33-2 英雄達の集い
「ウェスト家はお前達も知っての通り、先代の頃から国に仕えている貴族の中でも古株の公爵家だ。紅蓮院の総統という名目で色々と自由をしている」
自由をしているという言葉には、忠誠を軽んじているという意味が込められているが、この場に居る者達は皆その意味を正しく理解していた。
「ウェスト家の当主ダルゴットは、皆も知っての通りレベッカの父であり、ウィズの祖父にあたる。まあ、ヴォルフがレベッカと結婚をする際に家同士の断絶を宣言しているから、血筋上はという事でしかないが」
「そのせいで俺は随分とダルゴットには睨まれているがな」
「ヴォルフ、またお前は物騒な話を楽しそうに言うなぁ。
兎に角、その状況であるなら普通は紅蓮院が支持しているエランドとウィズ嬢の婚約はダルゴットにとっても政治的に有利なものに持って行きやすい筈だ」
「その言い方だと、そうではないのかしら陛下?」
クラリスの問いにファンボスは頷いた。
「まだ正式な発表はしていないが、エランドを王太子に任命する予定だ」
「馬鹿なっ?! つまりウィズが王太子妃になるという事か?!」
「まあ待てヴォルフ、怒るなら話は最後まで聞いてくれ。この話を餌に【影】に周囲の反応を探らせたんだが、反発心を持っているのは水龍院と……ダルゴットだった」
予想外の名前に皆の顔が曇る、エランドを支持している紅蓮院の総統であるダルゴットなら誰よりも喜びそうなものなのだが。
「紅蓮院の連中は勿論この情報に喜んでいる、しかしダルゴットだけは苦い顔をして不服そうなものだ、不思議だろう?」
「つまり、ダルゴットは貴族社会の中で盤石な力を得るよりも、別の目的があるという事でしょうか?」
「察しがいいなディオネ、俺もそう思うよ」
ファンボスは酒で喉を潤しながら、グラスの中で揺れる水面を睨んだ。
「なあ、覚えているかヴォルフ? ウェスト家から送られていた使用人達を、奴等はウィズ嬢を虐め、レベッカを追い詰め、お前の家で好き勝手犯罪をしてくれた。そして、捕まった奴らは全員獄中で自死した」
「……ああ」
「おかしいと思わないか? 全員が自死するなんて、牢にはロープもナイフも無かったというのに、全員が自らの命を絶った」
「陛下はこう言いたいのでしょう? 全員ダルゴットに口封じをされたと、そして口封じをしなくてはならない理由を使用人達は知っていたと」
クラリスの言葉にファンボスは頷き、あぐらを掻いた状態で頬杖をついた。
「その中にティリーという男がいてな、かなり気の弱い根性無しの男で捕まってからはずっと許しを請いながらなんでもするから助けてくれと叫んでいたよ、今思えばその叫んでいた言葉が奇妙でね」
「叫んでいた言葉?」
ファンボスに変わって、ディオネが告げる。
「叫んでいた内容はこうだ『狂っているのは俺じゃない! ウェスト家が狂っているんだ! 俺は言われたとおりに振る舞っただけ! 俺は狂ってない! こんな馬鹿げた計画になんて関わりたくない!』そんな言葉を吐き続け、尋問を控えた前日に表向きは自死した」
「狂っているのはウェスト家……か」
ヴォルフは様々なウェスト家の情報を脳内で巡らせた。
昔から奴の欲しがるものは分かっていても、何を成したいのかその答えに辿り着けなかった。上手く隠されているせいだろうが、ダルゴットの行動は常に理解不能で、矛盾だらけなように見えているからだ。
しかし、自分が矛盾に見えているという事は、何か情報の取り逃しがあり、答えに辿り着けずにいるせいでそう見えているのだろう。
ただ本当に狂っているだけの男だったなら、あんなに欲深い目で自分の子ども達の事を見たりはしない筈だ。
「ウェスト家……いや、ダルゴットについて不可解に思っている点がある」
ヴォルフの発言に、皆が目を見張る。
「まずレベッカの存在だ、昔から執拗に俺にばかりレベッカとの婚姻を進めてきた。あの頃の俺は英雄でもなく、辺境の地の変わり者と呼ばれていて婚姻相手としてはあまり良い評価もなかった」
「学園ではやたらモテていたじゃない」
「そんな記憶は無い」
「あれだけキャーキャー言われていた癖に?!」
クラリスはやれやれと溜息をついてから、真剣な面持ちになる。
