さっきの質問だけど」
アルヴィンは振り向きざまに、無邪気に笑った。
「仲直りしない、っていう手もあるよね」
「え……え?」
「また会おうね、ウィズ」
ひらりと手を振り、アルヴィンは教会から出て行ってしまった。
結局彼は……何者、なんだろう? 沢山答えてくれたようでいて、結局何も教えてくれなかったような気もする。
「アルヴィン……どこかで聞いた事がある名前だな」
パパは何か考え込んでいたけど、答えが出なかったようで、指を弾いて再び白銀の狼の魔獣を召還した。
「一先ず帰ろう、説教はそれからだ」
「ふぁっ?! やっぱり怒られるの……?」
「当然だ、罰として腹筋百回だ」
「パパ! それはご褒美です!」
「なら罰として一週間の筋トレを禁ずる」
「いやああああんっ!! 一週間も筋トレしなかったら筋肉がしんじゃう!!」
パパに連れ帰られて、何があったのか詳しく尋問され、こってり怒られる事になったのでした。
◇◇◇
「メティス!!」
ティールームの扉を破壊する勢いで押し入ってきたのはこの国の王妃であり、血縁上では僕の母親にあたる人だった。
母上の後ろに控える騎士達の顔は真っ青で、その後ろで悲鳴のような声をあげるメイドもいた。
「これは一体何事ですか?!」
何が、と母上に問われても訳が分からない。僕をこの部屋に呼んで、僕の婚約者候補だという彼女達を呼んだのは母上の筈だ。
面談をさせるから、気に入った子がいれば教えなさいと言っていた。そうして部屋に入って来たのは、年上は十五歳から下は同じ歳までの、やたら気合いを入れたドレスを着込んだ貴族の娘達が十人。ぎらついた目を光らせて、取り入ろうとする魂胆が見え見えの女達ばかり。
これも公務の一つだからと、普段通りの笑みを浮かべてそれとなくやり過ごす筈だった。
だって、どの娘達も同じ顔に見えるんだ。みんな能面に見えて、違いなんてあるのだろうかと本気で悩む。
会話をしても、この発言をした後はこう言ってくるだろうなと考えている事が当たるので、まるで人形と話でもしているようでつまらない。
僕の事を褒めちぎるか、自分の自慢話をするか、我が儘を言って騒ぐかのどれかだった。
ああつまらない、これの中で誰を選べというんだ。もう勝手に決めたら良い、誰を選ばれても同じなんだから誰でも良い。
あの子と同じ子なんて、いる筈ないんだから。
くだらない無駄な時間を過ごしていた時だった、とある令嬢がこんな事を口走った。
「エランド殿下の婚約者はもう決まりまして? なんでも有力候補はポジェライト家のウィズ様だとか、お似合いですよね」
政治的な思惑があっての発言なのか、それとも只の失言だったのかは知らないが、その台詞を聞いた途端目の前が真っ赤になった事は覚えている。沸々と沸き上がり爆発した感情が怒りなのか、憎しみなのか、悲しみなのか……分からない。
けれど、言葉を吐き出す代わりに噴き出したそれは一瞬で部屋全体を黒く呑み込んだ。
本当にたった一瞬だったのに、次に視界が開けた時には僕の婚約者候補達はみんな床に倒れていた。部屋の中で給仕をしていたメイドや執事も例外なく倒れていて、この部屋で意識があるのは僕だけだった。
そして、人の倒れる音を聞いて飛び込んできた兵士が驚き、王妃に報告して今に至る訳だ。
何があったと聞かれてどう説明すればいい? 突然皆原因不明にも倒れたと見たままを説明して納得するとは思えないが。
「さあ……? 突然倒れたので」
「知らぬと言うのですか……?! 状況の説明をするのですメティス!!」
「誰も死んでいませんよ、気絶しているだけなので貧血でしょうか」
「メティス!!」
気がつけば、僕の表情はいつも笑顔で固定されるようになっていた。他の表情の作り方なんて忘れてしまって、張り付いた笑みが通常のそれ。この顔でいればそつなくこなせるからこれでいいと、自分の感情など捨てて効率の良さを取った。
心がどんどん死んでいく気がする。
あんなにも毎日楽しくて、心から笑っていた日々は失われてしまった。
奪われたから必死に心を押さえ込んでいるのに、ただ従って大人しくしているのに……婚約者をあてがって追い打ちをかけようとする。
目の前で僕を怒鳴っている王妃を見上げて失笑を漏らした。
「僕を殺して楽しいですか?」
「っ?!」
王妃が息を呑んで硬直している。その通りだろう? 思い当たる事があるのだから何も言えないのだろう、王妃としては優秀だが母親としての貴女はどうなんだろう?
「うぅ……っ」
倒れている令嬢達が救護隊に運び出されていくその中の一人が担架に乗せられた時にうわ言を漏らした。
彼女は確か……魔力測定の時にウィズにつっかかっていた令嬢だ。確か名前はルア・ロレーナ、元聖女の娘だ。
「ま……まおう」
魔王、と彼女はそう呟いた。
面白い事を言う、魔王のように僕が恐ろしかったとでもいうつもりだろうか。
その姿を見送り母上の顔を見れば、その顔は血の気が引き、真っ青に染まっていた。
「母上、僕に婚約者をあてがおうとするのは止めてください。しばらくの間は不要です、またこのような説明の出来ない事態は起こしたくないでしょう?」
「貴方……」
「失礼します」
唇まで青くなった母上に背を向けて部屋を出る。
しかし、部屋を出てすぐ待ち構えていたかのようにエランド兄上が立っていた。
「メティス……」
「…………」
「これだけの人数が倒れてお前だけが無事だったのは何故だ、何があった」
「さあ? 恐らくですが僕の放出された魔力にあてられて堪えきれず倒れたのでは?」
「なら何故魔力を放出させたんだ……?」
「兄上」
兄上の手首を掴み爪を突き立てる程に強く握りしめた。兄上の顔が苦悶の表情に染まるが関係ない。
そして、その掴んだ手をそのまま自分の首に導いた。
「僕の力が制御出来ず、暴走した時。僕を殺すのは兄上の役目ですよ」
「何を馬鹿な事を言ってっ」
「だって、兄上は勇者である父上の子どもでしょう」
パッと手を離して、表情を変えぬまま薄く微笑んだ。
「もしもの話ですよ……王太子殿下」
何故か傷ついたような顔を見せた兄上にはもう構わず、そのまま通り過ぎて歩いて行った。
日が経てばどうとでもなるだろうと思っていたのに、どんどん、どんどん、暗く深い所へ心が淀み堕ちていく気がする。
あいたい。
誰に? 決まってる。 でも言えない。 忘れなきゃ。 何のために?
ぐるぐる……ぐるぐる……。
自分の中に蔓延る暗く淀んだそれを溜め込み、日常は恐ろしい程にゆっくりと過ぎて、着実に僕の首を締め上げていった。
◇◇◇◇◇
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