「まあアンタの顔はさておき、貴族の視点で見ればあの頃のポジェライト辺境伯へは嫁ぎ先として選ばないわよね~」
「ああ、だというのにダルゴットは俺が子どもの頃からずっとレベッカを薦めてきた、他の貴族令息には目もくれず、俺ばかりをだ」
「まあそれは確かに、不可解な行動といえばそうだな」
ディオネは何かを思い出すように思案し、更に口を開いた。
「お前の前であまりこういった話はしたくはないが、ダルゴット卿は娘のレベッカ様の事をあまり愛していないように見えたが」
「ああ……そうだな」
ダルゴットは実の娘のレベッカに対して愛情は全く感じられなかった。
第三者目線で見ると、パーティーへ向かう時はいつも別々の馬車で向かっていたし、エスコートをした事など一度も無い。後に深いつきあいになってからヴォルフが気づいたが、レベッカのドレスで隠された肌にはいつも痣や傷があった。
虐げているというのに、当初は利益があまり見込めないポジェライト家のヴォルフへと婚姻を結ぼうと躍起になっていた。
仕組まれた婚姻だった、そこにヴォルフとレベッカの愛は無いとダルゴットは思っていたが、そこが唯一の誤算だったのだろう。
「更に、ダルゴットが興味を示す対象も妙でな」
ファンボスはグラスの縁を指でなぞりながら、重苦しげに言った。
「赤い目を持つ者や、銀色の髪を持つ者にばかり興味を持つ」
「赤い瞳と、銀髪だと?」
ヴォルフは自分の容姿とレベッカの容姿を思いだし息を呑んだ。
己の髪は銀色、そしてレベッカの【本来の瞳の色】は赤色だ。
レベッカは普段、魔法石で髪色を黒に、瞳の色は灰色に変化させている。しかし、本来のレベッカの見目は水色の髪に赤い瞳だ。
「うちのエランドと接する時にやたらと瞳の事を褒め称える、そして俺が昔赤目だったのが金色に変わった事を知っているものだから、貴方はその美しい瞳の色のままでいいとのたまっている」
「銀髪については私も覚えがありますね、銀髪といえば魔力が色濃く魔力値が高いので、魔塔に勤めているものも多く、城内でも数人歩いているのを見かけますが、その全員にダルゴットは声をかけています「是非我が家の専属魔導師として働かないか?」と、破格の条件で引き抜いているらしく、魔塔もその件で困っているとか」
ディオネの話を受けて、クラリスはヴォルフの腕を指先で突いた。
「魔塔といえばヴォルフよね? その話は聞いてないの?」
「耳にしてはいたが、金に釣られて去るぐらいの低俗な奴ならこっちから願い下げだと気にしていなかった」
「アンタのそういう所が駄目だと思うわ~」
「とにかく」
ファンボスは飲み干したグラスを膝に乗せ、ヴォルフへと向き直った。
「それらの事を考えて、俺は一つの仮説に行き着いた」
「仮説だと?」
「ああ、ダルゴットは、最初からお前とレベッカの子ども達を欲していたんじゃないかとな」
場の空気が凍り付く、誰もがどういう事なのかと言葉を失った。
「赤目と銀髪に執着する男が、執拗に結婚させたがった二人だ、当然その子ども達もその特徴を持って生まれてくるだろう……そして、ダルゴットは待っていたのさ、赤目と銀髪で生まれてくる子どもをな」
ファンボスは思い返してみろと言う、ポジェライト家に生まれた嫡男の姿を。
「銀髪に赤目だっただろう? それに男の子だ」
「男……?」
「これも推測の域を出ないが、レベッカはダルゴットによく女の癖に、何故女で生まれてきたと蔑まれてきたよな? つまり女の赤目では駄目なのだ、男であり赤目で銀髪の完璧な何かをダルゴットは欲している」
虫酸が走るとファンボスは顔を歪める。
「薬のせいで精神が犯されていたせいもあったのだろうが、レベッカが女として生まれたウィズを疎んでいたのは、もしかしたら呪いの言葉を受け続けた自分と重ねて見ていたせいかもしれないな、性別は同じ女で見た目もそっくりなウィズが、自分の幼少期を見ている様で恐ろしかったのかもしれない」
ヴォルフは苦々しく首を振り、ファンボスが告げる仮説に反発する。
「しかし! もしそうなら生まれた当初に息子はダルゴットに奪われていたようなものだろう! 何故数年放置していた?!」
「お前は戦場に居たから知らなかったろうが、レベッカは嫡子が産まれた時に、その特徴をウェスト家には隠していた。本来は銀髪赤目だというのに、自分と同じ青い髪に青い瞳であったと伝えていたらしい。」
「だがっ、出産には立ち会った者達はその姿を見ている筈だろう!」
「その者達にはレベッカは大金を持たせて口止めをして、屋敷から追い出したそうだ。嫡男が瀕死の病に侵された時に携わった医師にも同じよな事をしていたようだ。
だから、赤子である長子の世話をする筈だった乳母は居らず、レベッカ自らが世話をしていたんだろう、自分の部屋の奥に鍵付きの部屋まで設けて、誰の目にも触れないようにひっそりと育てて……お前の帰りを待っていたんだ、ヴォルフ」
ヴォルフは酷く衝撃を受けたようで、頭を抱えて項垂れてしまった。
「そうか……そうだな、俺に魔王軍の残党狩りをするように最初に提案したのは、ダルゴットだった。今思えば、俺とレベッカを引き離す為にっ」
ディオネはヴォルフの肩を手で軽く叩いてから、ファンボスに問う。
「これらの話を聞くとレベッカ様はダルゴットの思惑がなんなのか知っているのではないですか?」
「その可能性は高いだろうな」
ファンボスはグラスを乱雑に床に置くと、鋭い目つきで前のめりになり語り出す。
「レベッカ襲撃事件について、各々調査は進んでいると思うがここで整理しながら答えに辿り着くとしよう。
まず、あの日屋敷にいたメティスから聞いた話、ウェスト家の馬車がなんの連絡もなくポジェライト家を訪問していたそうだ」
「その日は丁度ヴォルフが帰って来る日だったわね? そんな日に焦るように訪ねてきたという事は……」
何かに気づいたように、まさかと呆然としながらヴォルフは顔をあげた。
「レベッカを襲ったのは……ダルゴットの手の者達だったのか?」
「そうだ、いくらレベッカが長男の容姿を隠したとしても、ダルゴットの事だ、怪しんで裏から調べていたに違いない、ヴォルフが戻ってきてはその嫡男を手に入れる事は出来ないと思い、無理矢理にでも奪いに来たのだろう」
「っくそ!!」
ヴォルフが怒りに駆られるがままに投げつけたグラスは壁に激突して粉々に砕け散った。
「恐らくレベッカはダルゴットが嫡男に危害を加えると知っていたからこそ、あの日に慌てて逃げ出したんだろう。
そして、ダルゴットに雇われた刺客の狙いは嫡男を強奪する事であり、その目的の為ならレベッカを殺しても良いと命令が下されていた筈だ。
事前にダルゴットが来訪する事を察知していたレベッカは雇っていた御者の馬車で逃げ出しその結果襲撃に合い……レベッカも嫡男も行方不明という最悪な結果になってしまった」
ファンボスはクラリスから新しいグラスを受け取り、それに酒を注いでヴォルフの前に置いた。
「今話した事は全て俺が考えた仮説であり、証拠がまだ不十分だ。だが、そう考えると全ての事に納得がいく」
「……ああ」
「問題なのはここからだ、次に危険なのはウィズ嬢かもしれん」
「ウィズが……?」
驚いたように顔を上げたヴォルフにファンボスはそうだと頷く。
「考えてもみろ、ダルゴットの求めていた銀髪赤目の嫡男も、それを産んだレベッカも消えたとなると次は……その血縁者であるウィズが狙われかねんだろう」
「だが、あの子にそんな特徴はない」
「特徴は無くとも血は引いている、ウィズでなくともその子どもとなればまた生まれるかもしれない、とアイツなら考えるだろう」
クラリスはげんなりと深い溜息をついた。
「ほんとにあの親父はゲスいわよね~、ムカつく~!」
「ふむ……」
ディオネは何か腑に落ちないというように唸り、ファンボスはどうしたと聞く。
「この話にどこかおかしい点があったか?」
「いえ……そうですね、その話だとウィズ嬢とエランド様が婚約するとなれば、ダルゴットとしては理想的な話になりそうなものですが」
「エランドが赤目で、ウィズが二人の血を引いているからだな?」
「はい、この二人ならその子どもが銀髪赤目の男、が生まれる可能性も高い筈。ですが、ダルゴットは二人の婚姻には不服そうな態度でしょう?」
ファンボスは不敵な笑みを作り、その通りだと頷いた。
◇◇◇◇◇
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